『さて、ジン君とやら。彼女に秘めていた
『ギュイーン!』と機械の起動音を立てて、地上最強の男児が目の前に現れる。
その子供はこの世界の支配をたくらむ魔王、ジイ・エンドだった。
『魔王様、あっしはまだ負けていません』
『いや、君はもう用済みだよ』
『そんな、あっしはまだ戦えます』
『君も随分としつこいなあ。
フワリ!』
ジイ・エンドが右手を宙に振ると、つむじ風がゲーム・オバの頭に当たり、まぶたを押さえる。
『ぎゃあああー!?』
『最強の闇魔法使いの異名と能力を与えたにも関わらず、こんなちんけな輩も倒せないとは。命をとらないだけでもありがたく思ってよね』
そのまぶたから、おびただしい血が流れ続ける。
どうやら魔王の
「おい、女の子に対して、何てことするんだよ!!」
『あはは、こんな老いぼれの女に向かってそれかい。ガチであきれるよ』
「失礼だな。女性は何年経っても少女のような存在だぞ。しかも女の顔は命なのに」
「そうですよ、ジンの言う通りです。キュンキュンパワー!」
ミヨがゲーム・オバに近寄り、彼女のまぶたに手をかざし、
『ははは、今は綺麗ごとを言ってる場合じゃないだろう』
「本当、人として最低だな」
『まあね。我輩は魔王だし、使えない部下は魔王には必要ないさ』
「その言葉、そっくりそちらに返してやる」
僕の頭上から、無数の光の刃が飛び出す。
『フフフ、いきなり
「黙れ。食らえ、レーザー100!」
両手をだらんと垂らし、ボケーと突っ立っているジイ・エンドの体に無数の光る刃が叩きこまれる。
しかし、彼は痛みを一言も声に出さず、体にも傷一つついていない。
「おい、まさか?」
『そのまさかだよ。
僕の横からジイ・エンドがケタケタと笑いながら、人だった物から変化した粉々になった支柱を見せる。
数秒後、しばらくして、ガタガタと大きな音を鳴らす洞窟。
「おい、何をしたんだ!?」
『なーに、ちょっとばかり、ここの洞窟の軸を崩そうとしただけだよ。ここには厄介な剣もあるらしいからね』
「何だって!?」
『さあ、モタモタしていたら、洞窟もろとも潰されちゃうよ』
ジイ・エンドの姿が砂のように消えて、僕は現状を理解する。
初めからゲーム・オバと一緒に罠にかけるつもりだったんだ。
「ジン、どうしますか?」
「兄ちゃん、この揺れはやべーぞ!?」
「どうもこうも
「確かにそれが一番の手ですよね」
ミヨが回復の手を止めて、ゲーム・オバに何かを呟いている。
するとゲーム・オバは悟ったかのように手探りで、上空に闇の呪文で穴を開け、ミヨに体をそっと寄せた。
「ケイタ君、準備はできたよ。呪文を唱えて」
「ああ、みんなオラの近くに寄ってくれ」
みんなして、ケイタの元へと集まる。
「いくぜ、ワープリン!」
僕らは光の玉となり、頭上へと飛んでいく。
『ゴツンー!!』
「うわっ!?」
しかし、僕らは見えない壁にぶつかり、勢いあまって地面へと落下した。
「……どういうことだよ?」
『あはは。無様だね。我輩の相殺のちからを前にして、そんなちゃちな魔法で逃げられたら苦労しないよ。
さあ、どうするかい。絶体絶命のピンチだよね』
洞窟の天井から、ジイ・エンドの声が響く。
そうか、先に逃げたのは障壁のバリアの呪文を張って、僕たちをここで足止めしたかったのか。
その間にもガラガラと音を立てて崩れていく洞窟。
この調子だと数分ももたないだろう。
みんな揃って生き埋めになり、次の日の朝刊で大きく報道される。
まあ、この異世界には新聞という情報媒体はないみたいだけど。
「そんなことより、どうしたらいいんだよ!」
「何だよ、オラに怒鳴ることないじゃんか」
「何でもできる魔法使いなんだろ。どこからでも脱出できる呪文とかないのか?」
「兄ちゃん、
「くっ、こんな時に僕が移動呪文を使えたら!」
僕はその場でひざをおり、冷たい地面にこぶしをぶつけた。
「くっ……」
こぶしから流れる赤い証、これが生きているという痛みか。
だけど、この命はもうすぐ消えてしまう。
「ジン、ごめんなさい。元はと言えば自分がハガネお姉ちゃんと相談したから……」
「いや、ミヨは悪くないさ。悪いのは今までろくにレベルも上げずに、遊び呆けていた僕が一番悪いんだからさ」
「ジン……」
「まっ、最初の最後で、ようやく勇者らしい台詞が言えたから良しとするよ」
「兄ちゃん。ありがとう。オラ、兄ちゃんのこと、今回も誤解していたぜ」
「そうか。そんなに僕は駄目なヤツか?」
「いいや、その言葉からして、いかにも兄ちゃんらしいぜ」
「ありがとう。みんな死ぬときは一緒だ。さあ、逝こう!」
魔王は倒し損ねたけど、この異世界の歴史は刻めた。
物語は語り継がれ、いずれ新しい勇者が魔王の計画を阻止するはずだ。
僕らの冒険は無駄ではなかったと……。
『ドカーン!!』
頭の上から、巨大な岩の固まりが落ちてくる。
僕はキツく目を閉じて、その恐怖に耐える。
