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第11話 君がいた夏祭り

 今宵こよいは近所で賑やかなお祭りです。


 明日から学校の二学期が始まる生徒たちにとっては、夏休み最後の大イベントになります。


英子えいこ、早くしないと置いてくよ!」

美伊南びいなちゃん、待って下さい……」


 美伊南ちゃんからどんどん離れていき、人混みに溢れて飲まれた瞬間、彼女の姿が消えていた。


「美伊南ちゃん、どこに行ったのですか? ……きゃっ!?」


 私はそのまま体勢を崩して、前のめりになる。


 よく見たら右足の下駄の鼻緒はなお千切ちぎれてるじゃん。

 しかも、このまま倒れたら、おめかしの浴衣も汚れちゃう。


 あ~あ。

 レンタル代に響かなければいいけど。 


「英子!」


 その倒れかけた体を強引に抱き寄せる男子の腕。


 ああ、白馬の王子さまの登場ね。

 でも、このお腹のプニプニは何?


 私が顔を上げると、傍には王子さまではなく、眼鏡をかけた汗だくな子豚ちゃんがタオルで体の汗を拭いていた。


「──ったく、ガキじゃないんだから。あまりはしゃぐなよ」

「あっ、蛭矢えびや君。ありがとう」


 蛭矢君は私がピンチの時には、すぐ駆けつけてくれる。


「お前が怪我したら困るんだよ」

「えっ?」

「……そのさあ、言いにくいけど、

色々と出店の出来立ての飯が食べれなくなるからな」

「なぬっ!」


 その発言に私はその場でターゲット目掛けて、鼻緒が無事な方の片足を踏み下ろす。


「ぎゃー、僕の足を踏むんじゃねえー!?」

「誰のせいですか!」


 やっぱり、蛭矢君は最低だ……。


「悪かったよ。だからさ、この鼻緒を直して、僕と一緒に見て回らない?」


 そんな蛭矢君が踏まれた片足をさすり、私の下駄の外れていた鼻緒に手を触れる。


 すると、あっという間にその鼻緒が綺麗に直ってしまう。


「僕には妹が居てさ、よくお祭りに来ているからさ。この程度のことなら簡単さ」


 蛭矢君の僕の可愛い妹議論が始まった。

 オタクでシスコンだから救いようがない。 


 ……でも、なぜかな。


 眼鏡をかけていては分かりにくい彼の表情が、曇っていた気がしたから……。


「……さあ、お嬢様。一緒にお供させていただきます。

──まずは、あのたこ焼きなんかが美味しそうかと」


 私が動く度に金魚の排泄物はいせつぶつのように、後ろについて回る蛭矢君。


「……なるほど、私がおごる前提ぜんていなんですねっ!」 


 怒った私は思いっきり体重を乗せて、彼の足を踏みつける。


「ぎゃびいいいー!?」


 その対象者が、涙目であらげて跳び跳ねる。


「分かった、分かったよ……」


 蛭矢君が踏まれた部分を優しく撫でながら私に謝る。


「──頼みますから、割り勘で勘弁してくだせえ……」


 なるほど、最初から女性に対しておごる気はさらさらないのね。


 この男、武士の風上かざかみにもおけないわ……。


****


「──ああ、食った食った。やっぱ外で食べる飯はうまいよな」

「あうう……」


 私の約一ヶ月分のお小遣いが、このおデブな化け物によって、食らい尽くされてしまった。


 このエイリアン大襲撃め……。


「そうそう、おわびと言ったらなんだけど、あのぬいぐるみをプレゼントするよ!」


 蛭矢君が狙いを定めた指先には大きなパンダのぬいぐるみがあった。


 ただし、射的場の景品として……。


****


「──へへっ、坊主、お前にコイツが倒せるかな?」


 射的場の主の筋肉質なおじさんが蛭矢君に銃を手渡す。


「玉は3発まで。あとルールは大体分かるよな?」

「ああ…… 」


 それを受けとり、クールにうなずいた蛭矢君は銃の引き金に指をかける。


『──パアーン!』

『パアーン!』


 一発目、二発目と景品には当たらずに明後日の方向に玉が放たれて、次がラスト。


 もう後がない。


「英子ちゃん、僕の腕を信じてろよ」

「蛭矢君……」

「うおおおおー!!」


 『パアアーン!!』


 いつもとは違う凛々しい姿の蛭矢君が最後の引き金を引いた瞬間、激しい発砲音とともに一体の景品が倒れた。


 ──そして、倒れたのはパンダ……

ではなく、裸でふんどし姿でガッツポーズをしている男の全身肌色なねり消し人形だった。


「はははっ、中々やるねえ。

よりにもよって特別賞のミニチュアサイズのグ○コ人形を撃ち当てるとは。

ありがとさん。いい物見せてもらったよ!」


 おじさんが、何やら四角い赤色のお菓子を二箱渡している。 


「これは戦利品のグ○コの菓子だ。可愛い彼女さんにも渡しな」

「ありがとうございます……。

──英子、手を出して」


 蛭矢君がガッカリしながらも、私の手のひらにその人形をそっと握らせる。


「今日のお礼。ありがとう」


 蛭矢君が照れ隠しに頭をかく。


「ありがとう、蛭矢君……」


 ──やがて二人の目が重なり合い、そのいいムードの中へ……。    


「──家○婦は、み、た、ぞ、お!」

「ラブラブじゃん。さあ、二人の馴れ初めとか聞かせてや♪」


 その現場をスマホのカメラでしかと収めた、大瀬おおせ君と美伊南ちゃんがいた。


「ヤバい!?」


 それを見られた私たちはスタコラと逃げることにした。


「あのなあ。これ、な乙女ときめく恋愛小説じゃないからな!」


 後ろで大瀬君が突拍子もない発言をしてくるが、とりあえず今は無視だ……。


「ちなみに、のおでんのことじゃないからな!」



 第11話、おしまい。


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