『キイッー、キイッ、キイッ!!』
「その癖のある笑い方、やっぱりゲーム・オバか!」
『そうじゃよ、癖は余計じゃが、随分と久しいの。魔王から聞いてはいたが、あっしのあの
「何の。お前の思い通りに僕たちは、そう簡単にはやられないぞ」
ゲーム・オバの上機嫌の笑いが洞窟内に響く。
『まあ、前回のお手並みからして、そなたらなんて、あっしが出る幕もないさ。さあ、みんなやってしまえ』
『ビビビ!!』
何十体も仲間を引き連れたクラクラゲが、体を発光させながら接近してくる。
確か、コイツは触れた対象を痺れさす能力を持っていたな。
いくらゲーム・オバと比べたら雑魚とはいえ、こんな大量のモンスターの中で体が麻痺されたら、ボコられて一瞬で終わりだ。
おまけにクラクラゲと同じく、イカシタヤツもウヨウヨといる。
イカシタヤツも雑魚には違いないが、ヤツが墨を吐き、視界を曇らせたら厄介だ。
何より、こちらはたった三人だけだ。
正攻法では確実に殺られる。
だからと言って、ここで逃げるわけにはいかない。
憧れの剣を振りかざし、バッタバッタと敵をなぎ払う妄想劇。
僕の脳内での勇者将来設計は万全だ。
「何の。剣が無ければこれがある!」
僕はポケットから棒を出してひけらかし、相手を挑発する。
そのアイスの棒には『あたり』と刻まれていた。
「やったぞ。あたりだ、もう一本!」
「それはやったぜ。兄ちゃん」
「でも待てよ……」
「どうしたんだい?」
「いや、冷静に考えたらさ、この世界のどこで、これを交換するんだよってな?」
「まあまあ、兄ちゃん、それ当たった時点で今すぐ使えるからさ。試しにその棒を地面に突き刺してみてよ」
「そうか? せりゃぁー!」
僕はアイスの棒を土の地面へと突いた。
裂けた大地から亀裂が走り、裂け目から赤い光が飛び出してくる。
微妙な数10センチのラインで僕らの体が宙に浮き、次々と奈落へと落ちていくモンスターたち。
「これはもしかして
「そうだぜ。このマジカルアイスバーのあたりが出た時に使えて、攻撃呪文ができる特殊効果だぜ」
「へえ、便利な代物だなって……あっ!?」
喜びも束の間、そのアイスの棒が先端から燃え出し、あっという間に消し炭となる。
「でも残念ながら、効果は一回のみだけだけどさ……って兄ちゃん、泣いてるのかよ?」
「……ようやく僕も呪文が使えて、みんなの役に立てると思いきや、これじゃあな……」
「まあまあ、ほとんどのモンスターは倒せたからいいじゃないですか」
「ミヨ、ありがとう」
「それに勇者がこれくらいで落ち込んだら、駄目ですよ。仮にも勇ましい者なのですから」
「そうだな」
地面と足先が元に戻り、残った数体のイカシタヤツをケイタの攻撃呪文で葬り去り、僕ら三人は最後に残ったゲーム・オバを取り囲む。
「気をつけて下さい。この方は強力な呪文を扱う危険人物ですから」
「そう、人は見かけによらないぜ」
「でも腕利き三人組で囲んだら、さすがのオババも終わりだな」
『キキキ……誰が終わりかのう』
「観念するんだな。もう逃げ場はないぞ!」
「……ひそひそ。ミヨちゃん見たかい。兄ちゃん、美味しい
「……まあ、いいじゃないですか。勇者なのですから」
そこの二人、会話が丸聞こえなんだけど……。
まあ、いいや。
『キキキ、逃げ場がないなら作ればええ』
「何だ、その創造力豊かな発想は?」
『その強がり、いつまで持つかのう』
『オムレツ愛憎、あぢぢのぢー!!』
ゲーム・オバの両手からの炎の渦を、何とかかわす。
「何の。ケイタシェフ。同じく、炎の呪文でボコボコにしてやれ」
「兄ちゃん……オラには無理だ……」
「どうした、顔色が悪いぜ?」
ケイタはその場で膝を折り、頭を上げようともしない。
「二人とも危ないです!!
ジャンジャン、バリアー!」
その場にゲーム・オバの炎が直撃しそうになり、駆けつけたミヨが
「いや、きゃあああー!?」
しかし、ゲーム・オバの強烈な呪文の威力に耐えられるまでもなく、バリアは消し飛び、僕ら三人は衝撃で宙へと吹っ飛んだ。
「「うわあああー!?」」
「きゃあああー!?」
これがちからの歴然の差というものだろうか。
直撃を受けたミヨに至っては、うつ伏せになったまま、ピクリとも動かない。
「だけどあの程度の呪文なら、ケイタでも相殺できるはずだけど」
「兄ちゃん、だから無理なんだぜ……」
「なに、弱音を食べて吐いてるんだよ。いつものお前らしくもないぞ」
「……兄ちゃん。
「何だって? 同じ炎じゃないか?」
「いや、兄ちゃん。よく見たら炎の色自体が違うぜ。あっちは少し紫が混じってるんだ」
「でも、前回の闘いでは同じ炎で防げたじゃんか? まさか?」
炎で所々が焼け焦げ、ボロボロな身なりの僕は、地面に片ひざをついたまま、相手を伺うかのように、ゲーム・オバに楯突く。
「おい、もしやと思うが、この前は手加減していたのか?」
『キイッー、キイッ、キイッ!!
