時は過ぎ、暗がりから朝焼けが照らすメッキシスコーン城内にて……。
「こんな早朝から何の御用ですか?」
……ハガネ王女が窓際にかけた白のレースのカーテンに身を寄せて、震える手つきで僕を指さす。
「何、怖がってるんだよ?」
「貴方、モテないからって、直に来てハガネのハートを強引に射止めようとしているんでしょ!」
「それは誤解だ、何でそうなるんだよ!」
着いた矢先に王女に会いに行ったらこれだ。
まあ、ケイタの
しかも場所は女の子らしいお洒落な寝室ときたものだ。
身の危険を感じるのも分かる。
小綺麗な部屋は全体ピンク色で、ピンクの花柄のパジャマに、可愛らしい子熊のぬいぐるみを抱いている彼女。
ミヨに似ていて美少女だから、絵になってしょうがない。
「だからどうしてこんな所に来るんですか。冗談にもほどがありますよ!」
「ハガネお姉ちゃん、落ち着いて……」
「何よ、ミヨには分からないでしょ!」
「だから落ち着いて、ブラジャーが見えてる……」
「えっ……きゃあああ!?」
ハガネが乱れたパジャマからはみ出た白い下着を、
早起きは三文の得、朝からいいモノをいただきました。
「何、鼻血垂らして見てるのよ。この変態勇者!」
「やれやれ。どうしたものか……」
それだけ魅力的なんだから、もっと誇ってもいいのに。
女性という者は、一度本気で嫌いになった異性は好きにはならないからな。
前回の好き好きアピール? で余計に嫌われたみたいだ。
「ジン、お姉ちゃん。今は喧嘩している場合じゃないでしょ」
「そうだぜ。兄ちゃん、鼻血くらい拭きなよ。それじゃあ犯罪者だぜ?」
「「お前ら、うっさいなー!!」」
僕とハガネの意見が
『ガコン!!』
「はぶっ!?」
そして、ケイタの脳天にハガネが振り回していた竹ホウキがぶち当り、そのまま床へと倒れる紳士なケイタ。
「きゃあ、ケイタ君、大丈夫!?」
レスキュー隊のような速さで、ミヨがすかさず彼を救出する。
「ふっ。ミヨちゃんの豊かで柔らかな胸の中でなら、尊く死ねる……ぐぶっ!!」
「ケイタ君!?」
今、伝説のケイタの勇敢な物語は、ここで幕を下ろしたのだった……。
****
「……そういうことなのね」
散々、ヒステリーを起こしていたハガネが落ち着きを取り戻し、手元にある紅茶の入った白いティーカップを指に添えて上品に飲む。
僕らは魔王の手下を討伐したことを高く評価され、王女と一緒に大きな食堂での朝食に招かれていた。
白く大きなテーブルクロスに置かれた様々なごちそうを前に、瀕死から蘇ったケイタなんか、箸を使うのも忘れて、手掴みでがっついている。
まあ、食べ物はロールパンが
「しかし、そのための犠牲は多すぎたけどな」
「確かに兄ちゃんはボロボロだもんな」
「そうだな。死して
「兄ちゃん、死んでいたら、この世界にいないぜ」
「おお、そうだったな」
僕は一回死んで転生しているけどな……と言いかけて、口を閉じる。
このことを仲間はともかく、魔王に知れたらヤバいと思ったからだ。
この件はハガネには話した方がいいのか?
じぃー。
「ジン、だからって、そんなぎらついた目で、お姉ちゃんを見ないでもらえますか……」
「おおぅ、僕に人権はないのか!?」
いかん、いつの間にか狩人の瞳になっていたようだ。
僕は首をブンブンと振り、余計な思考を飛ばす。
「さっきから、兄ちゃんは何がしたいのだろうか」
「ケイタ君、もしジンがお姉ちゃんに飛びかかったら全力で阻止して」
「ああ、任されたぜ」
この二人は僕から距離を離し、何を物騒なことをヒソヒソと話しているのだろう。
僕は冬眠明けの熊の設定か?
