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第27話 命運を白紙にするために

『──ようこそ、新生なる我輩の魔王城へ』

「ここは?」


 僕は勇者の剣を構えたまま、その場に立っていた。


「ジン、どうかしましたか?」

「兄ちゃん、何で固まってるのさ」


 懐かしい仲間たちの言葉が耳に触り、僕はその場で涙をこぼしそうになる。


「そうか、僕は戻ってきたのか……」

「何、言ってるんだ。この兄ちゃんは?」

「まあ、いいじゃないですか。それよりもどうしますか、ジン」

「どうするって?」

「敵は二人います。魔王ジイ・エンド、そしてゲーム・オバ……」


「何だって、オバも生きているのかあぁぁー!?」


 僕の声の張り上げ方に、耳を塞ぐミヨとケイタ。


「兄ちゃん、声が大きいぜ!?」


 ケイタが耳たぶを摘まみながら、僕に問いかける。


 一方で魔王サイドは、このような混乱にも場慣れしているのか、何とも動じていないようだ。


『ふふふ。その様子だと、何か策があるみたいだね』

「エンド、僕の話を聞いてくれ」

『何だい、いきなりかしこまって?』

「もうこんな争いは止めにしないか?」


 僕は持っていた勇者の剣を床にガランと投げつけて、面と向かってエンドに頭を下げる。


「なっ、何を言っているのですか!?」

「そうだぜ。兄ちゃん、ついさっきまで戦う気満々だったじゃないか!」


 僕の方を見つめ、決心が揺れ動く仲間たち。


「いや、何か、気が変わってさ。みんなで仲良くアイスキャンディーでも、食べたい気分だよ」


 まあ、本当のことを喋っても無意味だろうし、ここは嘘八百でうまくやり過ごすしかない。


『ふふふ。中々面白いね、君』

「おわっ!?」


 その『もう仲良くしよう』の会話を遮ったエンドの手刀が僕の首に当たりそうになり、すぐさま後ろに飛び退いて避ける。


「危ないな。僕を殺す気かよ?」

『ふふふ。最初からそのつもりだけどね。そらそらそらー!』


 エンドが僕に手刀の嵐を浴びせてくる。

 勇者の剣を再び手にしても、僕は防戦一方で逃げるのに手一杯だ。


『魔王様。お下がり下さい。ここはあっしにお任せを』


 そこにオバが割って入るが、その言葉からして和解ではないことにガッカリする。


『そうか、じゃあ任せるよ。オバ』

『はいっ!』


 退いたエンドに変わり、オバが最前線に立ち、詠唱の短い簡単な呪文を唱えてくる。

 それでも一撃の威力は計り知れない。


「くそ、どうしたら戦わなくて済むんだ……もう手はないのか」

『──いや、打つ手ならあるよ』


 呪文を避けるのと、考えごとに夢中だった頭に、あの少女の声が響く。


「その声はサクラか」

『当たり。それよりも彼らと争いたくないんだよね。どういう風の吹き回しやら』

「ああ、それより手はあると言ったよな?」

『うん、少々強引な方法になるけど。封印という手段なら』

「そうか、詳しく聞かせてくれ」


『何をさっきから、一人でぴーちく喋ってるんじゃ!』


『ゴオオオオー!』


 怒りに震えるオバの炎の大呪文をギリギリで避けながら、サクラと会話を続ける。


「それでどうするんだ」

『ジン、まずはこれを受け取って』


 空から五センチ感覚の一本の白い棒が、緩やかに降ってくる。

 一瞬、駄菓子かと思って手にしたのは、学校の授業では定番の白いチョークだった。


『そのチョークを勇者の剣先のくぼみに取り付けてから、コンクリとかの固い地面にその剣で五芒星ごぼうせいの魔法陣を描いて』

「えっ、僕、そんなに上手にイラストは描けないぞ?」

『大丈夫、イラストじゃなく、一種の記号だと思えば。それにこの際、絵心えごころなんてどうでもいいのよ』

「えっ?」


 僕の気のせいか。

 今、このお嬢さんは、しれっと酷いことを言わなかったか?


