目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第18話 季節外れの台風

「──今週末、季節外れの台風が関東地方を直撃する恐れが出てきています……」


 テレビの天気予報で女性アナウンサーが雨合羽あまがっぱを着て、暴風雨の中で懸命けんめいにマイクに訴えかけている。


「……マスコミも大変ですね」

「きゃはは、このオバサン、髪の毛ボサボサで笑えるわ。あんたの頭も台風だってば!」

「……美伊南びいなちゃん、それは言い過ぎですよ」

「別にいいじゃん。美伊南の本音だし。それより、明日の昼には直撃だってさ。ついてないよ」


 そう、明日から三連休で学校は休みだから、美伊南ちゃんと一緒に私の家に泊まることになったのだが、ひょんなことから台風が直撃することになり、私は困り果てていた。


「これじゃあ、明日からの紅葉狩りを含めたキャンプは中止ですね……」

「ええー! 美伊南、楽しみにしてたのに!」


 美伊南ちゃんが床に仰向けにひっくり返り、手足をバタバタとさせて暴れる。


「美伊南ちゃん、はしたないですよ。パンツが見えていますよ……」

「ふん。所詮しょせん、お子ちゃまな英子えいこには分からないわよ」


 ──どっちが子供だろうか?


「美伊南ね、明日からのキャンプを想定して、色々と準備してきたんだよ」


 美伊南ちゃんがむくりと起き上がり、緑のリュックサックの口を開き、色々と取り出し始める。


「まずはご飯を炊く道具でしょ……」


 そのリュックの半分を占めそうな飯ごうを取り出す。


 しかも一つではない、なぜか三つもある。


「美伊南ちゃん。こんなにも使わないですよ?」

「何言っているの、一個で一人前だよ。大瀬おおせ蛭矢えびやの分もいるじゃん」

「……それなら普通、四個要りませんか?」

「あのねえ、四個もバッグに入らないよ。それに蛭矢と英子は二人して一つの飯ごうをつつきあうのー♪」

「そんなカップルみたいなことはしませんよ」


「……ちぇっ、いい絵が撮影できると思ってたのに……」

露骨ろこつに嫌な顔しないで下さい。不純異性交遊で私を退学させる気ですか?」

「まあまあ、そう赤くならんでいいよ。それから……」


 美伊南ちゃんが、にゃははーんと苦笑しながら、再びごそごそとリュックの中身をあさる。


 なぜか、次に出現したのは目覚まし時計だった。


 ああ、美伊南ちゃんに関わると頭が痛くなってくるよ。


「それ、必要な物ですか?」

「何言っているの、朝一でラジオ体操する時に必要やん」

「なら、録音したカセットなどを流せばよくないですか?」

「ちっちっ、英子は甘いね。時代はリアタイを求めているのよ」

「……はあ、そういうのは、夏休みの朝のラジオ体操でやってもらえますか?」

「だからお手製のスタンプカードを持ってきたんよ。無遅刻、無欠勤で一ヶ月分貯めたら豪華景品が待ってるよ♪

──その賞品とは豪華ハワイに見せかけた、風景写真での三泊四日の自宅旅行♪」

「……あのですね、賞品はともかくキャンプには、私たちは二日しか宿泊しないのですよ?」


「それは初耳だわー!?」


 まったく、美伊南ちゃんは人の話をきちんと聞いているのかな?


 毎度のことながら、無鉄砲で自己中だ。


「まあ、いいや。それから飲み水でしょ……」


 美伊南ちゃんが小さな茶色の瓶を次々と絨毯じゅうたんの上に並べる。


「美伊南ちゃん、これ栄養ドリンクじゃないですか?」

「いや、人間ってさ、危機的状況に陥ると自分たちの子孫を残そうと必死になるやん。だから、せめてものサポートとしてさ……」


「──明日に備えて、一本いっとく?」


 うるんだ瞳で私に顔を突き合わせた美伊南ちゃんが、その中から栄養ドリンクを私に一瓶差し出す。


「……ああ、もう恥ずかしいですから、真顔で語らないで下さい!」

「何や、こんなちんけな物じゃなくて、アカマムシエキスの方がいいんか?」

「……美伊南ちゃん、完全にオジサンモードに入っていませんか?

──しっかり我を保つのですよ!!」


 私は彼女に問いかけ続けて、何とか目の色がぎらついていた美伊南ちゃんのオジサンの憑依ひょうい? を取り払い、ようやく正常な状態へ持ってこさせた。


「──あっ、そうそう。それから肝心な食料はと……ビーフシチューやプリンに……」


 さらに美伊南ちゃんがリュックから、数十個の飴玉の入るような四角い袋を手に余るように山ほど出して、ご丁寧に私に見せながら、次々と床に置く。


 はて? ビーフシチューはともかく、プリンにしては日持ちがしないし、普通、プリンはカップ容器に入っているはずだよね? 


 ──私は気になり、その物体の文字を目で追った。


「……これ、宇宙食って書いてますよ」

「そうだよ。わざわざネットで取り寄せたんだ♪」

「美伊南ちゃん、私たちはロケットで宇宙旅行じゃないんですよ。

──私たちは近場でキャンプ場を借りて、一日目はカレーを作って、二日目は近くのスーパーで現地調達するんです!」

「オッケー、そう怒らないでよ。英子ったらガチで怖いってば」

「一体、誰のせいですか!」


 この人は何を考えて、キャンプに行こうとしてたのかな。


「いいから、ちょっとその中身を確認させて下さい」

「何なの? 英子の求めるえっちな本ならないよ?」

「だから、違います!」


 どうせ、この四次元リュックの中にはろくな物が入っていないよね。

 そもそも、荷物係を美伊南ちゃんに任せたのが悪かった。


 ──そんな手繰たぐり寄せたリュックは意外と軽く、見た感じだと、中に物はないようだが、電球の光に反応して、何かがキラリと輝いた。


 はたして、何だろうか。


 それを見逃さなかった私はリュックを逆さにして、中には何もないか、もう一度確認する。


 ──そこへ、床にストンと落ちる一本の金属。


「美伊南ちゃん、これは……」

「えっ、英子ったらコルクの栓抜きも知らないの? 瓶に入ったシャンパンやワインとかを開けるやつ」

「これ、キャンプに一番いらない品物でしょ!」

「えー。さりげなく持っていたら、イカすアイテムじゃん」

「美伊南ちゃん。私たちは未成年ですよ?」

「人間、時にははめを外すことも必要なのだ♪」

「勝手に一人でさとらないでもらえますか!」


 もう台風どころか、キャンプどころでもないね。


 美伊南ちゃんの偏った考えにも困ったものだよ。



 第18話、おしまい。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?