「……かくかく、しかじか……というわけなんですよ」
『ふーん、
街並みが静まり帰った深夜の11時過ぎ。
ひんやりとした部屋で、LINAオーディオの通話ごしに伝わる、美伊南ちゃんの声。
私は一人で迷っていた。
突然の彼からの告白にどう答えるべきか。
一人で悩んでも結論が出ないので、こうやって、美伊南ちゃんに相談していたんだけど……。
『それで
「私は、正直よく分かりません……」
『……だよね。いくらお金持ちの医者でも、中身はオタクだもんね』
それはもしや、彼はあんなアニメ顔なゲームのヒロインに重ねて、私を見ているのかな。
目がやたらとクリクリして大きくて、凄く大きな胸を強調した、私とは似つかわない、二次元の女性にしか興味がないからにして……。
「──だとしたら、私は何のキャラのコスプレになりきれば、良いのでしょうか……」
『いいや、無理してコスプレとかになりきる必要なんてないよ。
「……ですが、それだと蛭矢君から嫌われそうで怖いです」
『どのみち付き合っていったら、相手の嫌な部分も見えてくるよ。だから最初からさらけ出した方がいいよ』
『──そうそう、隠していたら、後から愛想をつかされたりするからな。まあ、俺みたいに理解のあるやつだったら苦労はしないが……』
そこで
『ちょっと、
『いいや、美伊南の話は要点も掴めずにやたらと長いから、携帯料金が馬鹿にならないからな』
『別にLINAからだから構わないじゃん!』
『……お前、
『ええっ、社会人になっても
『……美伊南。お前は今さら、何を寝ぼけたこと言ってるんだよ……』
スマホごしに大きく、はあーと困り果てたため息を吐く大瀬君。
しかし、美伊南ちゃんはどんな耳をしているのかな?
お姫様の耳はフランスパンの耳?
『──とにかくだ、英子。蛭矢が好きなら、ありのままで包み隠さず正直に答えろよ』
『何、まさにオブラートに包んで隠して、胃の粘膜を守ろうみたいな?』
『だから美伊南。ただの告白で、なぜストレスの
『そりゃ、
『……この気におよんで親父ギャグかよ。お前は飲んだくれの酔っ払いのオッサンかっ!』
鼓膜にキーンと伝わる大瀬君の怒鳴り声に、私は耳からスマホを少し遠ざける。
『いいか、英子。フラれるのは怖いかも知れないが、このまま返事をしないで蛭矢が他の女を作ったらどうする? あの時、返事を返しておけば良かったって
『そうそう、あのコ○ンブスだって、みんなに披露した玉子マジックが茹で玉子じゃなくて、生だったら食材の無駄になって、貴重な船旅の食料が減って、本人はハラヘリになりながら
『……おい、恋する乙女を混乱させるようなデタラメの
『もう、色々と面倒な男だな……』
『めんどくさくしているのは、お前自身だろうがあああっー!』
電話越しから通じてくる喧騒。
私が病院から退院した時といい、この二人は夫婦喧嘩が絶えないよね。
『とにかくだ。英子。彼の気が変わらないうちに答えを返した方がいい。本当は彼のことが好きなんだろ?』
私は大瀬君との会話で、蛭矢君のことを思い浮かべる。
小太りで度の強い眼鏡をかけて、汗っかきでルックスはたいして良くない。
だけど、いつだって彼は優しくて、私を助けてくれた。
意地悪な時もあったけど、私だけを見つめていてくれた。
「……はい、確かに私は、彼が好きです……」
そんな彼に私は、恋い
『……だったら、自分の言葉で蛭矢に伝えろよ』
「分かりました。私は蛭矢君のことが好きだと、そう真っ直ぐに想いを伝えます」
『そうか、なら俺から言うことは何もない。頑張れよ』
『……そう、頑張れば、地球は救われる』
『おい、美伊南。2○時間テレビのような台詞を突っ込むなよ』
『恋愛には常に時間がつきものである』
『頭の良さそうな哲学者みたいなこと言うな。このとんでもなくふざけた
『なっ、美伊南はノーマルだもん。普通だもん!』
『どっちも意味は一緒だ!』
確かにノーマルは英語の言葉で、意味は普通だよね……。
『……すまない英子。隣のキチガイがきりがないほど群がってくるから、この辺で通話を切るな。おやすみ』
『ああ~、大瀬、切らないで。美伊南も英子におやすみのコールしたいい──』
そこでプツリと通話が切れる。
再び、静けさに包まれた、しんみりとした暗い部屋。
ちょうど、時計は0時を回ったところ。
私はその闇のベッドにスマホを緩やかに投げ込み、一人で考えに浸っていた。
「……まだ、蛭矢君は起きているでしょうか……」
そうだ、悩むくらいなら、今から彼に待ち合わせの電話をしてみよう。
明日、直接会って、この想いを伝えるために……。
私は布団の上で奇跡的に直立しているスマホを取って、勇気を出して、蛭矢君の番号へとかけてみる。
……って、あれ?
でも、何回かけても、彼の番号に繋がらない。
もしかして蛭矢君、携帯を変えたのかな?
ならば、彼女に聞くしかない。
「……すみません、美伊南ちゃん、蛭矢君の携帯番号が変わったみたいなので、携帯番号を教えてもらえないでしょうか?」
『うーむ、迷える子猫ちゃんよ。10円チョコ一年分で手を打とう……。
──いひゃい、大瀬。頬をつねらなひで……』
『美伊南、変な取り引きはしなくていいから、
やれやれ、呆れたを通り越して感心しちゃうよ。
この夫婦はこんな感じで、よくうまくやっているよね。
第40話、おしまい。