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第20話 何かを犠牲にして得た剣

『さて、ジン君とやら。彼女に秘めていたこくのちからの威力はいかがだったかな』


『ギュイーン!』と機械の起動音を立てて、地上最強の男児が目の前に現れる。

 その子供はこの世界の支配をたくらむ魔王、ジイ・エンドだった。


『魔王様、あっしはまだ負けていません』

『いや、君はもう用済みだよ』

『そんな、あっしはまだ戦えます』

『君も随分としつこいなあ。

フワリ!』


 ジイ・エンドが右手を宙に振ると、つむじ風がゲーム・オバの頭に当たり、まぶたを押さえる。


『ぎゃあああー!?』

『最強の闇魔法使いの異名と能力を与えたにも関わらず、こんなちんけな輩も倒せないとは。命をとらないだけでもありがたく思ってよね』


 そのまぶたから、おびただしい血が流れ続ける。

 どうやら魔王のフワリの呪文で、両目をやられたらしい。


「おい、女の子に対して、何てことするんだよ!!」

『あはは、こんな老いぼれの女に向かってそれかい。ガチであきれるよ』

「失礼だな。女性は何年経っても少女のような存在だぞ。しかも女の顔は命なのに」


「そうですよ、ジンの言う通りです。キュンキュンパワー!」


 ミヨがゲーム・オバに近寄り、彼女のまぶたに手をかざし、回復呪文キュンを唱える。


『ははは、今は綺麗ごとを言ってる場合じゃないだろう』

「本当、人として最低だな」

『まあね。我輩は魔王だし、使えない部下は魔王には必要ないさ』

「その言葉、そっくりそちらに返してやる」


 僕の頭上から、無数の光の刃が飛び出す。


『フフフ、いきなりレーザー魔法かい。まあ、武器がないとなると、我輩にはそれしか効く攻撃がないよね』

「黙れ。食らえ、レーザー100!」


 両手をだらんと垂らし、ボケーと突っ立っているジイ・エンドの体に無数の光る刃が叩きこまれる。


 しかし、彼は痛みを一言も声に出さず、体にも傷一つついていない。


「おい、まさか?」

『そのまさかだよ。変身ダマシの呪文さ』


 僕の横からジイ・エンドがケタケタと笑いながら、人だった物から変化した粉々になった支柱を見せる。


 数秒後、しばらくして、ガタガタと大きな音を鳴らす洞窟。


「おい、何をしたんだ!?」

『なーに、ちょっとばかり、ここの洞窟の軸を崩そうとしただけだよ。ここには厄介な剣もあるらしいからね』

「何だって!?」

『さあ、モタモタしていたら、洞窟もろとも潰されちゃうよ』


 ジイ・エンドの姿が砂のように消えて、僕は現状を理解する。

 初めからゲーム・オバと一緒に罠にかけるつもりだったんだ。


「ジン、どうしますか?」

「兄ちゃん、この揺れはやべーぞ!?」

「どうもこうも移動呪文ワープリンで逃げるしかないだろ」


「確かにそれが一番の手ですよね」


 ミヨが回復の手を止めて、ゲーム・オバに何かを呟いている。

 するとゲーム・オバは悟ったかのように手探りで、上空に闇の呪文で穴を開け、ミヨに体をそっと寄せた。


「ケイタ君、準備はできたよ。呪文を唱えて」

「ああ、みんなオラの近くに寄ってくれ」


 みんなして、ケイタの元へと集まる。


「いくぜ、ワープリン!」


 僕らは光の玉となり、頭上へと飛んでいく。


『ゴツンー!!』


「うわっ!?」


 しかし、僕らは見えない壁にぶつかり、勢いあまって地面へと落下した。


「……どういうことだよ?」

『あはは。無様だね。我輩の相殺のちからを前にして、そんなちゃちな魔法で逃げられたら苦労しないよ。

さあ、どうするかい。絶体絶命のピンチだよね』


 洞窟の天井から、ジイ・エンドの声が響く。


 そうか、先に逃げたのは障壁のバリアの呪文を張って、僕たちをここで足止めしたかったのか。


 その間にもガラガラと音を立てて崩れていく洞窟。


 この調子だと数分ももたないだろう。

 みんな揃って生き埋めになり、次の日の朝刊で大きく報道される。


 まあ、この異世界には新聞という情報媒体はないみたいだけど。


「そんなことより、どうしたらいいんだよ!」

「何だよ、オラに怒鳴ることないじゃんか」

「何でもできる魔法使いなんだろ。どこからでも脱出できる呪文とかないのか?」

「兄ちゃん、上級移動呪文ブットビプリンは、そう簡単に習得できる呪文じゃないぜ」

「くっ、こんな時に僕が移動呪文を使えたら!」


 僕はその場でひざをおり、冷たい地面にこぶしをぶつけた。


「くっ……」


 こぶしから流れる赤い証、これが生きているという痛みか。

 だけど、この命はもうすぐ消えてしまう。


「ジン、ごめんなさい。元はと言えば自分がハガネお姉ちゃんと相談したから……」

「いや、ミヨは悪くないさ。悪いのは今までろくにレベルも上げずに、遊び呆けていた僕が一番悪いんだからさ」

「ジン……」

「まっ、最初の最後で、ようやく勇者らしい台詞が言えたから良しとするよ」


「兄ちゃん。ありがとう。オラ、兄ちゃんのこと、今回も誤解していたぜ」

「そうか。そんなに僕は駄目なヤツか?」

「いいや、その言葉からして、いかにも兄ちゃんらしいぜ」


「ありがとう。みんな死ぬときは一緒だ。さあ、逝こう!」


 魔王は倒し損ねたけど、この異世界の歴史は刻めた。

 物語は語り継がれ、いずれ新しい勇者が魔王の計画を阻止するはずだ。


