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第38話 無事に帰宅して

「──ただいま」


 誰もいない真っ暗な私の家に、空しく溶ける声。


「……そういえば、私の親はいなかったのですね」


 私の記憶にはない、あの事件で亡くした両親との記憶。


 そう、大学時代に交通事故に遭い、失ってしまった私の家族……。


 そして、それと共に失われた私の両足……。


 ただ、妹を救いたかった蛭矢えびや君を恨んでないと言えば、嘘になる。


 でも、私はなぜか心から彼を憎めない……。


 相変わらず、私は嫌な性格してるな。

 八方美人なんて、人によっては反感を感じさせるだけなのに……。


 ──両親のいた家を引き払った私は、オンボロのアパートの二階で寝泊まりし、何気ない顔で人前に顔を出す。


 内面の弱さを見せずに、ひたすら明るく振る舞う心もみにくい姿……。


「──こんな私、嫌だよね……」

「……そんなことはないさ」


『パパーン!』


 私が落ち込んでいたら、クラッカーの音が部屋中に二、三発響き、私がいる部屋の電気がつく。


 そのまぶしさに目を眩ますと、そこには眼鏡のくもりを拭っていた白衣の黒豚ちゃんがいた。


「……蛭矢君、どうしてここに?」

「僕だけじゃないさ」


 そばには、アパートの手前で別れたはずの美伊南びいなちゃんと大瀬おおせ君もいた。


「ごめんね、驚かせたくて」

「そうそう、今日は退院日と偶然重なった、英子えいこの誕生日だからな」


 大瀬君が、照れくさそうにほっぺたをかく。


「……みんな、私は何も言ってないのに」

「何、言ってるんだ。入院する前はよくみんなで祝っていただろ?」


 蛭矢君が私にチューリップの花束をくれる。


「ははっ、相変わらず、花が似合わない人ですね」

「うるさいな。誕生日プレゼントなんだから、ほっとけ」


 そのトゲのある彼の台詞も、今の私にとっては優しさを感じた。


「ありがとう、蛭矢君」

「どうまして」

「ふふっ。今、噛みましたよね?」

「悪かったな。僕だって緊張もするさ」


「蛭矢は立派なお医者さんなのに?」


 美伊南ちゃんが、痛いところをついてくる。


「ほっとけ。医者だって人間だぞ」

「あれ、美伊南は妖怪かと思ってたよ?」


「そうだな。またの名をメスを片手に切り払う、冷酷無情な残虐ざんぎゃくマシーン」


 大瀬君が無表情な顔で、蛭矢君のハートを攻撃する。


「お前ら、夫婦揃って、僕に悪口をぶつけるのかよ!」

「いや、ぶつけるのは、この誕生日ケーキだけだ」

「大瀬、それは僕が必死こいて作ったケーキだぞ!」

「何、また作ればいい」

「クローンみたいに軽々しく言うな!」


「ぷぷっ。あはは」


 私は思わず笑ってしまった。


「やっぱり、このメンバーは最高ですね」

「当たり前じゃん、美伊南が採用したメンバーなんだから」

「おい、美伊南。リーダーは俺だぞ?」

「何、大瀬、妬いてるの?」

「それとこれとは話が違うだろ!?」


「はいはい、夫婦漫才はそこまでだよ。今日は英子の誕生日なんだからさ」


 そこへすかさず、蛭矢君が話の流れを変える。

 流石さすが、沢山の患者さんのケアをする医者だけのことはあるね。


「そうだったね。英子、ごめん。許してエビフライ♪」

「美伊南、何でエビフライなんだ?」

「だってエビフライとチョンマゲ、形が似てるから……それに英子が好きな食べ物だし」


 美伊南ちゃんが小さな白いお皿に乗った、三つのエビフライを私の前に差し出す。


 うるうる。

 美伊南ちゃん、私のためを思って作ってくれたんだね。


 いただきまーす。

 ただ無心になり、エビフライを箸で掴む。


「あっ、ごめん、これ食玩しょくがんだから」


 偽物と聞いて、嬉しい涙目からガクンと肩の力が抜けた。

 私に感動を返してよ……。


「本物はこっち」


 美伊南ちゃんがキッチンから持ってきた食材は、真っ黒焦げで消し炭と化していた。


「何、これゴボウですか?」

「いや、エビフライだよ♪」

「はあっ? 原形もとどめてないのですが?」

「いやぁ、揚げてる途中で面白いテレビがやってて、それに夢中になってね♪」

「それ、何の番組ですか?」

「『コート技術、反撃のルージュ』。最新鋭のコートを作るのに技術を注いだ服作りスタッフと、口紅がついても水洗いで簡単におちるコートを開発した元秘書による裏切りの……」


「……要するにドキュメンタリーですか?」

「えっ、土器? そんな古い縄文時代の物語じゃないけど?」

「はあ……。もういいです……」


 美伊南ちゃん、そりゃないよ……。


 あと、天ぷらを揚げているときは火事になる恐れがあるから、その場から離れないでよね……。


「英子、そうがっかりするなよ。こういうことを想定して、美伊南に出前を頼ませたから。なっ、美伊南」


 指でつまんでパーマの髪をクルクルと触りながら、『うん!』と元気に返事を返す美伊南ちゃん。


「大瀬君、ありがとう!」

「何、英子。美伊南にはお礼はないの?」

「美伊南ちゃんもありがとう」

「きゅーん。英子から悩殺コメント食らったわ。もう天に召されてもいい~♪」


「おいおい、まだ気を失うなよ。パーティーはこれからなんだからな」


 その途端に美伊南ちゃんの顔の血色が、カメレオンのように戻る。


「なぬー? パンチィーだと!? 乙女のパンチィーなら、たくさんおくれ♪」

「美伊南ちゃん、よだれが垂れてますよ……」

「英子、お願いだからちょうだいな……はあ、はあ」


 美伊南ちゃんが息を荒くしながら、ごちそうを待ち望むケモノの顔つきになってるよ。


「美伊南ちゃん、はしたないです。とても女性の発言とは思えないですね」

「へへーん。美伊南はとっくの昔に女らしさを捨てたオッサンだからね」

「それ、意味が分かりませんよ?」

「何なら大瀬に聞いてみてよ。彼が美伊南のすべてを奪ったんだから」


「……はあ、何の話だ?」


 こうして、私たち四人は仲良く、誕生日パーティーを始めることにしました。


 ちなみに後に届いた出前はカツ丼でした。


 美伊南ちゃん、何にしても考えていることがおじさんだよね……。



 第38話、おしまい。



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