『さあ、かかってきなよ。ジン君の勇者としての力量を試させてもらうよ』
「どういう意味だよ?」
『そうだねえ、ハンデとして我輩は君に対して呪文は使わず、素手で君の相手をするよ。もちろん君は、どんな攻撃をしても構わないよ』
魔王ジイ・エンド(こんな生意気なヤツ、以下略、エンドでいいよな)が、右の人指し指でクイクイと誘いながら挑発をしてくる。
「そうか、僕もなめられたものだな!」
エンドの前に飛び出し、勇者の剣でエンドの細い腕に素早く斬りかかる。
『ザシュー!』
コンマ数秒の先手必勝。
いくら魔王でも見た目は子供の体。
片腕を切断したら、どう足掻いても致命傷だろう。
悪いけど、早くも決着がついたな。
光輝く太刀筋がエンドの腕をはね飛ばす……つもりだったが……。
「なっ、斬れてない?」
確かにエンドの腕を斬った感覚は、僕の腕を通じて、全身に伝わっていた。
しかし、魔王側の腕は何ともない。
『それが君の限界かい?』
「おわっ!?」
ニヤリと不敵な笑顔をしたエンドが、僕の剣を持った方の腕を掴み、そのまま地面へと叩きつけられる。
辺り一面に舞うホコリ。
そのホコリが地面に舞い落ちた時、僕の体は宙に浮いていた。
『へえ、すごいすごい。
「まあ、土壇場で唱えた呪文なんだけどな。これくらいの呪文なら僕にでもできる」
『またまた謙遜しちゃって。我輩の見ない間にずいぶんと成長しちゃってさ』
小さくつぶらなエンドの瞳には、喜びの表情が見てとれた。
「まるで我が子が親元を離れて歩み出す、親心のようなイメージだな」
『そうそう、その例えは実に良いよ』
エンドが両手を叩き、僕を褒め称える。
これはまた、
「そうやって、吠え面をかくのはいつまでかな」
僕はエンドと距離を保ちながら、剣を鞘にしまい、呪文の構成を練り出す。
「いくぞ、レーザー100!」
『ヒュンヒュンヒューン!!』
『ザクザクザクー!!』
光の刃が僕の頭上に立ち並び、その刃が次々と流れるように、エンドの体に突き刺さる。
『ふふふ。我輩にこんな呪文が効くとでも?』
「ああ、最初からそんなつもりじゃないさ!」
『何だって?』
その左手で光の刃を撃ちながら、右の拳をボクシングのジャブのように流しながら、急接近して、エンドに素早い突きを繰り返す。
『ザクザクザクー!!』
『ドカカカカー!!』
魔法とパンチの同時攻撃。
今の僕の技量なら、できると信じての少々危ない賭けだったが、うまく成功できて良かった。
『ザクザクザクー!!』
『ドカカカカー!!』
『なぬ、ぐはあああー!?』
僕はエンドの体に
魔王と言っても、しょせん見た目はただの子供。
さらに何度か戦った結果で分かった点がある。
ヤツには空を舞う翼がない。
ならば空中戦でなら、手出しはできないはずだ。
「必殺拳空中乱舞桜、下手の横好き突きー!」
『ドカカカカー!!』
『ぐああああー!?』
即興で編み出した、よく分からない洒落の技名を叫びながら、呪文を止め、両拳を使い、エンドの体を天井の黄金のシャンデリアに向かって、さらに上へ上へと攻め立てる。
「そして、とどめのフィニッシュー!」
エンドの体が5メートル先の天井に届いた時点で、動きを確実に封じるため、剣を抜き、相手の体を一直線に横から貫いて、胴切りにする。
『ザシュー!』
コトコト煮込む予定のビーフカレーの具材のように、
いけねえ、今斬ったのは男爵いもじゃなく、魔王の
『ぐああああー!?』
ぼろ雑巾のようなエンドの体が、ちから無く空を泳ぐ。
その際に、僕は地に足を下ろした。
「やったか?」
『……何てね』
その果てたはずの体が、僕の見上げる上空でピクリと動く。
『フワリミスト!!』
体を反転させ、
『それからの……纏まってのフワリソード!』
『ゴオオオオー!』
その風が灰色に色づき、巨大な二メートルほどの洋風の剣の形となり、斜め上から僕に向かってきた。
大きさのわりには落下のスピードが速い。
強い風が吹き荒れ、偏西風のような威力で、周りの窓や照明が激しく揺れる。
『ゴオオオオー!』
「──のわぁぁぁー!?」
僕は裏返った声を出しながら、マタタビ酔いの猫のように、その場で床に寝転がり、ギリギリで、風の剣をかわす。
人間、死ぬ気になれば、どうとでもなるものだ。
もうリアルで死んでるけどな……。
風でできた剣は、床に当たった時点で霧散され、何事もなかったかのように消滅する。
「あのなあ。そちらは呪文は使わないって言っただろ!?」
『あはは、笑えるね。約束は破るためにあるんだよ』
「無茶苦茶なヤツだな!?」
僕は砂ぼこりを手ではたきながら、あはははと笑う魔王の様子を見て、ある異変を察する。
「それにしてもおかしいな。あれだけの攻撃を食らっても、なぜお前は服はボロボロなのに、体には傷ひとつないんだ?」
『さあ、何でだろうね。それより我輩の足元をよく見てごらんよ』
「はあ? 足元だって?」
はて、床に小銭でも落ちてるのか? と気になった僕は、エンドの足元を眉間にシワを寄せながら観察する。
足の影が動いて、エンドの姿が溶け込み、僕の影へと引っ付いていく。
「まさか、これはキル・ユーの技の一部の?」