だとしたら僕は人間を辞めたということか。
失礼な、まだ僕の人生は終わってないぞ。
「それで魔王の居場所を突き止めたいから、ここに来たわけね」
「そうなの、お姉ちゃん、何か分かる?」
「分かるもなにも、昨日
「「えっ?」」
僕とミヨの目が点になり、食事の手を止め、ハガネの言葉に釘付けになる。
ケイタにいたっては喉に物を詰まらせたらしく、ガブガブとコップの水を飲み干す有り様だ。
「昨日、来たって、どういうことだ?」
「それはね、新居に引っ越したのはいいものの、一向に誰も城に来る気配がないから、暇すぎて遊びに来たって」
どうやら新居にも、寮というものがなかったらしい。
それに魔王の手下はすべて倒したから、遊び相手もいないのも当然だ。
「それで魔王は何か言っていたか?」
「ええ、勇者たちがどこで何をしているのか、大人しく教えなさいと……」
ハガネが肩を細かく震わせながら、シワになったパジャマを胸元に寄せる。
妹と一緒で胸はそれなりにあるな。
いや、そうじゃない……。
「ハガネ王女、魔王に何かされなかったか?」
「ええ、口元に棒アイスをくわえて……ボードゲームを強引に」
「……はっ、何だって?」
「だから手を使わずに棒アイスを落とさないように食べながら、人生ゲームで遊んだのですが、落としたら、そこで敗けが確定でして……」
例え、ゲームで大金持ちになっても、食べ物一つで運が逆転するのか。
まるで賭けごとのような、凄い人生設定だな。
「それで負けました
彼女が熱い話題になったせいか、法衣の上着の襟を少しだけはだけさせる。
「まさか言うことを聞いてしまったのか!?」
「ええ……」
「くそう、こんな可愛い美少女相手に……」
「何か顔が怖いんですけど?」
「怖い顔は生まれつきだ!!」
僕は荒い呼吸を整えながら、冷静に状況を纏める。
ハガネ王女が可愛らしいエプロンを着け、幼い顔の魔王の手により、あんなことやこんなことなどをされて……。
『──旦那様、今日はオムライスにしますか、それともシチューにしますか?』
「ぶぶっ!!」
僕はその場で興奮を抑えきれずに、鼻血を吹いた。
「きゃっ、ジン、どうしたのですか!?」
「清楚なハガネ王女があられもない姿に……」
僕の妄想に汚染された脳みそは沸騰し、
「……あの、何か勘違いしてません?」
「……ハガネは、魔王から勇者の居場所を教えろと聞かれまして」
何だ、彼女のメイドの貞操は守られたのか。
そうか、それは良かった。
婚約まで純粋なメイド心を守りきり、お父さんは嬉しいぞ。
「……って、それはともかく、今、何て言った?」
「ですから
「何だって? ということは……」
そう、あの洞窟に突然、魔王が訪れた理由……すべての現況の種はここからだったのだ……。
「お前なあ、そのお陰で酷い目にあったんだぞ!
もうお前の純潔は僕がもらう!」
「きゃあああ!?」
僕が王女に向かって飛びかかろうとした時に、炎の渦が僕の体に覆い被さる。
「あぎゃあああ!?」
体中が焼けるように熱い。
ケイタの攻撃呪文か!?