 僕らの冒険は無駄ではなかったと……。


『ドカーン!!』


 頭の上から、巨大な岩の固まりが落ちてくる。

 僕はキツく目を閉じて、その恐怖に耐える。


 そう、何度も死んできたんだ。

 今さら死ぬのは怖くない。

 痛いのは一瞬だけだから……。


『ドカーン!!』


 何かがおかしい……。

 さっきからじっと待っているのに、一向に死が訪れる気配がない。

 頬には小石が落ちてくる感触しかしないのだ……。


 もしや……。


 僕は気になって、閉ざしていた視界を広げてみた。


 ──そこでは信じられないことが起きていた。


「なっ、一体、何をしてるんだよ!?」


『フフフ……無事かいの?』


 ゲーム・オバが、その体ごと岩石を防いでいたからだ。


 彼女が呪文をモゴモゴと呟き、頭上の大きな岩が細かく砕けていく。

 僕はそのつぶてに当たっていたのだ。


『さあ、あっしの元に集まるんじゃ。ここから脱出するよ』

「えっ、あのブットビプリンの呪文が使えるのか?」

『まあ、それくらいお茶の子さいさいじゃよ。似たような呪文ならば』

「そうか。みんな!」


 ゲーム・オバの周りに仲間たちを集めて、彼女の紡いだ透明な光の球体に飲み込まれる。


 しかし、その中には若干一名足りない。

 発動者の本人だけは玉の外にいたからだ。


 そんな外野の彼女が治癒されたまぶたをくわっと見開き、空中に浮かぶ僕らに笑いかける。


『昔から恋仲で付き合ってきたじいやに愛想を尽かされてしもうた。捨てられたあっしは、もう駄目な女なんじゃよ』

「だから、何をしているんだよ!?」

『勇者としての真の勇姿、見せてもろうたよ。ありがとじゃ』

「ババー!」

『失礼なヤツじゃな。オバだって言ってるじゃろ』

「ババー!?」

『キキキ。ジンとやら、その呼び方、わざとじゃな。まあいいかの。

それじゃあの……』


『ブットンデプリン!』


 僕らを運ぶ玉は上空へと舞い上がり、雪の止んだ雪原の地上へと顔を出す。


 その途端に雪の重みで崩れ去る洞窟。

 オバの犠牲により、辛うじて迷宮から抜け出せたのだ。


****


「……何でだよ、他にマシな方法があっただろ……」

「ジン、彼女の行為を無駄にしないで下さい」

「だけどさ、何でオバだけが犠牲にならないといけないんだよ」


 瓦礫の山に足を下ろした僕がやった最初の行動は、ものに当たるという苛立ちだった。


「いや、兄ちゃん。それなりの理由があったみたいだぜ」


 ケイタが足元に刺さっていた物体を引き抜く。

 それは西洋の剣のような形をしていた、真っ黒な鞘だった。


「兄ちゃん、これが例の剣じゃないかな?」


 ケイタから無言でそれを受け取り、鞘から抜いた銅色の刃を晴れ晴れとした日の光に当てると、『AHO』と刻まれている。


「確かに普通に装備できるけど。どうして僕らの足元に?」

「兄ちゃん……気を悪くしないでくれよ?」

「何でだよ」


 ケイタが握っていたこぶしを僕の前で開く。

 黒い指輪をはめた、片割れの一本の指先を……。


 その血が付いてしわがれた指は、ついさっきまでオバの指だった物だ。


 僕は耐えきれなくなり、吐き気に襲われる。

 すかさず、ミヨが背中をさすってくれた。


「ジン、大丈夫ですか?」

「ちょいと、兄ちゃんには刺激が強すぎたか」


 おい、何てグロい物を見せるんだ。  

 ちょっとどころじゃ済まないぞ……。


「……と言うことはオバは、この剣を護るために我が身を犠牲にしたと?」

「そう言うことだぜ。移動呪文には人数制限もあるから、自分の体と引きかえに、この剣をワープさせたんだろうぜ」

「命と引きかえにか……」


 ありがとう。

 あなたの行為は決して無駄にしない。


「それでジン、その剣なら使えそうですか?」

「うん、手元に吸い付くようにしっかりとした握り心地でいい感じだよ。刀身に刻まれたAHOという単語がちょっと引っかかるけどな」

「それはひょっとしてアホの意味でしょうか?」


 僕は改めて、錆び付いた色のような剣を日射しに向ける。


「ふーん。どんな相手でも装備できるからアホなのか。だから『アホの剣』か。

まあ、分からないでもないけど」


 僕は剣を構えて、上段、下段へとお得意なチャンバラの真似ごとをしてみる。

 剣自体もそんなに重くなく、振り回しても剣に引っ張られる癖もない。


 錆びたような剣先だから、多少はカッコ悪い武器だけど……。


「まあ、これこそが僕の求めていた剣だったんだな」


 数回素振りをして、しっくりと体に馴染んだのを確認して、鞘に収める。


「さて、魔王の配下も全員倒して、残るは魔王のみとなったけど……肝心の魔王城が分からないとなればなあ」

「確かに場所がばれたから、移転したと聞きました」

「どうにかして、見つける方法はないものか……」


「兄ちゃん、いったんメッキシスコーン城に戻らないか。ここはハガネ姫から情報を集める方が先だぜ」

「なるほど。ハガネお姉ちゃんの知識を借りるのですね」


「よし、そうとなったら行くぞ。ケイタ」

「ああ、それじゃあ行くぜ!」


 僕らはワープリンの呪文により、すい星のような速さでナモナキ島を後にしたのだった。

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