『そう、影を伝い、移動する
僕の真後ろの影から出現したエンドが、僕の首元に手の平を当てようとする。
それにいち早く反応した僕は、即座に体を左側にひねった。
「おおっと、その手に乗るかよ!!」
相手が誰であれ、反射神経なら、誰にも負けない。
『へえ、また首をはね飛ばそうとしたんだけど。中々やるじゃん』
「だてにゲームで、動体視力を磨いていないからさ」
『……まあ、ジン君は何回殺っても甦るみたいだから、あの噂のネットゲームで、
「えっ、何だよ?」
エンドが再び影に沈み、僕からある程度の距離を取る。
その距離、およそ10メートル。
無敵と見せかけて、何かしらの警戒はしているらしい。
『おまけに捕らえたサクラの話では、君にテレパシーで戦い方のアドバイスをしていたそうじゃん。一人でバトルしていたと見せかけて卑怯だよね』
「黙れ、お前だって、散々酷いことをしてきたじゃないか!」
『我輩はいいんだよ。魔王なんだから』
「どんな理屈だよ!」
人を強引に拉致して、檻に閉じ込めるだけでも犯罪なのに、この魔王はどうかしているのか。
今さらそんなことは知りませんと、開き直っていると思いきや、あの素の反応ときたものだ。
嘘はつく、相手を騙す、犯罪は平気で犯す……。
このオレオレ詐偽的な坊やの親の教育はどうなっているのか。
いや、過去のエンドの喋り口を思い出すと、見た目は子供でも、実年齢は1000歳はとうに越えていると言っていたな。
まさに歩く妨害者=老害だな。
(しかし、攻撃が通用しないとはどうしたものか……)
その場で頭をボリボリとかき、考え込む僕。
あんな風に距離を取るなら、ヤツにも弱点があるはずだ。
(……元からほぼ無い脳みそを絞り出して、考えろ、僕!!)
己に
久々に
ピリ辛の大根おろしを手元に添えて……。
『どうした、今度は我輩からいってもいいってことかな?』
「いいも何も、さっきから好き放題にやっているじゃないか」
『あはは。まあ、そうとも言うね』
「あと、それから影に潜まずに、正々堂々と攻撃しろよな」
『ふふふ。冗談じゃない。これが我輩の攻撃の仕方さ』
「本当、嫌みなヤツだな。影なんて使って……あれ?」
『どうかしたかい?』
エンドが不思議そうに僕を見ている。
「──いや、何でもないさ。いくぞ!」
僕は剣を振り下ろし、魔王へ突撃する。
『あはは。おまぬけな判断だよね。まあ、どう考えてもそれしか方法がないよね』
『フワリミスト!』
エンドが両手を交差させて、風の呪文をこちらに放つが、僕は呪文を呟きながら、それを難なく避ける。
『へえ、なるほど。
『……じゃあ、これはどうかな。二度目のフワリソード!』
エンドが体をくの字に曲げ、両手から風の剣を発動させようとする。
『そこからだと、今度こそ直撃だね。そのやわな防寒着で耐えられるかな?』
「そうさ、その隙を待っていた」
『なっ、どういう意味かな?』
「こういう意味だよ!!」
僕はエンドのいる場所に剣を突き立てた。
その刺した先には長く伸びるエンドの影。
剣が影を裂き、エンドの胴体に剣が貫通する。
『なっ、ぐはっ!?』
「
別に難しいことはない。
巨大な呪文を使う隙を利用したというだけだ。
『ぐはっ!?』
魔王が両手を垂らして詠唱を止め、口から血を吐き、ヨタヨタとする。
僕の推理通りでは、この攻撃は致命傷のはず。
『……ふふふ。早くも本体を見抜くなんて中々やるじゃん』
「ああ。影で移動するということは、そこに本体があって移動できる代物だし、直接、体に攻撃しても、ダメージが無いと言うことは、もしやと睨んでさ」
『……ご名答。でもジン君、それがワナだと知ったらどうするかい?』
「なに?」
エンドの傷口から、黒い煙のようなものが漏れ出す。
違う、これはただの煙じゃない。
魔王を這っていた影が少しずつ消え出して、体から
『秘技、
「……しまった!?」
『ふふふ。見事にワナにかかったよね』
僕は影から剣を引き抜こうとしたが、大地に深々と根を張った雑草のように、テコでも動かない。
でも普通、雑草なら、途中で根が切れて取れるはずなのだが……。
それにどこかしら体も重いし、違和感もある。
「う、動けない……」
体も指先も縄で縛ったように、ピクリとも動かないのだ。
『無駄だよ、どうあがいても無駄だよ。君の影は完全に我輩が乗っ取ったから』
「初めからこれが狙いか!!」
『いや、最初は君の実力を試していたんだけど、想像以上にちからをつけていてビックリしてね。ならば、我輩の最高の呪文で、確実に封じるしかないと思ってね』
抵抗しても動かない体にムチを打つ。
まあ、そのムチはなく、言葉だけで実際は例えに過ぎないけど……。
『ここで消しておかないと、いずれ我輩の世界征服の計画を邪魔する、驚異な存在になりかねないからね。だからこの世界から消えてよ。勇者ジン』
魔王の影が僕の体に絡みつき、次々と触れた部分を消失させる。
「くそ、僕としたことが……」
自分のちからの無さに絶望しそうになる。
そんな思惑の中、敵の影に飲まれながら悟った。
『じゃあ、勇者よ。さようなら』
エンドからの別れの声を聞き、再度認識する。
僕は魔王に負けたのだ……。