「……うん?」
あれ?
僕は死んで、また戻って来たのか?
目を開けると、そこは闇に敷き詰められていた。
「サクラ、どこだ?」
少し気になることがある。
ここは見慣れた灰色の景色ではなく、真っ黒に塗り潰された世界だったからだ。
ひょっとして、本当に死んだのか。
異世界転生ではなく、死後の世界であり、今まで命を弄んだとして、天界のお偉いさんの神から、天罰を食らったのかも知れない。
「でも、何で真っ黒なんだ。天界でもエコが流行っているのか?」
まあ、何はともかく歩いてみないと、状況が分からない。
僕は立ち上がり、周りを見渡してみる。
「どこを見ても暗闇だな」
しばらく歩いてみて、理解したことがある。
どれだけ進んでみても壁がなく、行き止まりがないし、曲がり角もない。
真っ平らで平坦な道が、永遠に続いている。
もう一つ気になったことがある。
辺りは暗闇の空間なのに、僕の体だけが影もなく、綺麗に見えている。
しかし、上空を見上げても電灯などの
「これはどういうことだ?」
耳を澄ましてみる。
何も聞こえない無音の空間。
ひょっとして、ここは地獄なのか?
地獄の中でも、重い罪を受けた罪人たちが集まる死後の場所か?
想像しただけでも、寒気が走りそうだ。
その寒気の感覚すらないが……。
「おーい、サクラ! お前の悪ふざけか? 隠れてないで出てこいよ!」
僕は彼女の名前を叫ぶ。
がなってみたり、優しく問いかけたりもしたが、サクラからは何の反応もない。
(そういえばサクラは、能力を封じられた檻にいる設定だったな……)
「……って、そんなこと、考えている場合じゃないな。出口を探さないと」
回れ右をして、足場を確かめるために、その場で数回ジャンプしてみる。
床は岩のように固い。
停電中の室内でもないらしい。
(何なんだよ、ここは……)
謎が謎を呼び、頭が混乱してくる。
僕は名探偵◯ナンじゃないんだぞ。
壁もない、音もない、おまけに人の気配もない。
完全に一人だけ取り残された闇の空間。
「待てよ、取り残された?」
いつもの転生する前の灰色の空間の場所なら、必ずと言ってもいいくらい、隣にはサクラがいた。
だけど今に限って、彼女の存在を感じない。
今までの死んだ先には彼女がそこにいた。
彼女、サクラは自身のことをリアルで死んだ僕を転生させる神と呼び、異世界の転生に大いに関わっている人物と誇らしげだった。
なのに、ここにはいないのだ……。
「何の。道は自分で切り開くしかない!」
僕は背中にある勇者の剣を抜いて、暗闇に向かって斬りかかる。
何となくだけど、何かの気配を悟ったからだ。
そう、どこからか、獣のような息づかいが耳に障ったのだ。
「そこかあー!!」
僕は上空めがけて、思いっきり弧のように斬り開く。
すると、見えない布切れのようなソレが、地に音を立てて落ちる。
ソレが何かは、見えないから想定はできないが……。
でも一つだけ言えることは、これはヤツの影の一部と言うことだけ。
そうか、どうやらここは、ヤツの作った異空間なのだろう。
「うおおおおー!」
僕は気合いの入った叫び声を上げ、剣を掲げて、上下左右に乱雑に剣を振り回す。
「あたたたたー!」
下手な鉄砲も数打てば当たる。
実際には鉄砲ではなく、剣という近接武器だが、その偶然の可能性に賭けてみたかった。
『ガツン!』
その剣が突っかかり、動かなくなる。
今度こそヤツを捉えたか?
『グアアアアー!』
獣の咆哮をビリビリと感じた矢先、突風が吹き荒れ、彼方の方向まで吹き飛ばされる。
今のが、この闇の世界を操る本体か。
だが、こんなに真っ暗な場面なら、先ほどのような、まぐれ当たりは通用しないはず。
何か、案はないのか。
中身もないスポンジな脳みそで、よーく考えるんだ。
僕はズボンのポケットを探り、指先に何かが触ったことに感づく。
それは、あのタクシーカーの運転手さんがくれた物だった。
「何だカイロか。別にここでは寒くもないのに何の必要があるんだか……」
いそいそとポケットにしまおうとした時、ある脳裏が頭をよぎる。
そして、ビニール製の封を破いて、中身を取り出し、よく振って温めてから、そのままカイロを宙に投げた。
「召しとったり!」
そのカイロを空中で叩き斬る。
途端に熱を帯びた砂が浮遊する。
「フワリ!」
それに目がけて、またもや偶然できた呪文、
僕は息づかいのした場所に向かい、その砂を覚えたての風の呪文でぶち当てた。
『グアアアアー! ア、アツイー!?』
予感的中。
僕は、その声の方向に、思いっきり剣を振りかざした。
****
『ピシピシピシ……』
『バリーン!』
暗闇の水槽から闇が抜けていく。
色を取り戻した現地に戻った僕の剣は、とある体に肩から斬りかかっていた。
『がああああー!?』
その相手はエンドだった。
火傷の苦しみに顔を歪めながらも、僕の前で意思を伝えようとする。
『……まさか、そんな飛び道具を持っていたとはね』
「いや、これは偶然の産物さ」
『じゃあ、君は運任せでやったと?』
「人生なんてそんなものさ」
僕はエンドの肩口に埋もれていた剣先を、力をこめて、斜め下へと切り裂いた。
『ザシュー!』
『ぎゃあああー!!』
肩から下腹部まで裂かれたエンドの体。
血の代わりに、その体から黒い煙が吹き出してくる。
