「ジン、朝ですよ。いい加減、起きてください!」
「ううーん、牛ワサビ弁当はもう食えないよ……」
「なに、わけの分からないことを言ってますか!」
『ゴツン!』
「はぐぁ!?」
「おいおい、ミヨちゃん、頭ごと床に落として大丈夫かよ。何か鈍い音がしたぜ?」
「ええ、ジンは勇者ですから、この程度くらいでへこたれないですよ」
「へこたれないで済むかぁー!!」
僕は床に顔を突っ込み、前のめりになっていた体勢からムクリと起き上がる。
「ほら、言った通りでしょう?」
「何だ、ミヨ。まるで頑丈なダチョウの卵だから、床に落としても大丈夫的なノリは!?」
原始人に退化したかのように、斧を担ぐマネをして、頭の上空でクルクルと回す僕。
ちなみに手には何も持っていない。
エアまさかりを担ぎ、狂暴な熊を手懐け、どんな季節にも関わらず、裸一貫だった小僧のマネだ。
「確かに、そのおかしな発言と行動は、元気そのものの兄ちゃんだぜ」
「でしょ?」
意気投合して、思わず頷く二人。
「何だよ? ミヨだけじゃなく、ケイタまで僕を侮辱するのか?」
「──ジン、それよりも大切な話があります」
「えっ、これを機会に僕への告白話か?」
「違います。そんなことではありません」
いかに僕が冴えない男だとしても、そんなことで終わらすのかと感づきながらも、ミヨの言葉に顔を向ける。
相変わらず鼻筋の通った横顔は、月よりも美しく、夢で見た彼女よりも可愛かった。
「自分たちは、敵の存在を
「そりゃ、リンスがわりに
「……ジンは少し黙っていてもらえますか」
「バブゥ、分かりまちた♪」
赤ちゃん言葉で、僕は大人しく正座して床に座る。
この部屋の間取りなら見覚えがある。
ここはメッキシスコーンの城下町にある宿屋か。
どうやら、あの闘いを終えてから、一晩をここで明かしたようだ。
「今回は運が良かったのですが、キル・ユーの仮面を壊していなかったら、自分たちは間違いなく敗北していました」
「まあ、そこは僕の手柄だな」
「それほどまでの強敵だったわけです」
コラッ、ミヨ、僕の話は無視か?
「だから自分たちは、もっとちからをつけていかないと、次はないです」
残る魔王の刺客は今の所、ゲーム・オバだけだが、彼女の強さはただ者じゃなかった。
様々な強力な呪文を使用し、禁断の
前回、親父のちからがなければ、あっという間に、全滅しかけたことを思い出す。
「それで何か案があるかと、ハガネお姉ちゃんと考えていましたら、自分たちのちからを引き出せる洞窟が、この大陸から離れた北の大陸にあると……」
「でも、北と言えば、寒々とした天候で、とてもじゃないが住めたものじゃないと、小耳に挟んだ記憶があるような?」
謎かけのような発言に、正直な気持ちを重ねておく。
「しかもそこには、どんな勇者でも装備できる強力な剣も眠っているそうです」
「さりげなく僕の言葉はスルーかよ。太陽のようなハガネ姫と違い、冷たい氷のような物心のお姫さんだな」
「ええ、どうせ自分はハガネお姉ちゃんと違って、優しくないですよ」
ミヨがすねて、リスのように頬を膨らます。
これはこれで可愛らしい仕草で、思わず
……って、僕は好きな子にイタズラする、小学生のガキンチョかよ!?
「それにしても、どんな相手でも装備できる剣か。僕には武器が装備できない誰かが
「そう、問題はそこなのですよ。そこでお姉ちゃんと相談したのですが、その剣は聖なる加護に覆われた場所で眠っていて、邪悪な呪いも退ける効果があるらしいです」
「それじゃあ、僕は……」
「はい、剣は違えど、見た目は立派な勇者になれますよ」
「……親父、お袋。僕はとうとうやったよ」
僕は信者の如く両手を合わせて、シミのない綺麗な丸太の組み合わさる屋根へと祈る。
「なんすか、その死亡フラグな設定は? 兄ちゃんの両親は健在だよな?」
「まあ、好きなだけ酔わせてあげましょう」
「ミヨちゃん、何か
「えっ、
「いえ、何でもないぜ……」
ケイタ、その歳でキャバの名を出すとは。
本当に未成年か?
