「あっ。
「おはよう、
「……やっぱり、これは恥ずかしいですよ……」
美伊南ちゃんのおじさんの中華料理店にやって来た私は、暖房のよく効いた休憩室にいる中、人目を気にしながら彼女の手前で茶色のダッフルコートを脱いで、薄緑のセーターをまくりあげた。
「へえ、ちゃんと水着を着てきたんだね。しかもスクール水着とは」
「この水着しかサイズが合わなくて……。──でも美伊南ちゃん、今は冬場ですよ。これじゃあ、余計寒い気がしますが……」
「大丈夫。調理場はたくさんの火を使うから、リンボーダンスをしたいくらい十分に暑いよ。それに……」
「それに、何ですか?」
「いざとなれば、ホールで接客する時に、それ趣向の男どもが、わんさか集まりそうだし♪」
「なっ、接客するなんて、話が違いますよ!?」
「まあまあ、これも一つの人生経験と思えば……みんなで卒業旅行に行くんだよね?」
「ううっ、分かりました……」
そうだよね。
卒業旅行の資金を貯めるためだよね。
背に水着は変えられない。
****
──それから10分後……。
「──やあ、久しぶり。君は英子ちゃんだっけ。今日からよろしく頼むよ」
後ろから扉が開き、威勢の良い声が響いてくる。
振り向くと、美伊南ちゃんのおじさんが、煙草を吸いながら挨拶してきた。
「おっと、すまんね。未成年の前だし、火を消さないと……」
おじさんが携帯灰皿に煙草を捨てると、部屋の洗い場で丁寧に手を洗い、私に握手を求めてきた。
「ど、どうもです……」
「かっかっかっ、そんなに緊張しなさんな。特別、難しい仕事はさせないからさ」
「よろしくお願いします……あっ、あの……」
「んっ、どうかしたのかい?」
「あの、やっぱり水着で仕事をするのは勘弁してもらえないでしょうか?」
「はあ? 何のことだい?」
「だから水着でキッチンとかで、仕事をするのが……」
「かっかっかっ、何を言ってるんだね。怪しいお店じゃあるまいし、そんな格好で仕事なんかやらせないよ」
「でも、売り上げを伸ばすとかどうとか……?」
「……どうせ、また美伊南ちゃんの悪知恵だろ。あのお気楽セクハラ娘は後から
良かった。
ただの美伊南ちゃんの悪ふざけだったんだ。
凄く、焦ったよ……。
「それよりも、英子ちゃんはホールで仕事をしてみようかね。大丈夫かい?」
「えっ、でもベルトコンベアの流れ作業で、ひたすら餃子を作るのが仕事だと聞きましたが?」
「かっかっかっ。またあのじゃじゃ馬娘の発言かい? こんな狭い部屋のどこに、
「あっ、はい……そう言われてみれば、そうですね」
「それに餃子作りは生地を伸ばしたり、練ったりする力仕事だからね、か弱い女性にはまずやらせないさ。だから安心しな」
「はい、分かりました」
美伊南ちゃんの頭には、大きな二つのたんこぶが、おだんごの固まりのようについていたけど……。
****
「じゃあ、開店前に少しだけ流れを説明するな。みんな集まれ!」
どうやらここで、作業工程を説明するみたい。
その言葉に、あの二人もこのキッチンの、さらに奥に繋がった部屋から顔を出してきた。
白い作業服に、白のエプロンを着けた
二人とも、私たちよりも早くから来ていたんだね。
「まず、男性陣は主に調理にまわる。蛭矢、大瀬、今日が初めてで色々と大変だろうが、頑張ろう。何かあったら、現場にいるわしに聞くように」
「「はいっ!」」
目といい、表情といい、凄い意気込み。
二人とも、気合い満点だね。
……というか鼻息が荒くて、目がすわっているのが少し気になるな……。
早くも餃子作りに洗脳された?
まあ、そんなわけないか。
「そして、女性陣二人は接客にまわること。英子ちゃん、分からないことは、ここのホールを
おじさんが美伊南ちゃんへ優しげな
それに対して、サメのように八重歯をちらつかす美伊南ちゃん。
「……えっ、美伊南ちゃん。ここでバイトしたことがあるのですか?」
「うん、オジさんのお店では、たまにお手伝いしてるからね」
なるほど、それでこのバイトを薦めたんだね。
とりあえず、仲間が仕事選びに迷ったら、自分が好きになった仕事を選択してみる。
美伊南ちゃん、意外と策士だね。
「──さて、それじゃあ、各自、今日一日頑張ってくれ!」
「「「「はいっ!」」」」
男性陣が厨房に消えたのを見計らって、私は美伊南ちゃんを呼び止める。
「美伊南ちゃん、とりあえず下に着ている水着は脱いでもいいですか?」
「ええっ、ホールでセクシーな姿を見放題だったのに……」
「……やっぱり美伊南ちゃんの趣向ですか?」
「さて、なーんの話かな♪」
「都合よく誤魔化さないで下さい……」
****
「ふー、何とか終わったね」
「結構、お客さんが来ましたね」
私はサロンエプロンのシワを伸ばしながら、無人になった店内を見渡す。
特にお昼時のお客さんが多かった。
みんなやっぱり、中華料理が好きなんだね。
「まあね。英子のセクシーな写真を客引きのポスターにして、SNSに上げたからね」
「えっ、ちょっとその写真は何ですか?」
「なーに。学校のプール広場で、大胆な水着姿で胸元を寄せているポーズなんだけどさ。ロリなファンを中心にネットで大好評でさ」
美伊南ちゃんがスマホから、その写真を突きつけてくる。
確かにプールサイドでカメラ目線で、何やら恥ずかしいポーズをしているね。
「でも、こんな写真撮られた覚えはないのですが? それにこんな派手なビキニの水着とか持ってませんし、少し胸が大きいような気がしますけど?」
「まあね、首から下は美伊南が着た水着だから♪」
「……勝手に写真を加工しないで下さい!」
「まあまあ、そう怒らなくてもいいじゃん」
「これからは出会い系サイトの真似事は止めてもらえますか!」
「HEY HEY~♪」
****
それから一日目のバイトを終えて、お店のまかないを食べ終えた私たちは、男性陣より早めに帰らされたのだった。
「大瀬たち、餃子作り頑張って」
美伊南ちゃんが、星空に向かって何やら祈っている。
何だろう。
別に七夕の季節じゃないのに?
「美伊南ちゃん、早く帰りますよ」
そして、私たち二人は帰りにコンビニに立ち寄り、夜食の食材を買って帰りました。
美伊南ちゃんが、熱々なおでんの紙容器を片手に、季節外れのスイカバーをかじっていた姿には、
第34話、おしまい。