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第21話 本物ではない代物

 時は過ぎ、暗がりから朝焼けが照らすメッキシスコーン城内にて……。


「こんな早朝から何の御用ですか?」


 ……ハガネ王女が窓際にかけた白のレースのカーテンに身を寄せて、震える手つきで僕を指さす。


「何、怖がってるんだよ?」

「貴方、モテないからって、直に来てハガネのハートを強引に射止めようとしているんでしょ!」

「それは誤解だ、何でそうなるんだよ!」


 着いた矢先に王女に会いに行ったらこれだ。

 まあ、ケイタの移動呪文ワープリンが失敗して、王室に着地したらそうなるよな。


 しかも場所は女の子らしいお洒落な寝室ときたものだ。

 身の危険を感じるのも分かる。


 小綺麗な部屋は全体ピンク色で、ピンクの花柄のパジャマに、可愛らしい子熊のぬいぐるみを抱いている彼女。

 ミヨに似ていて美少女だから、絵になってしょうがない。


「だからどうしてこんな所に来るんですか。冗談にもほどがありますよ!」

「ハガネお姉ちゃん、落ち着いて……」

「何よ、ミヨには分からないでしょ!」

「だから落ち着いて、ブラジャーが見えてる……」

「えっ……きゃあああ!?」


 ハガネが乱れたパジャマからはみ出た白い下着を、華奢きゃしゃな両腕で隠す。

 早起きは三文の得、朝からいいモノをいただきました。


「何、鼻血垂らして見てるのよ。この変態勇者!」

「やれやれ。どうしたものか……」


 それだけ魅力的なんだから、もっと誇ってもいいのに。


 女性という者は、一度本気で嫌いになった異性は好きにはならないからな。

 前回の好き好きアピール? で余計に嫌われたみたいだ。


「ジン、お姉ちゃん。今は喧嘩している場合じゃないでしょ」

「そうだぜ。兄ちゃん、鼻血くらい拭きなよ。それじゃあ犯罪者だぜ?」


「「お前ら、うっさいなー!!」」


 僕とハガネの意見がと一致する。


『ガコン!!』

「はぶっ!?」


 そして、ケイタの脳天にハガネが振り回していた竹ホウキがぶち当り、そのまま床へと倒れる紳士なケイタ。


「きゃあ、ケイタ君、大丈夫!?」


 レスキュー隊のような速さで、ミヨがすかさず彼を救出する。


「ふっ。ミヨちゃんの豊かで柔らかな胸の中でなら、尊く死ねる……ぐぶっ!!」

「ケイタ君!?」


 今、伝説のケイタの勇敢な物語は、ここで幕を下ろしたのだった……。


****


「……そういうことなのね」


 散々、ヒステリーを起こしていたハガネが落ち着きを取り戻し、手元にある紅茶の入った白いティーカップを指に添えて上品に飲む。


 僕らは魔王の手下を討伐したことを高く評価され、王女と一緒に大きな食堂での朝食に招かれていた。


 白く大きなテーブルクロスに置かれた様々なごちそうを前に、瀕死から蘇ったケイタなんか、箸を使うのも忘れて、手掴みでがっついている。

 まあ、食べ物はロールパンがおもだから問題ないけど……。


「しかし、そのための犠牲は多すぎたけどな」

「確かに兄ちゃんはボロボロだもんな」

「そうだな。死してしかばね拾うものなし」

「兄ちゃん、死んでいたら、この世界にいないぜ」

「おお、そうだったな」


 僕は一回死んで転生しているけどな……と言いかけて、口を閉じる。

 このことを仲間はともかく、魔王に知れたらヤバいと思ったからだ。


 この件はハガネには話した方がいいのか?


 じぃー。


「ジン、だからって、そんなぎらついた目で、お姉ちゃんを見ないでもらえますか……」

「おおぅ、僕に人権はないのか!?」


 いかん、いつの間にか狩人の瞳になっていたようだ。

 僕は首をブンブンと振り、余計な思考を飛ばす。


「さっきから、兄ちゃんは何がしたいのだろうか」

「ケイタ君、もしジンがお姉ちゃんに飛びかかったら全力で阻止して」

「ああ、任されたぜ」


 この二人は僕から距離を離し、何を物騒なことをヒソヒソと話しているのだろう。

 僕は冬眠明けの熊の設定か?


