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第34話 初出勤でトラブル

「あっ。美伊南びいなちゃん、おはようございます……」

「おはよう、英子えいこ。そんなに顔を赤くしてどうしたの?」

「……やっぱり、これは恥ずかしいですよ……」


 美伊南ちゃんのおじさんの中華料理店にやって来た私は、暖房のよく効いた休憩室にいる中、人目を気にしながら彼女の手前で茶色のダッフルコートを脱いで、薄緑のセーターをまくりあげた。


「へえ、ちゃんと水着を着てきたんだね。しかもスクール水着とは」

「この水着しかサイズが合わなくて……。──でも美伊南ちゃん、今は冬場ですよ。これじゃあ、余計寒い気がしますが……」

「大丈夫。調理場はたくさんの火を使うから、リンボーダンスをしたいくらい十分に暑いよ。それに……」

「それに、何ですか?」

「いざとなれば、ホールで接客する時に、それ趣向の男どもが、わんさか集まりそうだし♪」

「なっ、接客するなんて、話が違いますよ!?」

「まあまあ、これも一つの人生経験と思えば……みんなで卒業旅行に行くんだよね?」

「ううっ、分かりました……」


 そうだよね。

 卒業旅行の資金を貯めるためだよね。

 背に水着は変えられない。


****


 ──それから10分後……。


「──やあ、久しぶり。君は英子ちゃんだっけ。今日からよろしく頼むよ」


 後ろから扉が開き、威勢の良い声が響いてくる。

 振り向くと、美伊南ちゃんのおじさんが、煙草を吸いながら挨拶してきた。


「おっと、すまんね。未成年の前だし、火を消さないと……」


 おじさんが携帯灰皿に煙草を捨てると、部屋の洗い場で丁寧に手を洗い、私に握手を求めてきた。


「ど、どうもです……」

「かっかっかっ、そんなに緊張しなさんな。特別、難しい仕事はさせないからさ」

「よろしくお願いします……あっ、あの……」

「んっ、どうかしたのかい?」

「あの、やっぱり水着で仕事をするのは勘弁してもらえないでしょうか?」


「はあ? 何のことだい?」

「だから水着でキッチンとかで、仕事をするのが……」


「かっかっかっ、何を言ってるんだね。怪しいお店じゃあるまいし、そんな格好で仕事なんかやらせないよ」

「でも、売り上げを伸ばすとかどうとか……?」

「……どうせ、また美伊南ちゃんの悪知恵だろ。あのお気楽セクハラ娘は後からから気にするな」


 良かった。

 ただの美伊南ちゃんの悪ふざけだったんだ。

 凄く、焦ったよ……。


「それよりも、英子ちゃんはホールで仕事をしてみようかね。大丈夫かい?」

「えっ、でもベルトコンベアの流れ作業で、ひたすら餃子を作るのが仕事だと聞きましたが?」

「かっかっかっ。またあのじゃじゃ馬娘の発言かい? こんな狭い部屋のどこに、コンベアが入るスペースがあるんだい?」

「あっ、はい……そう言われてみれば、そうですね」


「それに餃子作りは生地を伸ばしたり、練ったりする力仕事だからね、か弱い女性にはまずやらせないさ。だから安心しな」

「はい、分かりました」


 早速さっそく、私たちはオープンキッチンのあるフロアへと案内された。


 美伊南ちゃんの頭には、大きな二つのたんこぶが、おだんごの固まりのようについていたけど……。


****


「じゃあ、開店前に少しだけ流れを説明するな。みんな集まれ!」


 どうやらここで、作業工程を説明するみたい。


 その言葉に、あの二人もこのキッチンの、さらに奥に繋がった部屋から顔を出してきた。


 白い作業服に、白のエプロンを着けた大瀬おおせ君に、蛭矢えびや君だ。


 二人とも、私たちよりも早くから来ていたんだね。


「まず、男性陣は主に調理にまわる。蛭矢、大瀬、今日が初めてで色々と大変だろうが、頑張ろう。何かあったら、現場にいるわしに聞くように」

「「はいっ!」」


 目といい、表情といい、凄い意気込み。

 二人とも、気合い満点だね。


 ……というか鼻息が荒くて、目がすわっているのが少し気になるな……。


 早くも餃子作りに洗脳された?

 まあ、そんなわけないか。


「そして、女性陣二人は接客にまわること。英子ちゃん、分からないことは、ここのホールを熟知じゅくちしている美伊南ちゃんに聞いてくれ」


 おじさんが美伊南ちゃんへ優しげな目力めぢからで合図する。


 それに対して、サメのように八重歯をちらつかす美伊南ちゃん。


「……えっ、美伊南ちゃん。ここでバイトしたことがあるのですか?」

「うん、オジさんのお店では、たまにお手伝いしてるからね」


 なるほど、それでこのバイトを薦めたんだね。 


 とりあえず、仲間が仕事選びに迷ったら、自分が好きになった仕事を選択してみる。


 美伊南ちゃん、意外と策士だね。


「──さて、それじゃあ、各自、今日一日頑張ってくれ!」

「「「「はいっ!」」」」


 男性陣が厨房に消えたのを見計らって、私は美伊南ちゃんを呼び止める。


「美伊南ちゃん、とりあえず下に着ている水着は脱いでもいいですか?」

「ええっ、ホールでセクシーな姿を見放題だったのに……」

「……やっぱり美伊南ちゃんの趣向ですか?」

「さて、なーんの話かな♪」

「都合よく誤魔化さないで下さい……」


****


「ふー、何とか終わったね」

「結構、お客さんが来ましたね」


 私はサロンエプロンのシワを伸ばしながら、無人になった店内を見渡す。


 特にお昼時のお客さんが多かった。

 みんなやっぱり、中華料理が好きなんだね。


「まあね。英子のセクシーな写真を客引きのポスターにして、SNSに上げたからね」

「えっ、ちょっとその写真は何ですか?」

「なーに。学校のプール広場で、大胆な水着姿で胸元を寄せているポーズなんだけどさ。ロリなファンを中心にネットで大好評でさ」


 美伊南ちゃんがスマホから、その写真を突きつけてくる。


 確かにプールサイドでカメラ目線で、何やら恥ずかしいポーズをしているね。


「でも、こんな写真撮られた覚えはないのですが? それにこんな派手なビキニの水着とか持ってませんし、少し胸が大きいような気がしますけど?」

「まあね、首から下は美伊南が着た水着だから♪」

「……勝手に写真を加工しないで下さい!」

「まあまあ、そう怒らなくてもいいじゃん」

「これからは出会い系サイトの真似事は止めてもらえますか!」

「HEY HEY~♪」


****


 それから一日目のバイトを終えて、お店のまかないを食べ終えた私たちは、男性陣より早めに帰らされたのだった。


「大瀬たち、餃子作り頑張って」


 美伊南ちゃんが、星空に向かって何やら祈っている。


 何だろう。

 別に七夕の季節じゃないのに?


「美伊南ちゃん、早く帰りますよ」


 そして、私たち二人は帰りにコンビニに立ち寄り、夜食の食材を買って帰りました。


 美伊南ちゃんが、熱々なおでんの紙容器を片手に、季節外れのスイカバーをかじっていた姿には、唖然あぜんとしましたけど……。



 第34話、おしまい。



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