「はあ、お前、何を言っているんだ。勇者の剣なら、ミヨが持っているじゃないか?」
僕はミヨから一歩下がり、例の剣をコプトリンに見せつける。
無言のミヨがコプトリンに向ける、ギラリと鈍く光る勇者の剣。
ホラを吹くようなヤツなんて、この剣で一撃必殺だ。
『いや、本物の勇者の剣は真の勇者しか装備できないでし。騙されないでしよ』
「でもこれは女好きの剣になって……あれ?」
よく考えたら、女好きと剣の関係、勇者と関係なくないか?
「しかし、僕には剣が装備できない呪いがかけられていて……」
『そんな呪いがあったら苦労しないでし。誰から言われたでし?』
「誰かと言えば……」
記憶の片隅にある情報を引き出すために、軽く目をつむる。
脳は9割以上視覚に頼って行動するため、余計な情報を遮断する。
こうした方が考えが纏まりやすいからだ。
それから導き出された答えは……。
「ハガネ、あの呪われている話は嘘だったのか?」
僕は部屋の片隅に身を隠していたハガネに声をかける。
「ええ、そうよ。イブニングスターや、ミヨの装備しているマスタードソードが装備できないのも僧侶専用の武器だったゆえ。
あの店主は詐欺紛いの商売でお客さんを騙すのが手口で、このお城にクレームの相談が絶えず、頭を悩ましていた所でしたから」
ハガネが法衣を整えながら、僕に謝ってくる。
そうか、ミヨの持っている剣の正式名称はマスタードソードというのか。
色々と鼻にツーンときそうで
「だからこれ以上、あの店で余計な武具を買わないように、貴方には呪われていると忠告したのよ」
まさか、そんな裏事情があったとは。
「まあ、時がくれば、明かすつもりだったんだけど、剣のことを教えたら、何も考えずにこの大陸を離れるものだから、今まで中々言い出せなくて……ごめんなさい」
「じゃあ、アリエヘン村のよろず屋の店員も、僕の親父も偽物の勇者の剣と知り、嘘をついていたと?」
「いえ、それは恐らく、あの店主の仲間がその大陸にもいて、お金目的でその剣を輸送時にすり替えたのでしょう。赤茶けた剣を磨きあげ、新品同様の綺麗な剣にしたと嘘をついて……。
でもその結果、素人の手により、勇者の剣の噂が暴走して手に負えなくなり、誰も来ない洞窟に封印したというところでしょう。まあ、それも最近知り得た情報ですが……」
ハガネが申し訳なさそうに、頭を深々と下げる。
「まあ、いいさ。それなりの理由があったのならさ」
「ジンさん、怒らないの?」
「そんな下らない理由で怒っていたら、僕自身の身が持たないよ」
男性不信になりかけたハガネ相手に、やれやれと深く息を吐きながら、気を落ち着かせる。
「お姉ちゃん安心して。確かにジンはヘタレでエッチな部分もあるけど、それなりに筋が通っている人だから」
さらにミヨのありがたい前振りにより、僕の想いは救われた。
一部は余計だけど。
「ところでミヨはその剣を勇者の剣と信じこんでいたな」
「ええ、マスタードという呼び名も初耳です。でも自分はジンを信じていましたから」
彼女は僕のことをよく知っている。
それが恋愛感情ではないことも。
(あれ、何でガッカリしているんだろう……?)
僕は不思議な想いに捕らわれながらも、コプトリンに顔を付き合わせる。
「そんなわけで、ここには勇者の剣なんてないぞ」
するりと背中の剣を抜き、コプトリンの体を素早く切り裂く。
どうしてこのような動きができたのかは、僕にも分からない。
『そこにあるじゃないでしかー!?』
彼が身を倒しながら、その台詞を吐いた時、既に勝利は確定していた──。
****
「……えっ、このアホの剣が勇者の剣?」
『そうでし、首に着けた勇者のネックレスにも同じ文字が刻まれているはずでし』
仰向けになり、痛みに耐えながらも僕の言葉に耳を傾けるコプトリン。
僕は彼の指示通りに、ネックレスのブローチがはめられた部分をよく観察する。
そのブローチを勇者の剣のように天にかざすと『AHO』の文字が浮かび上がった。
「じゃあ、あの元勇者の剣に書いてあったパイナなんちゃらというセクハラ言葉も?」
『あれは暇をもて余した鍛冶屋が、ただの遊び心でつけたものでしな』
「ほっ。よ、良かったー」
未来永劫を語る勇者になって、装備品にそんなエロイ言葉の書かれた剣なんて紹介されたら、恥知らずもいいところだ。
ましてや、元勇者の親父や僕の好きなミヨが、そんな物を振り回すとか、セクハラもいいところだ。
「ジン、と言うことは?」
「そう、ミヨの装備している勇者の剣は偽物で、僕の持っている剣が本物の勇者の剣というわけさ」
「そんな錆びついたボロボロの剣がですか?」
「まあ、見た目は切れ味が悪そうで、叩いて斬る銅の剣っぽいからな」
ミヨの意見も分からなくもない。
この赤茶色の刃からして、僕も混乱していたからだ。
だけど先ほどコプトリンを斬って判明した。
剣を少し振るっただけで、あの大柄なコプトリンをダウンさせた驚異の攻撃力。
「勇者の剣ゆえにか……」
その剣の切れ味からして、ただものじゃないと感じていた。
「キモッ、何かジンさんの体ウネウネしてるわね……」
「お姉ちゃん、やっぱり先ほどの発言、言い改めていいでしょうか」