 だとしたら僕は人間を辞めたということか。

 失礼な、まだ僕の人生は終わってないぞ。


「それで魔王の居場所を突き止めたいから、ここに来たわけね」

「そうなの、お姉ちゃん、何か分かる?」


「分かるもなにも、昨日魔王が来ましたから」


「「えっ?」」


 僕とミヨの目が点になり、食事の手を止め、ハガネの言葉に釘付けになる。

 ケイタにいたっては喉に物を詰まらせたらしく、ガブガブとコップの水を飲み干す有り様だ。


「昨日、来たって、どういうことだ?」

「それはね、新居に引っ越したのはいいものの、一向に誰も城に来る気配がないから、暇すぎて遊びに来たって」


 どうやら新居にも、寮というものがなかったらしい。

 それに魔王の手下はすべて倒したから、遊び相手もいないのも当然だ。


「それで魔王は何か言っていたか?」

「ええ、勇者たちがどこで何をしているのか、大人しく教えなさいと……」


 ハガネが肩を細かく震わせながら、シワになったパジャマを胸元に寄せる。

 妹と一緒で胸はそれなりにあるな。

 いや、そうじゃない……。


「ハガネ王女、魔王に何かされなかったか?」

「ええ、口元に棒アイスをくわえて……ボードゲームを強引に」


「……はっ、何だって?」

「だから手を使わずに棒アイスを落とさないように食べながら、人生ゲームで遊んだのですが、落としたら、そこで敗けが確定でして……」


 例え、ゲームで大金持ちになっても、食べ物一つで運が逆転するのか。

 まるで賭けごとのような、凄い人生設定だな。


「それで負けましたは、魔王の言うことを一つだけ聞くという命令に従い……」


 彼女が熱い話題になったせいか、法衣の上着の襟を少しだけはだけさせる。


「まさか言うことを聞いてしまったのか!?」

「ええ……」

「くそう、こんな可愛い美少女相手に……」

「何か顔が怖いんですけど?」

「怖い顔は生まれつきだ!!」


 僕は荒い呼吸を整えながら、冷静に状況を纏める。

 ハガネ王女が可愛らしいエプロンを着け、幼い顔の魔王の手により、あんなことやこんなことなどをされて……。


『──旦那様、今日はオムライスにしますか、それともシチューにしますか?』


「ぶぶっ!!」


 僕はその場で興奮を抑えきれずに、鼻血を吹いた。


「きゃっ、ジン、どうしたのですか!?」

「清楚なハガネ王女があられもない姿に……」


 僕の妄想に汚染された脳みそは沸騰し、爆発マグマの勢いは止まらない。


「……あの、何か勘違いしてません?」


「……ハガネは、魔王から勇者の居場所を教えろと聞かれまして」


 何だ、彼女のメイドの貞操は守られたのか。

 そうか、それは良かった。

 婚約まで純粋なメイド心を守りきり、お父さんは嬉しいぞ。


「……って、それはともかく、今、何て言った?」

「ですからを教えろと」

「何だって? ということは……」


 そう、あの洞窟に突然、魔王が訪れた理由……すべての現況の種はここからだったのだ……。


「お前なあ、そのお陰で酷い目にあったんだぞ!

もうお前の純潔は僕がもらう!」

「きゃあああ!?」


 僕が王女に向かって飛びかかろうとした時に、炎の渦が僕の体に覆い被さる。


「あぎゃあああ!?」


 体中が焼けるように熱い。

 ケイタの攻撃呪文か!?