『ようは剣に装備したそのチョークで、星の形を描いたらいいのよ』

「それであとはどうやるんだ?」

『何とかジンがその魔法陣へ誘き寄せて、その場で私の呪文で封印するのよ』

「まさにネズミ取りかよ。むちゃくちゃかつ、強引なやり方だな」

『でもそうしないと、またリアルであんな悲しい結末になるわよ』


 そうだ、僕はあの狂った現実を変えるために、ここに戻ってきたんだ。

 だったら無駄口を叩く暇はない。


 サクラが、どうしてリアルの事情を知っているのかは定かではないが、転生の神なら何でもお見通しなのだろう。

 そう、本人が言っていたことも思い出す。

 あれは初めて、僕が転生した時だったような……。


「ミヨ、ケイタ。二人とも、あの両者の気を僕から反らせるか?」

「いきなり何ですか?」

「今からあの魔王とオバを封印する。でもそれには手間がかかる。その間、時間稼ぎをしてほしい」


「ふう……。何かと思えば、そのようなことですか」

「兄ちゃん、一緒に冒険をしてきたのに腑抜けかよ。オラたちの実力を甘く見るんじゃないぜ」


 二人とも自信と余裕に満ちていて、気合いは満点だ。


「ありがとう。よろしく頼むよ」


 ミヨがオバ、ケイタがエンドの方へ突き進む。

 最強の敵が相手だから、こちら側からは多少は不利かも知れない。

 でもこうでもしないと、呪文を発動する時間は作れない。


 二人には、何が何でも頑張ってもらうしかないのだ。


「さてと、魔法陣が描けるような場所はと……」


 僕は剣にチョークをはめ込み、標的を探すためにキョロキョロと辺りを見渡してみる。


 幸い、ここは城内だけあり、石畳の床には落書きしたい放題だ。

 これは失敬……落書きじゃなかったな。


 僕は冷たい地べたに腰を降ろし、五芒星を剣の先っぽ(チョーク)で描き始めるが……。

 そこでトラブルが発生した。


「五芒星ってどうやって描くんだ?」

『あのねえ、ジン……工作の授業で習わなかった?』

「おいおい、工作って、幼稚園児でも分かるような言い方だな」


 小学まであった図工という教科が、頭を埋め尽くす。

 あれが中学になって、ワンランク難しくなる、技術家庭という教科に名前が変わるんだよな。

 掃除機があるのに、鉄板を型どって、ちり取りとか作ってどうするんだよ。


『と、とにかく星の形を、熟れたスイカ玉くらいのサイズの一筆ひとふで書きで描けばいいのよ』

「一筆書きってなんだ? それに売れたスイカなんちゃらって何だ? みずみずしくて旨いのか?」

『そこから説明するんかいー!!!』

「はがっ、頭の中でわめくな。声がデカイって!?」


 あまりの叫び声に耳を塞ぐが、サクラの声は思念からのものなので効果はない。


『だったら私の言う通りに書いてみて』

「ああ、それなら何とかなるな」


 僕はサクラの声に耳を傾け、星を描いていく。

 チョークで引いた流れるような線で、願っていた図形が完成する。


「何だ。意外と簡単なんだな」

『よく言うわね。何十回も失敗して』

「失敗も成功のもとって言うだろ」

『何なのよ、それ。不器用に見えて、自分は案外できます的なアピールは』

「そうだよ。僕はやればできる勇者なんだよ」

『まあいいわ。後はここに誘い込むだけ。今までと違って難しいから気をつけてよ』

「はい、了解されまちた」


 僕は剣を片手に下げ、ポケットから出した赤いハンカチで、敵の意識を向けさせる。


「さあ、ドーンと来い!」

「もう、何で、闘牛士の真似事なのですか?」

「ああ、兄ちゃんが新しい職業に目覚めたぜ」


「そうさ、今の僕は熱き闘牛士。カマン、ベール♪」