「いえ、言わなくても分かるわ。これが付き合っている彼氏の本性なんでしょ」
「だからそれは違いますー‼」
ミヨとハガネが気味悪がってる中、僕は未来の自分の姿に酔いしれながら、剣先をようやく立ち上がったコプトリンの方へ向ける。
「さあ、コプトリン。命が欲しかったら、新しく移った魔王城の場所を教えろ!」
『君、今の自分の立場、分かってるでしか?』
「そうだ。人間辞めて変態になったからな!」
『よく分からないヤツでしね』
「何の、でりゃあああー!」
『ザシュー!』
「斬った手応えあり!」
『ガアアアアー!?』
こちらへ猛ダッシュする時、肩口が斬られ、地に体を伏せそうになるが、何とか体制を取り戻すコプトリン。
『不意討ちとは卑怯でしよ!?』
「何の、お前らが今までやってきた仕打ちのうちでは安いものさ」
「……それに一撃じゃない。斬った箇所は今の攻撃を含めて合計7つだ」
『ガハハ。何を言ってるでし。また強がりでしね』
「さあ、魔王城の場所を教えろ」
『ガハハハ。その手には乗らないでし』
「そうか、じゃあ、さよならだな」
『さよならはお前の方でし!』
「ジンさん、危ない!!」
ドシドシと僕に近づき、棍棒を振りかざすコプトリンの攻撃に血相を変えたハガネが、こちらに向かって叫ぶ。
『でし?』
すると、僕の正面に回り込んだコプトリンの右腕が突然切れて地面に落ちる。
だが、それも気にせず、反対側の腕で殴り込みにかかる。
『でしでし!?』
続いて、その左腕が空中に舞い上がる。
『何のこれしきでし!』
しかし、痛みを物ともせずに、足への攻撃へと切り替えるが……元からこのモンスターは足がそんなに長くはない。
「でしし?」
コプトリンの足が同時に両断され、その場に体重をかけて倒れこむ。
『ガアアアアー!?』
そして、彼の胴体に刻み込まれる二つの猫が引っ掻いたような切り傷。
今、合計7ヶ所すべての攻撃がコプトリンに刻まれた。
『ガアアアア、やっぱり本物の剣じゃないでしか……』
圧倒的なちからの差で、床にぼろ切れのように転がるコプトリン。
本物の勇者の剣の前になすすべもない。
「コプトリン、じゃあ教えてもらおうか」
『ガハハ……誰が言うでしか。
魔王様に栄光をでし……、
ガブッ!!』
「なっ、お前!?」
コプトリンの閉じた口からおびただしい血が流れ、その場にひれ伏す。
どうやら舌を噛み切り、絶命したようだ。
「……結局、魔王城の場所は掴めなかったか」
「ジン、もしかしたら、ジンのお父さんなら、何か知っているかも知れませんよ」
「だけど魔王城は親父の知らない所に移転したって話だからな」
「ですが、何も情報がない
「そうだな。じゃあ、ケイタを叩き起こさないとな」
僕は人目に気づかれないよう、コプトリンの残骸を手早く部屋の隅へと隠すと、ミヨと一緒にケイタがいるであろう、寝室を目指した……。
****
「──ケイタ、白馬の王子様が迎えに来たぞ」
「ジン、ケイタ君はノーマルな男子ですから」
「おお、言い間違えた。
「もう、何で自分なのですか。まあいいですけどね♪」
『自分って可愛いアピール』を振りまく、自意識過剰でイタイ少女。
「なあ、ハガネ王女よ」
「なっ、お姉ちゃん設定なのですね……」
「だって彼女は王女だろ」
「もうジンなんて知りません!!」
ミヨがふてくされた顔でそっぽを向く。
自称王女だった彼女の想いは、おままごと遊びのように潰えた。
「しかし、ケイタはどこに行ったんだよ?」
「ジン、見てください!!」
寝室の白いベッドの枕、そこには一枚の真っ赤な手紙が添えられていた。
『──ケイタは預かったよ。
このアメリコーン大陸から海を挟んだ東にある、ロッシーア大陸にある新しい魔王城にて待つ。──ジイ・エンド』
封書の中の赤い字の内容に、驚きを隠せない僕ら。
まさか、向こうから誘ってくるとは。
王者の風格を感じさせる。
「だけど、ここからだと、ロッシーア大陸には行けないな」
「確かに船を使うには遠すぎて少々不便ですね。ではここはタクシーカーなんてどうですか?」
「タクシーカーか。まあ、お金もあるし、利便性を考えたらそうだよな」
いくら移動呪文が使えたとしても知らない場所には行けない。
ハガネ王女の問いかけで、僕とミヨはタクシーカーで移動することになった……。
****
この世界で運用されているタクシーカーも便利だ。
現実世界の地を動く車のタクシーとは違い、空を移動するからだ。
真っ赤なお鼻のトナガイのように、今日も自由に空を駆けめぐる姿。
クリスマスシーズンになれば、サンタの乗り物としても大活躍らしい。
しかも車と違い、余計な排気ガスも出ないし、石油も使わない。
そもそも石油自体が存在していなく、魔法のちからと飼育餌で燃料が成り立っている。
運送を主軸とした、これまた石油が要らないモグラックといい、この異世界はつくづくエコだなと思う。
「まあ、そのお陰で、こうして楽して移動できるからな」
「文明の利器というものですね」
「そうか、鹿が大活躍だけに鹿せんべいの
「ジン、
こうして僕らはグラサンをかけた小柄の男の運転手に行き先を伝えてから、タクシーカーの荷馬車に乗りこむ。
「では、レッツゴー!」
運転手のかけ声により、先頭の鹿が走り出し、夕暮れの草原が