目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第40話 告白と迷い

「……かくかく、しかじか……というわけなんですよ」

『ふーん、美伊南びいなたちが、パーティーを楽しんでる間に、蛭矢えびやとそんなことがあったんだ』


 街並みが静まり帰った深夜の11時過ぎ。

 ひんやりとした部屋で、LINAオーディオの通話ごしに伝わる、美伊南ちゃんの声。


 私は一人で迷っていた。

 突然の彼からの告白にどう答えるべきか。


 一人で悩んでも結論が出ないので、こうやって、美伊南ちゃんに相談していたんだけど……。


『それで英子えいこは、彼のことをどう思ってんの?』

「私は、正直よく分かりません……」

『……だよね。いくらお金持ちの医者でも、中身はオタクだもんね』


 それはもしや、彼はあんなアニメ顔なゲームのヒロインに重ねて、私を見ているのかな。


 目がやたらとクリクリして大きくて、凄く大きな胸を強調した、私とは似つかわない、二次元の女性にしか興味がないからにして……。


「──だとしたら、私は何のキャラのコスプレになりきれば、良いのでしょうか……」

『いいや、無理してコスプレとかになりきる必要なんてないよ。の自分でいいんじゃないかな?』

「……ですが、それだと蛭矢君から嫌われそうで怖いです」

『どのみち付き合っていったら、相手の嫌な部分も見えてくるよ。だから最初からさらけ出した方がいいよ』


『──そうそう、隠していたら、後から愛想をつかされたりするからな。まあ、俺みたいに理解のあるやつだったら苦労はしないが……』


 そこで声色こわいろのバトンが、美伊南ちゃんから例の王子さまへと変わったよ。


『ちょっと、大瀬おおせ、背後から何するのよ! 美伊南のスマホ返しなさいってば!』

『いいや、美伊南の話は要点も掴めずにやたらと長いから、携帯料金が馬鹿にならないからな』

『別にLINAからだから構わないじゃん!』

『……お前、って言葉知らないのか?』

『ええっ、社会人になっても簿ってあるの? 給料明細書じゃなくて?』

『……美伊南。お前は今さら、何を寝ぼけたこと言ってるんだよ……』


 スマホごしに大きく、はあーと困り果てたため息を吐く大瀬君。


 しかし、美伊南ちゃんはどんな耳をしているのかな?


 お姫様の耳はフランスパンの耳?


『──とにかくだ、英子。蛭矢が好きなら、ありのままで包み隠さず正直に答えろよ』

『何、まさにオブラートに包んで隠して、胃の粘膜を守ろうみたいな?』

『だから美伊南。ただの告白で、なぜストレスのになるんだ?』

『そりゃ、だね♪』

『……この気におよんで親父ギャグかよ。お前は飲んだくれの酔っ払いのオッサンかっ!』


 鼓膜にキーンと伝わる大瀬君の怒鳴り声に、私は耳からスマホを少し遠ざける。


『いいか、英子。フラれるのは怖いかも知れないが、このまま返事をしないで蛭矢が他の女を作ったらどうする? あの時、返事を返しておけば良かったってするはめになるぞ』

『そうそう、あのコ○ンブスだって、みんなに披露した玉子マジックが茹で玉子じゃなくて、生だったら食材の無駄になって、貴重な船旅の食料が減って、本人はハラヘリになりながらする運命になったんだからね♪』


『……おい、恋する乙女を混乱させるようなデタラメの妄言もうげんを言うな。甘いものに群がる蟻じゃあるまいし、美伊南は引っ込んでろ』

『もう、色々と面倒な男だな……』

『めんどくさくしているのは、お前自身だろうがあああっー!』


 電話越しから通じてくる喧騒。 


 私が病院から退院した時といい、この二人は夫婦喧嘩が絶えないよね。


『とにかくだ。英子。彼の気が変わらないうちに答えを返した方がいい。本当は彼のことが好きなんだろ?』


 私は大瀬君との会話で、蛭矢君のことを思い浮かべる。


 小太りで度の強い眼鏡をかけて、汗っかきでルックスはたいして良くない。


 だけど、いつだって彼は優しくて、私を助けてくれた。

 意地悪な時もあったけど、私だけを見つめていてくれた。


「……はい、確かに私は、彼が好きです……」


 時折ときおり、彼の心変わりもあったが、それは二次元のアニメの女性キャラだけだった。


 そんな彼に私は、恋いがれていったんだ……。


『……だったら、自分の言葉で蛭矢に伝えろよ』

「分かりました。私は蛭矢君のことが好きだと、そう真っ直ぐに想いを伝えます」

『そうか、なら俺から言うことは何もない。頑張れよ』


『……そう、頑張れば、地球は救われる』

『おい、美伊南。2○時間テレビのような台詞を突っ込むなよ』

『恋愛には常に時間がつきものである』

『頭の良さそうな哲学者みたいなこと言うな。このとんでもなくふざけたむすめが!』

『なっ、美伊南はノーマルだもん。普通だもん!』

『どっちも意味は一緒だ!』


 確かにノーマルは英語の言葉で、意味は普通だよね……。


『……すまない英子。隣のキチガイがきりがないほど群がってくるから、この辺で通話を切るな。おやすみ』

『ああ~、大瀬、切らないで。美伊南も英子におやすみのコールしたいい──』


 そこでプツリと通話が切れる。


 再び、静けさに包まれた、しんみりとした暗い部屋。 


 ちょうど、時計は0時を回ったところ。


 私はその闇のベッドにスマホを緩やかに投げ込み、一人で考えに浸っていた。


「……まだ、蛭矢君は起きているでしょうか……」


 そうだ、悩むくらいなら、今から彼に待ち合わせの電話をしてみよう。


 明日、直接会って、この想いを伝えるために……。


 私は布団の上で奇跡的に直立しているスマホを取って、勇気を出して、蛭矢君の番号へとかけてみる。


 ……って、あれ?

 でも、何回かけても、彼の番号に繋がらない。   


 もしかして蛭矢君、携帯を変えたのかな?

 ならば、彼女に聞くしかない。


「……すみません、美伊南ちゃん、蛭矢君の携帯番号が変わったみたいなので、携帯番号を教えてもらえないでしょうか?」 

『うーむ、迷える子猫ちゃんよ。10円チョコ一年分で手を打とう……。

──いひゃい、大瀬。頬をつねらなひで……』

『美伊南、変な取り引きはしなくていいから、勿体もったいぶらずに、さっさと教えろよな!』


 やれやれ、呆れたを通り越して感心しちゃうよ。


 この夫婦はこんな感じで、よくうまくやっているよね。



 第40話、おしまい。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?