 ハンカチをヒラヒラさせながら、敵の目の反応を確かめる。


『何か気に食わないね、君は』


 そこへ早くも大物がかかった。

 相手はジイ・エンド……魔王だけに味覚が饒舌じょうぜつ(カマンベールチーズ?)だったせいか、予想以上に釣れたようだ。


「……問題はどうやって誘い出すかだけど」

『何をブツブツ言ってるんだい。来ないなら我輩から行くからね!』


 ケイタから離れたエンドが、漆黒の炎に包まれた拳で、僕に殴りかかろうとする。


「ははっ、かかったな!」

『何だって……ぐわっ!?』


 その魔法陣に足を踏み入れたエンドの体が赤褐色に光り出し、そのまま動かなくなる。


『ジン、でかしたわ。後は私に任せて』

「じゃあ、僕は昼寝でもするかな」

『何、言ってるの。今はもう外は夜よ』

「そうなのか。じゃあ寝床を確保しないとな」


 いそいそと寝室に向かい、布団を持ってこようとする。

 あくまでもそれは脳内ビジョンだが……。


『違うでしょーが!』

「ぐえっ、だから頭の中で騒ぐなよ!!」

『誰のせいだと思ってるのよ!』


 キーンと鼓膜と海馬に伝わる衝撃。

 暴走したお嬢さんの高い声で、早くも頭がカチ割れそうだ。


「兄ちゃん、こっちもオバを縛り上げたぜ」

「よし、よくやってくれたな。お手柄だぜ、ケイタ」

「サンキュー。へへーんw」


『ぐぬぬ……魔王様が気になってみたら、この有り様とは……』


 オバが悔しそうにくちびるを噛む。

 どんな強敵でも、ほんの少しの油断が隙を生む。


 しかも腕の立つ二人の味方が相手だし、こちらの勝機は見えていた。


『ジン、そのままオバも一緒に封印するわ。彼女の足元に魔法陣を描いて』

「ああ、でもどんな形だったかな?」

『もう、どういう頭の作りをしてるのよ!!』

「はがが!? だから騒ぐなよ!?」


 僕はサクラのちからと知恵を借りて、何とか二人の封印に成功する。


『──中々やるじゃないか。現実世界とリンクしているから、それをうまく利用したんだね』

「ああ、お前らに死なれたら困るからな」

『ふふふ……売り言葉に買い言葉。悪くない決断だよ。初めての戦いから成長したね。勇者ジン』


 二人の体が、爪先から石膏のように固まっていく。 


『もうこんな偉大な勇者がいるなら、世界征服は止めるよ。君になら未来を託してもいいからね』

『そうじゃな。あっしらの負けじゃな』


 なぜか二人とも、笑っているようにも見て取れた。


 そして、白い石像と化した二つの物体は、赤く波打つ魔法陣の円の中へと、ゆっくりと沈んでいった……。


****


「──ようやく終わったな」

「兄ちゃん。何か清々しい顔だぜ」

「ケイタ君、茶化さないの。ついに勇者が魔王を封じ込め、勝利を手にしたのですから」


「ケイタ、ミヨ、そしてサクラ。ありがとう」

「お礼なら、みんなにも言ってあげて下さい」


 僕の周りに青白い光が満ちて、様々な人たちが立ち並ぶ。


 親父、お袋、ヨーコ王女に、ハガネ、

よろず屋の店長、詐欺紛いの武器と防具屋のおじさん店主、タクシーカーの運転手などなど……。


 どうやってこの魔王城に来れたのは謎だった(多分、サクラの移動呪文だろう)が、みんな笑って僕らを祝福してくれた。


 僕らは残酷な運命に抗ったのだ。


 そんな僕らはこの城内を貸切り、夜通し食べて飲んで騒いで一晩を過ごした。


 次に僕が目覚めるのは、現実世界のベッドとも知らずに……。



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