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第9話 青春真っただ中な海

「海だ、水着だ、青春だー♪」

「ちょっと美伊南びいなちゃん、はしゃぎ過ぎですよ」


 長かった梅雨つゆも明け、私たち四人は隣街の海水浴場にやって来たよ。 


 しかし、普通は海水浴場と言えば、たくさんのお客で一杯なイメージがあるけど……。


「……私たち以外、誰もいないですね……」

「そりゃ、こんな状況だったらな……」


 少々遠慮がちなナイススタイルな大瀬おおせ君が海の中からその原因となった物を捕まえていた。


「これはビニール袋ですね」

「いや、英子えいこちゃん。他にも色々あるぜ」


 それに対して今日はグラサン眼鏡な太っちょな蛭矢えびや君なんて、波打ちぎわから拾った割りばしに、紙コッププラス、空の弁当箱と、あと巨大などろどろした棒の固まりの生き物を私たちに堂々と見せつけるんだよ。


 それから、その長太い生き物を弁当箱の中に挟み、どこからか取り出した輪ゴムでふたをする始末……本当、何のつもりかな?


「──ほい、出来立てナマコ弁当はいかがすか~♪」


 蛭矢君が掴んだナマコの口から吐き出される無数の糸。


 ナマコは危機を察すると自分の内臓を吐き出すらしい。


 確か、何かのテレビで知った気がする。


「そんなキモい弁当、誰が買うのよ!」


『パコーン!』


 美伊南ちゃんの必殺技『空中二回転半回し蹴り』が、蛭矢君のタプタプなお腹に炸裂さくれつする。


「ぶべら、はべら、  

らてらってー!?」


 そして、わけの分からないカフェラテ言葉? を言う状況で水面みなもを三回転半飛び、波にさらわれる蛭矢君。


「さようなら、海へと消えた蛭矢君……」

「蛭矢に大いなるご加護を、アーメン……」


 美伊南ちゃんが指先で十字架の形をなぞって、手を組んで祈っている。


 そういえば、美伊南ちゃんはギリスト教を崇拝すうはいしていたね。


 いつも一心不乱に敵? に立ち向かうから、そんな神聖なイメージないけどね……。


「……でも、こんなにゴミが浮いていたら泳げませんね」

「じゃあ、今日はゴミ拾いするか」


 大瀬君が白い歯を輝かせながら、私に笑いかける。


 きゃ~♪

 白馬が無くても王子さまはかっこよすぎ~♪


「……えっ、それダルいわ。美伊南はパース」


 だけど、そんなイケメンスマイルで甘いマスクでも美伊南ちゃんには通用しないみたい。


 あんなにも可愛らしいルックスなのに、もったいないなあ。


 美男美女でお似合いなのに。


「じゃあ、英子。俺と一緒に拾おうか?」

「……だ、大丈夫です。恋の片道切符なら持ってまーす!?」


 私は大慌てでイケメンサークルから離れる。


「駄目だ、私は彼とは釣り合わないですー!」


 熟れた赤リンゴのような顔色になり、ロケット花火のようなスピードで堤防の海岸沿いを走る私。


「英子、そっちは!」

「えっ?」


 気が付くと私の足元は地のついた堤防ではなく、宙に浮いていた。


「英子!?」


 大瀬君が叫ぶ中、私はそのまま海へと落ちていった。


****


「──英子、英子!」


 誰かの声が耳に届く。


 そうか……。 

 私はあの後、恥ずかしさのあまり、前も見ないで深い海に落ちて……情けないな。


 大瀬君が助けてくれたんだね。

 やっぱり彼は優しいな……。


「英子、しっかり!」

『バチンバチン!』


 私の頬がビンタされて激しい痛みに襲われる。


「いっ、痛いですよ!!

──何をするのですか、大瀬君!」


 私が目を覚ますと、そこには白馬の王子さまが、いや……。 


 太陽の光でこんがり焼けた黒豚ちゃんがいた……。


「えっ、もしかして蛭矢君が助けてくれたのですか?」

「……ああ、もう怖くないさ、僕がついているから」


 どうやら私は蛭矢君から支えられて海の中を泳いでいるらしい。

 グラサンを外して笑いかける蛭矢君のお腹には浮き輪が着いていた。


 蛭矢君、私、あなたのこと誤解していた。


 2次元のアニメキャラじゃなくて、ちゃんと3次元の女の子にも関心があるんだね。


「……蛭矢君、ありがとうございます」

「何、礼にはおよばないさ。英子ちゃんがいないと困るからさ」


 ドッキーン!

 何、私のハートが撃ち抜かれちゃった……。


 蛭矢君、カッコいい!!


「だからさ、まだ未読中な少女漫画の続きが気になるからさ。野郎じゃ中々買えないし……」

「えっ!?」

「だからー、お前がいなくなったら気軽に少女漫画借りれなくなるから困るんだよー!」


 プルプル。

 怒りをあらわにして体を小刻みに揺らす私。


『ポカポカポカッ!』

「蛭矢君、もう信じられません!!」

「痛いな、何も殴ることないだろ?」

「もう、乙女心をもてあそんで……。

……嫌です、離して下さい!」

「いや、ここで離したらヤバいぜ。周りに島はないから。

──実は僕たちは今、漂流ひょうりゅうしてるんだよ……」

「……はあ、何やってるのですか!?」


 こうして、いがみ合う私たち二人は丸1日太平洋をさ迷い、無事に海上保安庁に助けられましたとさ。 


 あと、蛭矢君、最低です。 



 第9話、おしまい。

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