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第22話 マッチ売りな少女

「……寒いね」


 私はかごにたくさん入ったマッチを抱えながら、木枯らしが吹く路地裏にたたずんでいた。


「マッチは、マッチはいかがですか!」


 今日の朝早くから、私はこうやってマッチを売りさばいているけど、一向に売れる気配がしない。


 朝に店長から言われていたノルマなんて、到底達成できないよ。


 怒りんぼうで熱血漢な店長は全部売れるまで帰ってくるなと言われたし、もう日も暮れちゃったし、一体どうすればいいの……。


 そうだ、どうせ帰れないならこのマッチを使って……。


「──盛大な花火だな」


 隣にいつの間にか、お客さん── いや、蛭矢えびや君が立っている。


 彼のゴツゴツとした手の中には、無数のロケット花火が握りしめられていた。


「いや、か弱き乙女の代名詞といえば、線香花火だろ」


 彼の後ろから、ひょっこりと大瀬おおせ君も木の葉のように現れる。


「きゃはは、美伊南びいなはね、冬にやる花火もロマンチックだと思うんだ」

「美伊南ちゃんが珍しくマトモな会話をしてますね。さては風邪をひいて、熱でもありますか?」

「失礼な、子供はの子でも、そちらのじゃないし?」


 三人の輪に加わった美伊南ちゃんが、ぷんすかと頭から湯気が出そうなほどに怒っている。


 別に何の違和感のない、いつもの彼女の姿。


 どうやら今のは彼女がただボケていただけで、私の勘違いみたいだね。


「じゃあ、四人揃ったし、始めるとするか」

「ちょっと待って下さい、大瀬君」

「何だ、英子えいこ?」

「今、私はバイト中なのですが……」


 そこへ、マイクを持ってラジカセでダンスBGMを鳴らし、グラサンをかけた蛭矢君が私の手前に踊り出る。


「HEY、YOU、そんなんサボってしまえ、チョメランマ~♪」

「美伊南が店長なんて、こてんぱんにしてまうで、X Y Z~♪」


 なぜか同じグラサン姿の美伊南ちゃんも一緒だ。


 この二人はヒップホップを始めて、何がしたいのだろう。


 まあ、何はともあれ、二人とも暴力沙汰は起こさないでね。


「どのみち、このままじゃ、その詐欺まがいなマッチは売れないぜ。だったらそのマッチを上手く有効活用しようじゃないか」

「おお、蛭矢、分かっとるね」

「……えっ、ひょっとして分かってないのは、私だけですか?」


 顔を見合わせ、私を除いた三人が無言でうんうんと頷く。


「分かりました。私、サボります」


 こうして、私はマッチ売りを辞めて、大人の火遊びを始めましたとさ……。


****


「──どうだ、僕の渾身の力作は?」

「蛭矢君、何ですか、この小説は……?」


 私は学校の昼休みに、蛭矢君が創作したワープロ書きの原稿を読まされていた。


「何て言うか、独創的ですね……」

「だろ? 初めて世に出せるような内容を書き切って、感無量かんむりょうだぜ」

「……あの、それから私たちが実名で書かれているのは、マズいのではないでしょうか?」

「なあに、あくまでもイメージしやすくしただけさ。文章なんて後からいくらでも修正できるだろ」


 私は首を捻りながら、蛭矢君の話に耳を傾ける。

 物書きの仕事はよく分からないけど、そう言うものなのかな。


「──で、どうだった? 面白いか」

「いや、あの……」

「面白い、よな?」


 眼前で悪魔となった蛭矢君の視線が、ささくれのように痛い。


「ええ、面白いですね。おほほほ♪」

「だろ。もうコンテスト優秀作を飛び越えて、実写映画だって狙えるだろ」


 蛭矢君の調子に乗りながら、私は乾いた笑いを浮かべる。


「何、そんなに笑えるの?」

「あっ、美伊南ちゃん!?」


 美伊南ちゃんが蛭矢君の原稿を奪い取り、好奇心の目で文章を追っている。


「蛭矢……」

「なんだい、面白いか?」

「この漢字、○○まいは何と読むんだ? シュウマイか?」 

「違うぜ。それはたたずまいだろ、国語で習っただろ?」

「いんや、美伊南は国語なんて無意味な教科と思って、スルーしてるけん」


 彼女曰く、生まれた時から言葉を発する日本人に日本語の教育は不可解で、未知数と感じているらしい。


 読み書きくらい、様々な文学の知恵を吸収した親でも教えられると。


「──むむっ、読めない漢字ばかり。大瀬にパス」

「なっ、美伊南、よせっ!」


 蛭矢君の制止を振り切った美伊南ちゃんが、教室の端で仲間とご飯を食べている大瀬君の箇所へと、輪ゴムで丸めた原稿を放り投げる。


「お前、何てことするんだよ!」


 蛭矢君が凄い剣幕で、美伊南ちゃんを責める。


「まあまあ、そう怒らんでよ。ここは皇太子に任しとき」


 それに対して、彼女は腹黒く笑っているようにも見てとれる。


「──何だ、この束は……ふむふむ、小説か」


 それを察した大瀬君が束を拾い上げ、周りの仲間たちに何やら喋っている。


「──ごめん。大事な親友の作品だからさ、ちょっとだけ一人にさせてもらえないかな」


 ──微かにだが、その部分だけ聞き取れた。


 この王子さまは本当にできた人だ。


 それから大瀬君は手早くサンドイッチを食べ終わり、真摯に蛭矢君の原稿と向き直る。


 ──おおよそ10分の沈黙。

 その時間が非常に長く感じた。


 やがて席から立ち上がり、蛭矢君の座っている机まで上履きを鳴らしながらツカツカと歩く。 


「これ、ぞ。今どき童話の真似事は流行らないからな」


 そう言いながら、蛭矢君の机に原稿を置き、そのまま教室から去っていった……。


「……蛭矢君?」

「だよね、並みだよね♪」

「ちょっと美伊南ちゃんは黙ってて下さい!」

「はぁーい……」


 美伊南ちゃんが、つまらなそうに口を尖らす。


「英子ちゃん、僕……」

「蛭矢君、ショックなのは分かりますが……」

「僕、燃えてきたよ。今度は凄い作品を書いて、大瀬のピ○キオのような長い鼻をへし折ってやる!」

「えっ、蛭矢君?」


 どうやら蛭矢君は叩かれても、それをバネにするタイプらしい。


「蛭矢、お前、筋金入りのマゾだな」

「はあん? 何だって? もう一回言ったら今度は首をはねるぞ」

「ああん? 美伊南を殺れるものならやってみな。体育倉庫からチェンソーでも持ってこいや!」


 蛭矢君と美伊南ちゃんが目線に睨みをきかせ、いがみ合う。


 美伊南ちゃん、マゾとかそれを本人の目の前で言ったら駄目でしょ!?



 第22話、おしまい。



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