「よし、でかしたケイタ君」
「尻尾の先までこんがり焼いたぜ」
「うんうん、お利口さん。でも人間に尻尾はついてないよ」
「あはは、そうだったぜ」
ケイタの何も知らぬ発言を耳にしながらも、僕の意識は遠のいていった……。
****
「あっ、ジン。取りあえず落ち着きましたか?」
「僕は今まで一体……あちちち……」
「ごめんなさい。少しばかりやり過ぎたみたいです」
ミヨが申し訳なさそうに頭を下げる。
彼女にひざまくらされていて、その唇が眼前に迫る。
「ミヨ、顔が、ち、近いって!?」
「あっ、すみません」
何となくガッカリしているように感じ取られ、落胆したようにも見える表情だ。
「ミヨ、お腹でも痛いのか?」
「違います。もう、何でもありませーん、べー!!」
ひざまくらを退けて、可愛らしく舌を出してアッカンベーをするミヨ。
どうやら怒っていることは確かのようだ。
何に関してかは不明だけど……。
「しかし、いくらなんでも味方を攻撃するのはヤバいだろ、ケイタ?」
「あはは、ごめん」
僕たちから離れた場所にいる、ケイタが頑なに笑う。
「何がおかしいんだよ、下手してたら焼け死んでたぞ?」
「やっぱり、そう簡単には死なないか」
「はあ、お前、寝ぼけてるのかよ?」
「寝ぼけてるのはそっちだろ?」
ケイタが『ガハハ!』と豪快に笑う。
その途端にケイタの姿が煙に隠れて、黒い影だけになる。
黒い影は左右に広がりながら、奇怪な動きを始める。
初めから、それは人ではなかったかのように。
『ガハハハハ……!』
ケイタの姿から化け物染みた怪物となったそれが、大きく飛び出た腹を抱えながら、この大地に降り立つ。
その体格は雑魚ゴブリンのコブトンそのものであり、魔王の配下にいた以前の彼にそっくりだった。
「そうか、
『そう、本物のケイタは王室の寝室でぐっすり眠ってるでしよ』
それでさっきの食事中は、箸を使わなかったのか。
その手前から、本物のケイタと入れ替わっていたんだな。
パンを喉に詰まらせたのも、単なる変身を恐れた動揺だろう。
『でも一つだけ訂正ポイントがありますでしね。ボクはコブトリン兄貴の弟のコプトリンなところでし』
「ププッ、その名前としゃべり方は笑えるな」
『失礼でしね、しゃべり方は関係ないでし』
「いえ、そんなことよりケイタ君をどこにやったのですか。答えなさい!」
『だから寝室だって、さっき言ったでしー!』
僕の手前にミヨが飛び出して、意見をぶつける。
ああ、僕はもう知らないぞ。
命をかけても恋する乙女を怒らせてしまったな。
「さあ、コプトリンとやら、この状況にどうやって対応するかい?」
『状況も何も君たちはもう終わってるでし』
「はあ、意味が分からないぞ?」
いくら能力が優れていても、しょせんは一匹。
こっちは二人がかりで、追い詰められているのはそっちなのに、コイツは何を言っているんだ?
「どうやらよほど、僕たちにボコボコにされたいらしいな」
『ちっちっち、君たちはとんだ
コプトリンがひとさし指を左右に振りながら、僕に挑発をしてきた。
「そんな誘いには乗らないぞ」
『それはどうかなでし』
コプトリンがこしみのから取り出した水晶が光出し、ある映像を映し出す。
「サクラ、それにヨーコ王女!?」
映像からの二人の姉妹は、暗くて狭い有刺鉄線に囲まれた檻に閉じ込められていた。
二人の体は痩せ細り、顔色も生気がない。
『もう魔王城に監禁して、丸二日になるでしが、一向に口を割らないので困ってるでしよ』
「魔王城だと!?」
そうか、戦闘になっても、サクラの反応がなかったのは、ここにいたせいか。
恐らく能力や呪文を使えないように、無効化する檻なのだろう。
前回の
『さあ、どうするでし。時と場合によっては、あの二人を処分してもいいんでしよ』
「卑怯だぞ、コプトリン」
『腕利きな二人で取り囲んで、その答えはないでしよ。さあ白状するでし……』
やたらと大柄なコプトリンが鼻息を荒くして、僕の間近に迫る。
『……本物の勇者の剣のありかを教えろでし!』
「「えっ?」」
コプトリンから問いつめられても僕らは、その言葉の真意が分からなかった……。