前回は元勇者もいたからのお。さながらちからを試させてもらったんじゃ。
でも、今さら気づいても遅いわい!』
ゲーム・オバが、僕らの前に両手を繰り出す。
これはマズイ。
ケイタも僕の体力も、ほとんど残っていない。
回復、補助呪文を使用できるミヨは気絶しているらしく、このままだと全滅する。
僕だけなら死んでも、あのサクラの世界に飛ばされるだろうけど、ミヨたちはどうなるか見当もつかない。
親父、何でこんな役立たずの僕なんかに、勇者を託したんだよ。
これじゃあ、僕は最弱で最低の勇者じゃないか。
それにさっきから、僕の攻撃をサポートしてくれるサクラの思念も一切ない。
ゲーム・オバによって、能力を封じられているのか?
「ちくしょうー!!!」
僕はありったけの言葉を振り絞って叫んだ。
もう、頭の中は絶望の二文字でグチャグチャだ。
『何じゃ、ちょっと本気を出してみて、これじゃあ、手応えがないのう。
まあ、いいか。これで終わりじゃな』
『病欠生搾り……』
『──ヒュンヒュンヒューン!!』
──そんなゲーム・オバの頭上を飛び交う、無数の弓矢の形をした光の刃。
『何じゃ、この光は……まさか!?』
『ヒュンヒュンヒューン!!』
ジンの光輝く体から次々と出てくる光の刃。
その光はゲーム・オバの周りを囲む形で上空に留まり、ジンからの攻撃命令を待つ。
『まっ、まさか、あのちんけな小僧が
「いえ、ジンは呪文は使えませんでした。でも、あなたの自己中で身勝手な行為に許せなくなり、彼の
「……自分はそれを信じて、ジンのお父さんに頼まれて、旅を続けてきたのです。彼は元から勇者としての素質はあったのですよ」
自分はよろめきながら立ち上がり、ゲーム・オバの心に鉄槌を下す。
「闇の呪文に唯一対抗できる光魔法。もう、あなたに勝ち目はありませんよ」
『う、うるさいわい。そなたのような小娘に何が分かるんじゃ!』
『──黒々と迫る恐怖、気分はダークサイド!』
彼女の卑劣な叫びにより、自分たちの周囲がたちまち黒い風景へと変わる。
恐らく彼女による闇の呪文だろう。
空も大地も仲間のモンスターたちも、ジンが起こした光の矢さえも、ゲーム・オバの手から生まれた球体の暗い世界に吸い込まれていく。
すると、自分も頭から泥をかぶった様子になり、闇へと意識が放たれた……。
****
──闇から目が覚め、暗黒の風景で覚醒した自分の灰色のシルエット。
まず、そのシルエットから右手が暗闇に溶けて無くなった。
それと同時に、利き手の感覚がなくなる。
これでは明日から、ご飯を食べる時に苦労するだろう。
次に左手が消える。
これで自分は、ただのサボテンのようになってしまった。
だけど、炎天下で過ごすサボテンのように、強くは生きれない。
物事の動作の半分を失ったかのような感触だ。
そして、両足が瞬時に無くなり、自分は暗闇の床に体を倒した。
歩行さえもできなくなった自分は、床でもがくことすらも許されない。
自分は大きな声で彼の名前を叫ぼうとした瞬間、今度は声が出せなくなった。
いや、口がついている素振りがない。
続いて、耳から聞こえていた風のせせらぎさえも聞こえなくなる。
耳さえも彼女に消されたか。
それから最後に視覚を奪われ、五体満足をすべて飲み込まれた自分は、真の闇に堕ちていく……。
──いや、まだ自分は闘える。
何があっても、彼を信じると約束したではないか。
自分は何も付いてない肉の個体で床を這いながら、高鳴る気持ちを落ち着かせて、聖なる物の気配を捜し、肌から感じる暖かい光に触れた。
このトゲトゲとした質感。
薄っぺらい紙のような刃。
自分はその刃に体当たりして、自ら体を突き刺していた……。
****
『──なっ、なんじゃとー!?』
洞窟での闘いを終え、クッキーを摘まみながら、ゆるやかにお茶会をしていたゲーム・オバ。
闇に飲まれていた僕らが洞窟の壁から戻ってくると、彼女は驚いたはずみで手を滑らせ、カップの破片が床へと散乱する。
『あっしの屈指の闇の呪文を破るとは!?』
自身最強の呪文から逃れた僕たちを見つめたゲーム・オバは、かなり動揺していた。
「いえ、自分一人のちからではありません。勇者のお導きです」
『アガガ……そんな夢物語なぞ、信じられぬわ……』
「ゲーム・オバ、終わりだな!」
『ヒュンヒュンヒューン!!』
『ザクザクザクー!!』
ジンの意志で操られ、ゲーム・オバに次々と刺さる光の矢。
『ぐああああー!?』
ミヨもケイタもジンが生み出し、停止している光の弓矢を掴み取り、それを縄にして彼女を縛る。
『この、こんな所でやられるあっしじゃないんじゃ。少しでもあの人のお役に立たないと……』
いくらもがいても、どうにもならない苦しそうな様。
さすがに闇とは正反対の光の縄となると、中々抜け出せないようだ。
『──見苦しいよ。もう下らない抵抗は
不意にどこからか、ヤツの声がした。
この声には聞き覚えがある。
周りの反応からして、ミヨたちにも聞こえるようだ。
『そ、その声は魔王様!?』
その途端にゲーム・オバがまごまごし始め、乙女の恥じらいのような表情になる。
どうやら、この声の主が気になるらしい。
それは僕たちも一緒だ。
『うん。そうだよ。魔王ジイ・エンドさ。我輩から直に君たちに話があるからさ』
どこからか来るか分からずとも、あの歯が立たなかった魔王の声に緊張して、体がいささか震える。
僕はミヨの