「──ただいま」
誰もいない真っ暗な私の家に、空しく溶ける声。
「……そういえば、私の親はいなかったのですね」
私の記憶にはない、あの事件で亡くした両親との記憶。
そう、大学時代に交通事故に遭い、失ってしまった私の家族……。
そして、それと共に失われた私の両足……。
ただ、妹を救いたかった
でも、私はなぜか心から彼を憎めない……。
相変わらず、私は嫌な性格してるな。
八方美人なんて、人によっては反感を感じさせるだけなのに……。
──両親のいた家を引き払った私は、オンボロのアパートの二階で寝泊まりし、何気ない顔で人前に顔を出す。
内面の弱さを見せずに、ひたすら明るく振る舞う心も
「──こんな私、嫌だよね……」
「……そんなことはないさ」
『パパーン!』
私が落ち込んでいたら、クラッカーの音が部屋中に二、三発響き、私がいる部屋の電気がつく。
その
「……蛭矢君、どうしてここに?」
「僕だけじゃないさ」
「ごめんね、驚かせたくて」
「そうそう、今日は退院日と偶然重なった、
大瀬君が、照れくさそうにほっぺたをかく。
「……みんな、私は何も言ってないのに」
「何、言ってるんだ。入院する前はよくみんなで祝っていただろ?」
蛭矢君が私にチューリップの花束をくれる。
「ははっ、相変わらず、花が似合わない人ですね」
「うるさいな。誕生日プレゼントなんだから、ほっとけ」
そのトゲのある彼の台詞も、今の私にとっては優しさを感じた。
「ありがとう、蛭矢君」
「どう
「ふふっ。今、噛みましたよね?」
「悪かったな。僕だって緊張もするさ」
「蛭矢は立派なお医者さんなのに?」
美伊南ちゃんが、痛いところをついてくる。
「ほっとけ。医者だって人間だぞ」
「あれ、美伊南は妖怪かと思ってたよ?」
「そうだな。またの名をメスを片手に切り払う、冷酷無情な
大瀬君が無表情な顔で、蛭矢君のハートを攻撃する。
「お前ら、夫婦揃って、僕に悪口をぶつけるのかよ!」
「いや、ぶつけるのは、この誕生日ケーキだけだ」
「大瀬、それは僕が必死こいて作ったケーキだぞ!」
「何、また作ればいい」
「クローンみたいに軽々しく言うな!」
「ぷぷっ。あはは」
私は思わず笑ってしまった。
「やっぱり、このメンバーは最高ですね」
「当たり前じゃん、美伊南が採用したメンバーなんだから」
「おい、美伊南。リーダーは俺だぞ?」
「何、大瀬、妬いてるの?」
「それとこれとは話が違うだろ!?」
「はいはい、夫婦漫才はそこまでだよ。今日は英子の誕生日なんだからさ」
そこへすかさず、蛭矢君が話の流れを変える。
「そうだったね。英子、ごめん。許してエビフライ♪」
「美伊南、何でエビフライなんだ?」
「だってエビフライとチョンマゲ、形が似てるから……それに英子が好きな食べ物だし」
美伊南ちゃんが小さな白いお皿に乗った、三つのエビフライを私の前に差し出す。
うるうる。
美伊南ちゃん、私のためを思って作ってくれたんだね。
いただきまーす。
ただ無心になり、エビフライを箸で掴む。
「あっ、ごめん、これ
偽物と聞いて、嬉しい涙目からガクンと肩の力が抜けた。
私に感動を返してよ……。
「本物はこっち」
美伊南ちゃんがキッチンから持ってきた食材は、真っ黒焦げで消し炭と化していた。
「何、これゴボウですか?」
「いや、エビフライだよ♪」
「はあっ? 原形もとどめてないのですが?」
「いやぁ、揚げてる途中で面白いテレビがやってて、それに夢中になってね♪」
「それ、何の番組ですか?」
「『コート技術、反撃のルージュ』。最新鋭のコートを作るのに技術を注いだ服作りスタッフと、口紅がついても水洗いで簡単におちるコートを開発した元秘書による裏切りの……」
「……要するにドキュメンタリーですか?」
「えっ、土器? そんな古い縄文時代の物語じゃないけど?」
「はあ……。もういいです……」
美伊南ちゃん、そりゃないよ……。
あと、天ぷらを揚げているときは火事になる恐れがあるから、その場から離れないでよね……。
「英子、そうがっかりするなよ。こういうことを想定して、美伊南に出前を頼ませたから。なっ、美伊南」
指でつまんでパーマの髪をクルクルと触りながら、『うん!』と元気に返事を返す美伊南ちゃん。
「大瀬君、ありがとう!」
「何、英子。美伊南にはお礼はないの?」
「美伊南ちゃんもありがとう」
「きゅーん。英子から悩殺コメント食らったわ。もう天に召されてもいい~♪」
「おいおい、まだ気を失うなよ。パーティーはこれからなんだからな」
その途端に美伊南ちゃんの顔の血色が、カメレオンのように戻る。
「なぬー? パンチィーだと!? 乙女のパンチィーなら、たくさんおくれ♪」
「美伊南ちゃん、よだれが垂れてますよ……」
「英子、お願いだからちょうだいな……はあ、はあ」
美伊南ちゃんが息を荒くしながら、ごちそうを待ち望むケモノの顔つきになってるよ。
「美伊南ちゃん、はしたないです。とても女性の発言とは思えないですね」
「へへーん。美伊南はとっくの昔に女らしさを捨てたオッサンだからね」
「それ、意味が分かりませんよ?」
「何なら大瀬に聞いてみてよ。彼が美伊南のすべてを奪ったんだから」
「……はあ、何の話だ?」
こうして、私たち四人は仲良く、誕生日パーティーを始めることにしました。
ちなみに後に届いた出前はカツ丼でした。
美伊南ちゃん、何にしても考えていることがおじさんだよね……。
第38話、おしまい。