「よし、でかしたケイタ君」

「尻尾の先までこんがり焼いたぜ」

「うんうん、お利口さん。でも人間に尻尾はついてないよ」

「あはは、そうだったぜ」


 ケイタの何も知らぬ発言を耳にしながらも、僕の意識は遠のいていった……。


****


「あっ、ジン。取りあえず落ち着きましたか?」

「僕は今まで一体……あちちち……」

「ごめんなさい。少しばかりやり過ぎたみたいです」


 ミヨが申し訳なさそうに頭を下げる。

 彼女にひざまくらされていて、その唇が眼前に迫る。


「ミヨ、顔が、ち、近いって!?」

「あっ、すみません」


 何となくガッカリしているように感じ取られ、落胆したようにも見える表情だ。


「ミヨ、お腹でも痛いのか?」

「違います。もう、何でもありませーん、べー!!」


 ひざまくらを退けて、可愛らしく舌を出してアッカンベーをするミヨ。

 どうやら怒っていることは確かのようだ。

 何に関してかは不明だけど……。


「しかし、いくらなんでも味方を攻撃するのはヤバいだろ、ケイタ?」

「あはは、ごめん」 


 僕たちから離れた場所にいる、ケイタが頑なに笑う。


「何がおかしいんだよ、下手してたら焼け死んでたぞ?」

「やっぱり、そう簡単には死なないか」

「はあ、お前、寝ぼけてるのかよ?」

「寝ぼけてるのはそっちだろ?」


 ケイタが『ガハハ!』と豪快に笑う。

 その途端にケイタの姿が煙に隠れて、黒い影だけになる。


 黒い影は左右に広がりながら、奇怪な動きを始める。

 初めから、それは人ではなかったかのように。


『ガハハハハ……!』


 ケイタの姿から化け物染みた怪物となったそれが、大きく飛び出た腹を抱えながら、この大地に降り立つ。

 その体格は雑魚ゴブリンのコブトンそのものであり、魔王の配下にいた以前の彼にそっくりだった。


「そうか、変身魔法ダマシか。と言うことはお前はあのコブトリンなのか?」

『そう、本物のケイタは王室の寝室でぐっすり眠ってるでしよ』


 それでさっきの食事中は、箸を使わなかったのか。

 その手前から、本物のケイタと入れ替わっていたんだな。 


 パンを喉に詰まらせたのも、単なる変身を恐れた動揺だろう。


『でも一つだけ訂正ポイントがありますでしね。ボクはコブトリン兄貴の弟のコプトリンなところでし』

「ププッ、その名前としゃべり方は笑えるな」

『失礼でしね、しゃべり方は関係ないでし』


「いえ、そんなことよりケイタ君をどこにやったのですか。答えなさい!」

『だから寝室だって、さっき言ったでしー!』


 僕の手前にミヨが飛び出して、意見をぶつける。


 ああ、僕はもう知らないぞ。

 命をかけても恋する乙女を怒らせてしまったな。


「さあ、コプトリンとやら、この状況にどうやって対応するかい?」

『状況も何も君たちはもう終わってるでし』

「はあ、意味が分からないぞ?」


 いくら能力が優れていても、しょせんは一匹。

 こっちは二人がかりで、追い詰められているのはそっちなのに、コイツは何を言っているんだ?


「どうやらよほど、僕たちにボコボコにされたいらしいな」

『ちっちっち、君たちはとんだあまちゃんでし』


 コプトリンがひとさし指を左右に振りながら、僕に挑発をしてきた。


「そんな誘いには乗らないぞ」

『それはどうかなでし』


 コプトリンがこしみのから取り出した水晶が光出し、ある映像を映し出す。


「サクラ、それにヨーコ王女!?」


 映像からの二人の姉妹は、暗くて狭い有刺鉄線に囲まれた檻に閉じ込められていた。

 二人の体は痩せ細り、顔色も生気がない。


『もう魔王城に監禁して、丸二日になるでしが、一向に口を割らないので困ってるでしよ』

「魔王城だと!?」


 そうか、戦闘になっても、サクラの反応がなかったのは、ここにいたせいか。

 恐らく能力や呪文を使えないように、無効化する檻なのだろう。


 前回の同人誌薄い本漁りのサクラが捕まった時の檻と同じ形状だったからだ。


『さあ、どうするでし。時と場合によっては、あの二人を処分してもいいんでしよ』

「卑怯だぞ、コプトリン」

『腕利きな二人で取り囲んで、その答えはないでしよ。さあ白状するでし……』


 やたらと大柄なコプトリンが鼻息を荒くして、僕の間近に迫る。


『……本物の勇者の剣のありかを教えろでし!』

「「えっ?」」


 コプトリンから問いつめられても僕らは、その言葉の真意が分からなかった……。



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