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第33話 試験を終えた電車内で

 ──こうして、二日に及ぶ大学入試センター試験(大学入学共通テスト)が無事に終わった。


 私たち四人は、試験で配られた問題集のプリントとにらめっこしながら、夕暮れで色づいた帰りの電車に揺られていた。


「さて、何とか終わりましたが、二人ともどうしました?」


 私の向かい座席には、すっかり疲れ果てていた大瀬おおせ君と、美伊南びいなちゃんが座っていた。


「づ、づがれだ……」

「美伊南。分かるぜ、その気持ち。あんなに何時間も会場にいたらな」

「大瀬もそうだった? 美伊南に間近で会えなくて寂しかった?」

「いや、それ違うだろ。今は色恋の話はしてないぞ」

「またまた。寂しがり屋の栗ボッチ♪」

「違う、栗じゃない。この俺の頭は坊っちゃん刈りだ!」


 大瀬君、この受験のために、頭を丸めたと言っていたけど、なぜか坊主じゃなくて、坊っちゃん刈りなんだよね……。


 試験一日目を終え、気分転換に散髪に行ったって本人は言っていたけど、今までそれを訊かなかった美伊南ちゃんも珍しい。


 ほら、彼女は遠慮するタイプじゃなくて、ドカドカと土足で踏み込む性格だから……。


「そんなことより、美伊南は試験はどうだったんだ?」

「何の。楽勝だったよ」

「まあ、確かにな。マークシートだったから、まぐれで当たることもあるからな」

「なっ、大瀬。美伊南のこと、バカにしてんの?」

「ははっ、そんなにムキになるなよ。おでこにシワができるぜ」

「ムキー、今すぐ座席から降りて床に正座しろ。拳骨げんこつ食らわす!」


 美伊南ちゃんが怒り、それを見ている大瀬君はワハハと豪快に笑っている。


「こらこら、二人とも車内では静かにして下さい。あと、床に座るのも他のお客さんの迷惑になりますから駄目ですよ」

「まあまあ、英子えいこちゃん。いいじゃないか」


 そこへ蛭矢えびや君が、眼鏡を緑の眼鏡拭きで拭きながら、私たちの輪の中に入ってきたよ。


 ちなみに蛭矢君の目線の先は、折り畳み自転車をしまう輪行袋で、私じゃないから……。


 もう、見えないなら、眼鏡をかけてから喋ってよね……。


「そうですね。仲良しで何よりです」

「二人、中々いい感じだろ。今回の英子ちゃんの受験勉強の時に気が合って、お互い惹かれあってさ。

──大瀬の髪型にしろ、何にせよ、大瀬のことに関すると、美伊南も色々と気を使ってるし」

「そうなんですか?」

「うん。試験に合格して大学に入学したら、交際を考えているらしいよ」


「へえ、交際ですか……えっ?」

「英子ちゃん、どうした?」 

の炒め物とかじゃなく、……ぶつぶつ」

「やべ、英子ちゃんが壊れた?」


 えっ、確かに私は、二人は美男美女でお似合いな二人って想像したよ。


 でもまさか、本当に好き通しでくっついちゃうなんて……。


「あわわ、これは衝撃的スクープです……」


 私はありえない展開にガタガタと足を震わせる。


「……英子ちゃん、貧乏ゆすり激しいよ。少し落ち着こうか?」


 蛭矢君が黒の手提げバッグから水筒を出して、中身を紙コップに注ぐ。


「これでも飲んで」

「ありがとうございます……」


 温かい液体が口の中に広がり、それを飲むと体の芯まで温まる。


「美味しい。これは上品な味のレモネードですね」

「ありがとう。これ、僕の妹が大好きでさ、よく作ってくれるんだ」

「妹って、夜美やみちゃんのことですか?」

「……えっ?」


 蛭矢君が驚きの表情で私を見つめている。

 何か、変なこと言ったかな?


「そうか。そろそろ覚醒しつつあるのか……」

「えっ、何の話です?」 

「……いや、こっちのひとりごとだから気にしないで」

「そうですか?」


「──まあ、そんなことより試験どうだった? 僕はバッチリだったけど」

「はい、私も手応えはありました」

「どのくらいできたかな、合格ラインは余裕かい?」

「はい、一生懸命勉強しましたから」

「そうか、良かった。そうじゃないと浮かばれないよな」

「……えっ、何の話ですか?」


 さっきから、妙に噛み合わない会話に違和感があるね……。


「蛭矢君、私に何か隠してませんか?」

「いや、何でもないよ」

「本当ですか?」

「ああ、英子ちゃんの勘違いだよ。それよりも明日からどうする?」


 そうだ。

 私たちは試験が終わったら、卒業まで休みだ。


 その間に何かやってみたいこと……あるかな?


 知り合いは、卒業旅行に行ったりするみたいだけど。


「そうですね。卒業旅行に行きたいですね」

「そうか、そういえばクリスマスのバイト代のお金がまだ残っていたな」

「じゃあ、決定ですね」

「いや、僕一人の分だけだが、英子ちゃんもお金残してる?」

「……あっ、あわわ」


 私、お洋服買ったり、お洒落なレストランで食事をしたから、ほとんど残してないよ!?


「その様子じゃ、無いみたいだね……」


 私は無言でコクりと頷き、その話題に今まで楽しそうに会話をしていた隣の二人もおのずと口を開く。


「うん、美伊南もお金無いよ、大瀬もだよね?」

「ああ、試験代や電車賃ですっからかんだ」


 困った。

 私たち全員、お金なし……。


「──また、バイトを探すしかないな」

「えっ、蛭矢君の所は駄目ですか?」

「あれは人手が足りないだけのクリスマス限定のケーキ売りだからね。普段の仕事は十分に回せるのさ」

「うーん。これは大変ですね。また一からバイト先を探さないといけませんね……」


 試験が終わって、次はバイト探し。

 これも結構大変そうだよ……。


「──あー、もしもし」

「……うん、そうそう」

「……だからね、こちらの面子めんつは揃っているから……」


「──ありがとう、オジさん」


 私たちが頭を悩ましていると、美伊南ちゃんがスマホで何やら通話をしている。


「だったらさ、みんなでさ、美伊南のオジさんの店でバイトしない? オジさんもオッケーだってさ」

「バイト? あの巨大餃子専門店の?」

「いやいや、英子。あれはオーダーした時しか作らないし、まず、オジさんの腕がないと作れないから」

「良かった。日々調理場で餃子と格闘しないで済むんですね。それなら何とかできそうです」

「だから、餃子専門店じゃないってば」


 こうして私たちは、卒業旅行に行くためのお金を稼ぐために、美伊南ちゃんのおじさんのお店でバイトをするようになりました……。


****


「──さあ、そうと決めたら頑張ります♪」

「ちなみに英子は女子だから水着着用ね。嫌ならチャイナドレスか、メイド服確定」

「……それ、冗談ですよね?」

「いんや、餃子のタネの水槽で溺れたり、餃子の皮作りで、結構汚れたりするから、できれば水着がいいんだよね」

「……だから、餃子専門店じゃないですよね?」


「うん、騙されたと思ってやってみよう。餃子がメインの中華料理店だから♪」

「はぶっ、見事に騙されました……」



 第33話、おしまい。

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