そう、何度も死んできたんだ。
今さら死ぬのは怖くない。
痛いのは一瞬だけだから……。
『ドカーン!!』
何かがおかしい……。
さっきからじっと待っているのに、一向に死が訪れる気配がない。
頬には小石が落ちてくる感触しかしないのだ……。
もしや……。
僕は気になって、閉ざしていた視界を広げてみた。
──そこでは信じられないことが起きていた。
「なっ、一体、何をしてるんだよ!?」
『フフフ……無事かいの?』
ゲーム・オバが、その体ごと岩石を防いでいたからだ。
彼女が呪文をモゴモゴと呟き、頭上の大きな岩が細かく砕けていく。
僕はそのつぶてに当たっていたのだ。
『さあ、あっしの元に集まるんじゃ。ここから脱出するよ』
「えっ、あのブットビプリンの呪文が使えるのか?」
『まあ、それくらいお茶の子さいさいじゃよ。似たような呪文ならば』
「そうか。みんな!」
ゲーム・オバの周りに仲間たちを集めて、彼女の紡いだ透明な光の球体に飲み込まれる。
しかし、その中には若干一名足りない。
発動者の本人だけは玉の外にいたからだ。
そんな外野の彼女が治癒されたまぶたをくわっと見開き、空中に浮かぶ僕らに笑いかける。
『昔から恋仲で付き合ってきたじいやに愛想を尽かされてしもうた。捨てられたあっしは、もう駄目な女なんじゃよ』
「だから、何をしているんだよ!?」
『勇者としての真の勇姿、見せてもろうたよ。ありがとじゃ』
「ババー!」
『失礼なヤツじゃな。オバだって言ってるじゃろ』
「ババー!?」
『キキキ。ジンとやら、その呼び方、わざとじゃな。まあいいかの。
それじゃあの……』
『ブットンデプリン!』
僕らを運ぶ玉は上空へと舞い上がり、雪の止んだ雪原の地上へと顔を出す。
その途端に雪の重みで崩れ去る洞窟。
オバの犠牲により、辛うじて迷宮から抜け出せたのだ。
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「……何でだよ、他にマシな方法があっただろ……」
「ジン、彼女の行為を無駄にしないで下さい」
「だけどさ、何でオバだけが犠牲にならないといけないんだよ」
瓦礫の山に足を下ろした僕がやった最初の行動は、
「いや、兄ちゃん。それなりの理由があったみたいだぜ」
ケイタが足元に刺さっていた物体を引き抜く。
それは西洋の剣のような形をしていた、真っ黒な鞘だった。
「兄ちゃん、これが例の剣じゃないかな?」
ケイタから無言でそれを受け取り、鞘から抜いた銅色の刃を晴れ晴れとした日の光に当てると、『AHO』と刻まれている。
「確かに普通に装備できるけど。どうして僕らの足元に?」
「兄ちゃん……気を悪くしないでくれよ?」
「何でだよ」
ケイタが握っていたこぶしを僕の前で開く。
黒い指輪をはめた、片割れの一本の指先を……。
その血が付いてしわがれた指は、ついさっきまでオバの指だった物だ。
僕は耐えきれなくなり、吐き気に襲われる。
すかさず、ミヨが背中をさすってくれた。
「ジン、大丈夫ですか?」
「ちょいと、兄ちゃんには刺激が強すぎたか」
おい、何てグロい物を見せるんだ。
ちょっとどころじゃ済まないぞ……。
「……と言うことはオバは、この剣を護るために我が身を犠牲にしたと?」
「そう言うことだぜ。移動呪文には人数制限もあるから、自分の体と引きかえに、この剣をワープさせたんだろうぜ」
「命と引きかえにか……」
ありがとう。
あなたの行為は決して無駄にしない。
「それでジン、その剣なら使えそうですか?」
「うん、手元に吸い付くようにしっかりとした握り心地でいい感じだよ。刀身に刻まれたAHOという単語がちょっと引っかかるけどな」
「それはひょっとしてアホの意味でしょうか?」
僕は改めて、錆び付いた色のような剣を日射しに向ける。
「ふーん。どんな相手でも装備できるからアホなのか。だから『アホの剣』か。
まあ、分からないでもないけど」
僕は剣を構えて、上段、下段へとお得意なチャンバラの真似ごとをしてみる。
剣自体もそんなに重くなく、振り回しても剣に引っ張られる癖もない。
錆びたような剣先だから、多少はカッコ悪い武器だけど……。
「まあ、これこそが僕の求めていた剣だったんだな」
数回素振りをして、しっくりと体に馴染んだのを確認して、鞘に収める。
「さて、魔王の配下も全員倒して、残るは魔王のみとなったけど……肝心の魔王城が分からないとなればなあ」
「確かに場所がばれたから、移転したと聞きました」
「どうにかして、見つける方法はないものか……」
「兄ちゃん、いったんメッキシスコーン城に戻らないか。ここはハガネ姫から情報を集める方が先だぜ」
「なるほど。ハガネお姉ちゃんの知識を借りるのですね」
「よし、そうとなったら行くぞ。ケイタ」
「ああ、それじゃあ行くぜ!」
僕らはワープリンの呪文により、すい星のような速さでナモナキ島を後にしたのだった。