「いらっしゃいませ!」
「おっ、
「はい、おじさんのご指導のお陰です」
「かっかっかっ。わしは何もしとらんよ。礼なら
そうなんだ、あの美伊南ちゃんが、そんなことを言っていたなんて。
まさに、美伊南ちゃん様々(さまさま)だね。
「あっ、オジさん、何サボってるの? 六番テーブルに餃子追加!」
「はいはい、分かったよ。じゃあ英子ちゃん、またね」
美伊南ちゃんの威勢のいい声に、苦笑いを浮かべたおじさんが、キッチンへののれんをくぐって去っていった。
「さあ、英子。今日も忙しくなるよ」
「はっ、はい、分かりました」
「どうしたの、オジさんから、何か言われたの? 美伊南の前で緊張して?」
「イエ、ナンデモナイデス」
「何でガチガチの棒読みなの? まあ、いいや。今はそれどころじゃないよ」
時刻は正午過ぎ。
「へい、いらっしゃい! 何名様?」
美伊南ちゃんの一声で、次々と来店するお客さん。
私は次々と難なく、お客さんの対応をしていく。
ここのバイトを勤めて、今日で一週間になり、それなりの仕事内容は覚えてきた。
他の三人もコツを掴んだらしく、てきぱきと作業をこなしている。
さあ、この昼ピークを乗り越えれば、昼休憩だ。
このお店のまかない、美味しいんだよね。
昨日は昼はしょうが焼きで、夕方は肉たっぷりの野菜炒め。
今日は何だろうね。
私は軽い足取りでオーダーを取り、注文された料理を運んで、お客さんが帰った後の片付けと、休む間もなく動く。
やがて、客足が途絶えてきて、私に向けて、美伊南ちゃんから声がかかった。
「英子、今のうちに休憩行っておいでよ。今日の昼はエビフライ定食だよ」
「はい♪」
ヤッター。
エビフライ、私好きなんだ♪
私はルンルン気分で休憩室へ向かう。
しかし、ふと体に違和感を覚えて、その場に立ち止まる。
そこへ不意に襲いかかる、ひざからの痺れるような激痛。
「……痛たた、何でしょうか?」
動きすぎた反動で、足でも痛めたのかな?
「参りましたね。昼過ぎからもバイトがあるのに……軽い
とにかくおじさんに報告しないとと、私は厨房の方へと向き直り、足を踏み出す。
しかし、その途端にバランスを崩して、床に倒れこむ。
私は痛みを堪えながら、立ち上がろうとするが、またその場でこける。
あれ?
私は床に這いつくばりながら、下半身がやたらと軽く、何かの異変に気づく。
気になって足へと視線を流すと、
いつの間にか、両足の太ももの付け根から足先がスッポリと無いのだ……。
私に痛みと絶望が襲いかかり、周りの風景が空へと溶け出していく。
それから段々と中華料理店の背景から、無機質な薄暗い個室の室内へと変わり、私の体がその場から動かなくなった……。
****
「──先生、彼女の容体が回復しました」
「そうか、英子ちゃんはようやく峠を越えたか。良かったわい」
「
「そうじゃな、彼の妹の
男女二人による白衣の姿に見守られながら、私は病院らしきベッドから起き上がった。
その際、頭に付いていた無数のコードがプチプチと頭から外れていく。
「ここは一体……? あっ、あなたは?」
「安心せい、ワシは医者でここは病院じゃ」
「……えっ、そうなんですか……」
私は少しずつ落ち着きを取り戻すために、この場で深呼吸をした。
「──
「……まず、君の両親は交通事故で亡くなり、一緒に乗っていた君は両足を失ったんじゃ」
「……というのは建前で、君の両足は
「恨むなら、この計画を企てた蛭矢を恨んでくれ」
「……さあ、まもなく蛭矢がここに来る。さらに詳しいことは、彼に直接聞いた方が早いじゃろう」
「……じゃあ、ワシたちは
「……あの、待ってください。それじゃあ、今までの私が過ごしてきた高校生活は?」
「あれは君が、あの事故から今まで意識がなく、脳に過大なダメージを負っていたため、その脳のリハビリを行うために、ワシが自ら製作して、脳内に送り込んでいた仮想の世界じゃ。本当の君はもう25歳じゃよ」
「25歳ですか……もう立派な大人ですね」
「……そうじゃな。じゃが、ワシは楽しかったぞい。英子ちゃんに
「ありがとうございます」
「なーに。礼には及ばんよ。せいぜいこれからも頑張ってくれ。じゃあ、またの」
****
「英子ちゃん!」
そんな
白衣を着てはいるが、間違いなく蛭矢君だ。
「英子!」
「英子が、目を覚ましたって本当?」
その続けざまに、美伊南ちゃんと
二人とも髪型は多少違い、高校の時より大人びてはいるけど、その面影は残ったままだ。
「良かった。もう駄目かと思ったよ」
「英子。お前、大学に入ってからすぐに起こった
美伊南ちゃんの横に並ぶ大瀬君も涙ぐんで、事のあらましを説明してくれた。
「こほん、二人ともいいかな?」
「あっ、ごめん……」
蛭矢君が咳払いをすると、美伊南ちゃんたちはいそいそと私から離れる。
「おはよう、英子ちゃん……そして、ごめん」
蛭矢君が、リノリウムの床に土下座して深々と頭を下げる。
「あのお爺ちゃんから聞いただろ。すべては僕が企てた計画だ。恨むなら夜美ちゃんじゃなく、僕を恨んでくれ。何ならこの場で僕の首を絞めても構わない」
「何、言ってるんですか。顔を上げて下さい。夜美ちゃんの手術が成功して何よりです」
「でも、僕は結局、君の両親の命を奪ってしまった」
「しょうがないですよ。あれは事故でしょ。蛭矢君に人を
「英子ちゃん、こんな状況でも僕を
蛭矢君が眼鏡を外し、
「蛭矢君、そんなに自分を責めないで下さい……私の足なんて義足を作れば大丈夫ですから」
「でも、足を慣らすまでリハビリは苦しいよ?」
「いえ、今までだって、頭の中でリハビリをやってきましたから。今さら苦になんてなりませんよ」
「英子ちゃん、ありがとう。本当にごめん、ごめんよ……」
もう、蛭矢君はわんわん泣いて、いつまでたっても子供だね。
さて、気を取り直して明日から私のリハビリ生活が始まる。
これからも私は不自由な体でも、精一杯頑張って生き抜くんだ。
それが親を亡くした私が生きるための理由だと思うし、ぜひ、夜美ちゃんにも会ってみたいからね。
第35話、おしまい。