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第10話 私たちは補習中である

 今日は夏休み登校。

 でも、登校といっても全校生徒が来ているわけではない。


 日頃の学力を試すために、とある抜き打ちテストでオール教科赤点を取ってしまった、負け犬たちの末路がこれだ……。


 そう、今日は私たち四人は夏休みの補習授業を受ける日である。


 まあ、私は数学だけだけど……。


 早速さっそく、教室に来た私たちは窓を全開まで開けて、部屋に風を通し、ジリジリとした日射しの暑さに耐えながらも、教師が来るまで予習勉強をしていた。


英子えいこ、何か、かったるいよね。今日の数学とかさ」

美伊南びいなちゃん、数学が特に苦手ですよね」

「じゃあさ、英子はサンドイッチの図形のダイヤ、コサエテ、三重ボルトの計算できるの?」


 はて、美伊南ちゃんは何を言ってるのかな?


 多分、三角比の計算と思うけど、正式名称はサイン、コサイン、タンジェントでは?


「……美伊南、その程度の計算も出来ないと、世の中、渡っていけないぜ」


 そういう大瀬おおせ君も、あまり勉強は得意じゃないんだよね……。


 イケメンなのに、天は二物を与えないときたものだ。 


「そうそう、渡り鳥、コケコー♪」

蛭矢えびや君、それニワトリの鳴き方だから……」

「クックドゥードゥルドゥー♪」


 いや、英語の発音で答えてもらっても困るよ。

 本当、蛭矢君も無駄な知識が多いんだから。


「……しかし、腹へったな。何か買って食べたいけど、僕、お金ないんだよな」

「美伊南も朝ご飯食べてないから、お腹ペコペコ……ねっ、英子?」

「えっ、私? う、うん……?」


 私もバタバタして食べなかったけど、三人して食べていないとか、単なる偶然かな?


 やがて、私を除いた二人組が大瀬王子さまの前にかがみ、ひもじそうに涙目で口元にひとさし指を添えている。


「……な、何だよ? お前たち揃いも揃って?」

「大瀬殿、ワシらに食料を恵んでくだされ……」

「ねえ、美伊南たち、もう三日三晩何も食べてないの……」


 私には二人が猫のように目を光らせながら、何かをたくらんでいることはすぐに読めた。


 美伊南ちゃんたちは、親がお金持ち財閥の一人息子でもある大瀬君をたかって、自分らのお金がないことをいいことにタダ食いをするつもりだ。


 ……大瀬君、お願いだから、そんな汚い手に引っ掛からないでよ。


 ──私は、その飢えたゾンビ二人から離れて、固唾かたずを飲んで、大瀬君を見守ることにした。


 触らぬゾンビにたたりなし。 

 大瀬君、頑張って生き残って!


「ガアー。食わせろー、」

「ぐわー。食わして、くれくれ♪」

「──そうか、お前ら、そうまでして苦しい目にあって……今までつらかっただろ……ほらっ」

「クーン、クーン……」


 瞳にうるうると涙を溜めた大瀬君が、一枚の万札を犬っころに手渡している。


 ああ、大瀬君、情に流されすぎだよ!


 すると、蛭矢君が鬼のような形相で私の方にブンと振り向く。


「……もし、ばらしたら分かってるんだろーな……」


 出たよ、二重人格でもある、蛭矢君のもう一つの恐ろしい性格が……。


 声は小さいが、明らかに脅迫きょうはくだ。 

 毎度ながら、その変わりようにびっくりするよね……。


****


「──へへっ、チョロいもんだぜ♪」


 蛭矢君と美伊南ちゃんがバシッとハイタッチをする。


「大瀬、ありがとね。

──ねっ、英子。後から何かアクセとか買いに行こうよ♪」


 いや、美伊南ちゃん、ご飯食べるんじゃなかったの?


「──お主ら」


 そんな蛭矢君が笑いながらヒラヒラとお札を見せびらかす中、一つのしわがれた指先がそのお札をつまみ上げる。


 そこには老体な体つきの、数学の比木割ひきわり教師がいた。


「うむ。お主ら、これは大瀬のお金だ。きちんと本人に返すのじゃ」

「あう、クーン、クーン……?」

「今さら小動物に退化たいかしても無駄じゃ、ワシは一部始終を見ておったぞ」

「くそ、この頑固教師め……いでで!」


 比木割教師が、一本釣りのように蛭矢君の耳をグイグイとつまみ上げる。


「おい、蛭矢。ワシが言ったことが聞こえとんのか?」

「いだだ、す、す、すんまそん!」


 耳を真っ赤に腫らした蛭矢君が、大瀬君にお金を返す。


「──いいよ、気にするなよ」


 大瀬君はにこやかに笑っていた。


「大瀬も甘いんじゃ。本当にお金に困っていれば真面目に勉強し、補習なんかに来ないでバイトしてるじゃろ」

「しかし、比木割教師。世の中、困った人がいれば手を差し伸べて助けろと……」

「……なら、お主は将来、無償で働くボランティアの職にでも就くつもりか?

……違うじゃろ、大手財閥を継ぐものよ」

「はい。そうですね。まさにありがたきお言葉。どうも応援ありがとうございます」


 うるうる。

 何か、素敵な話だな。


「すげえな。やっぱり後継者は考えることが違うな」

「ならさ、早く勇者になって、魔王比木割も仲間に入れたらいいじゃん♪」


 ……はあ、この二人は本当ダメダメだわ。


 こんな調子で四人とも補習受かるかな……。



 第10話、おしまい。






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