『しかも我輩の闇の永遠の時に閉じこめる空間呪文、ファイナルダークエンドを強引に壊すとは……いかにもジン君らしいやり方だね』
「別にあんな場所に閉じ込めなくても、実力で倒せただろうに。それに何だよ、その大層な呪文の名前は?」
『ふふふ、あの君の父さんの頼みだったからね。勇者と名乗る者なら、昔の君の父さんとの決着に使った呪文を使って、もてるちからを振り絞って戦ってくれってね……』
「親父がか?」
『まあ、ソウの必殺技は我輩の向こうずねに、勇者の剣でゴールデンバット峰打ち攻撃だったけどね。あれは涙が出るほど痛かったよ……』
何かしらにしろ、エンドと親父は仲が良かったようだ。
もはや、敵同士ではなく兄弟のように……。
『君の父さん、ソウに伝えてくれ。君の息子は、ソウにも負けないくらい、強かったって……』
それに、お互い二人は野球が好きだったから、さぞかし気の合う友達になれたかも知れない。
勇者と魔王の関係ではなかったら、普通の仲間として……。
「エンド、お前……」
『何だよ。男が泣くんじゃないよ』
感傷に浸る僕に、激を通すエンド。
「いや、男でも感情をあらわにして泣いていい時もあるのさ。
同じ時の戦友として。
お前はふざけたヤツだったけど、本当は根性までは曲がっていなかった。
僕を殺した時も、復活できることを読んでの行為だったんだろ?」
『そうか。そこまで理解していたんだね……』
少年の笑みでちから無く呟くエンド。
その表情から痛々しさが伝わる。
『……ジン君、君と熱いバトルができて良かった。本当にありがとう……』
やがて、静かに
僕はピンチに陥りながらも、何とかして魔王ジイ・エンドを倒した。
今、すべての勝敗がついたのだ。
****
エンドとの争いに決着をつけた僕が戻ると、傍にはいつものメンバーがいた。
ケイタ、ヨーコ王女、そして、僕の好きなミヨ。
そうか、魔王の魔力が切れたから、檻から脱出できたのか。
ところが、みんなは顔をしわしわにしながら泣いていた。
お前ら、子供じゃあるまいし、何でそんなに泣いているんだよ。
もう、ラスボスは倒したんだぞ。
もっと喜んで、エレガントに白鳥の舞いを踊ったって、誰も咎めはしないのだから。
それにヨーコ王女も無事で良かった。
「早く……じゃう」
「分かってる……さ」
ミヨたちが僕に向かって、何かを懸命に叫んでいる。
何だよ、今、僕そんなに面白い顔でもしてたか。
まあ、変顔の人間福笑いポーズには自信はあるけどな。
「早くしないと……、
ジンが死んじゃう!」
「ミヨちゃん、少しは落ち着けって」
「そんなこと言っても、これは絶望的ですよ」
はあ、僕がどうなったって?
「確かにこの状況ならな……」
「ケイタ君もヨーコ王女も、どうしてそんなに冷静なのですか!」
「困ったぜ。そんなこと言われてもな……」
「はい、困りましたね」
ううっ、それにしても身体中が陽に焼けたように痛い。
僕の体はどうなったのだろう。
「おい、兄ちゃんが気づいたようだぜ」
「えっ、ジン。大丈夫ですか!!」
何とか体を起こし、三人にお礼をするが……。
「ああ、ゴホッ、ゴホッ!!」
「兄ちゃん、分かったから。もう喋るな」
「ミヨ、ケイタ……ゴホッ!!」
息が苦しい。
言葉を発するのもやっとだ。
口いっぱいに広がる錆びた鉄の味。
次の瞬間、僕は大量の血液を吐いた。
「ジン!! しっかりして下さい!!」
「無駄だぜ、身体中に闇魔法の破片が刺さってるんだ。死ぬのも時間の問題だぜ」
「
死ぬ?
何のことだ。
僕は魔王を倒して、この世界に戻ってきたんだぞ?
『ジン、今までありがとう』
頭の中を通じて、いつもの口調が流れ込む。
「サクラか。みんな無事だったんだな」
『ええ、一名のジンを除いてね……』
「えっ、何だよそれ?」
『みんなを助けるのとひきかえに、ジンは死んでしまうの』
「ゴホッ……はっ、面白い冗談だな」
『それだけ魔王の呪文のちからの反動に、肉体が耐えられなかったの』
「ゴホッ……何だって……」
『いいから黙って、私の話を聞いて』
──どうやらエンドが唱えた最強の呪文は五感を狂わす能力であり、霧状の細かい粉末を吸い、体内に幻覚をもたらす効能があったとか。
長らく、その空間に留まったせいか、闇の粒子に肺をやられてしまったらしい。
そこへカイロの粉末も混ぜ、さらに強引に闇の空間を打ち割って、脱け出したのだ。
それらを含めた毒素や、空間の細かい破片などを吸い込み、身体中へと回り、僕は命をおとしてしまうことも知った。
この前、首を切り落とされても
体中に拡がり、各種の臓器さえも蝕まれ、放射能汚染のような状態。
こうなれば、いくら回復呪文で回復させようとも意味がない。
まさに末期のガン細胞に、軽度の治療は皆無。
擦り傷や切り傷とは訳が違うのだと。
(そうか、僕は本当にあの世に逝くのか……)
そのサクラからの色んな情報に耐えきれず、僕の思考はグチャグチャだった。
つまり、僕はもう二度と転生もできないことも。
(まあいいか。この世界を救ったのだから……)
「──ジン、ジン、しっかりして下さい!」
「ミヨちゃん、落ち着けって」
「だって自分にとっても大切なジンが!」
「ミヨちゃん、それって?」
「ジン! ジン!」
ミヨの悲痛な叫びを聞きながらも、僕はそのまま意識を失った……。