****
「……で、そこまで行くのに、まさかこんなデカイ船をくれるとはな」
「ジン、勘違いしないで下さい。あくまでもレンタルですからね」
「でも今は僕たちの船だろ。自由がきくって最高。ひゃっほーいー♪」
メッキシスコーン街のあったアメリコーン大陸を離れ、大海原を北へ進む大きな船。
僕は、その甲板で無邪気にドタバタと跳ねてみる。
この肌触り、この質感。
以前に乗船したヨーコ王女のフナムシ(だから、船乗り……)の旦那の船とは比べ物にならない。
しかも今回は貸切り。
僕たち以外に、乗船員はいないから気が楽だ。
「えっ、それでどうやって操縦してるかって? じゃーん!」
指さした先には舵があり、その取っての部分に、何やら水晶玉のようなものが取り付けてある。
「この通り、この魔力を込めた水晶のちからで自動で航行するのさ♪」
ちなみに魔力の注入は、土地勘に詳しい城下町の魔法使いに頼んでやってもらった。
多分、怪しい者ではないはず。
それなりの金額を支払ったので、そう思いたい。
「……さっきから、何で
「まあ、初めて武器を装備できるかも知れないですからね。余韻に浸りたいのでしょう」
「ミヨちゃん、その表現は笑えるな。原始人が初めて火を起こしたような発想だぜ」
「笑えるもなにも事実ですから」
ミヨによる鋭いツッコミが船内に響く。
僕はチャンスとばかりに、二人に急接近した。
「……フムフム、真実はいつも二つだな」
「どあっ、兄ちゃん。いつの間にこっちに?」
「そんなの勇者の僕にとっては楽勝さ♪」
その場でキザな顔で二回転して、クールに決める僕。
そんな今の僕にはバラ、いや、菊の花が似合う。
「ジン、船上をローラースケートで滑るのは止めて下さい」
「おいでませ~、ここで、遊ぼうかい~、パラダイス~♪」
「遊びません!!」
僕は船内を滑りながら、リアルで放送していた
****
──北風が吹き、時たま吹雪に見舞える荒れ果てた大地。
上陸した北の大陸、ナモナキ島はとんでもなく寒さの厳しい所だった。
「だああ、こんな極寒の場所に本当に洞窟とかあるのかよ?」
「ジン、
「まったく、不便な所だな。今どきは電化製品じゃなくても保証が付くのにな」
そんなこんなで、猛烈な吹雪の中、一時間近くも歩き続けている。
「……兄ちゃん、家電量販店巡りじゃないんだぜ」
「まあ、さっきから堂々巡りはしてるけどな」
寒さで体はすっかり冷え、ケイタの
「ジン、ケイタ君。見つけましたよ!」
……ミヨが地面に降り積もった雪を払うと、大きなマンホールみたいな空洞が、鉄製のはしごと共に、地下へと降りている。
周囲に何もない限り、ここが念願の洞窟のようだ。
「洞窟っていうか、シェルターみたいだな。僕には鍾乳洞のような世界が頭に浮かんでたな」
「兄ちゃん、オラもその心情だったぜ」
僕は涙ながらに、親友に熱いハグをする。
「おお、我が心の友よ」
「……だからくっつくなって。きしょいって」
「そう照れるなよ、僕とケイタとの仲だろ」
「誤解を招くような言い方をするんじゃないぜ!」
危険を察知して、穴から離れ、物陰に隠れているミヨを指さしながら忠告するケイタ。
「ミヨ、そんな所にいたら風邪をひくぞ」
「いえ、ジンとケイタ君の愛の巣窟を邪魔したら悪いかと」
「だから違うって……僕は……」
『ミヨが好きなんだよ』と言いかけて言葉を濁す。
いけない、この勇者を目指す冒険に、個人的な恋愛感情はタブーだった。
「僕は……が何ですか?」
「いや、それより先に進もう」
「よく分からない人ですね?」
ああ、ミヨによる、僕に対する好感度ケージがグンと下がったことは間違いない……。
****
──はしごを下りた先は、想像以上に広かった。
視野が大きく開けていて、奥の先まで見通せる。
暗がりの洞窟というイメージより、彩り豊かなアトラクションという感じだ。
それだけ彩度に長けており、電灯も必要がないほど、洞窟の中は明るい。
まあ、地下だけあり、さすがに冷えるが、出発前に購入した防寒着を着込めば、大した寒さじゃないし、何より過去に
『ビビビ!!』
しかし、それはモンスターにとっても格好の餌食ということ。
僕らは痺れクラゲのクラクラゲ、大ぶりなイカのイカシタヤツの集団に囲まれていた。
何で、洞窟なのに海のモンスターがいるのかとミヨに問うと、どうやらここは海底の洞窟らしい。
「まあ、そんなことより、どうやって、この危機を回避するかだよな」
「兄ちゃん、この期におよんでまた逃げる気かよ」
「ああ、痛いのは予防接種だけで十分だ。それに1つ分かったことがある」
「何ですか?」
珍しく、僕の言い分にミヨが食いついてくる。
そうか、彼女も同じ気持ちだったんだな。
僕は大きく息を吸い込み、思っている気持ちを声に出す。
「海の幸のモンスターだから、調理したらさぞかし美味しいはずだ」
ずりずりずってーん。
勢いあまって、将棋倒しのように滑りこけるミヨ。
「……ジンにはこの状況にも関わらず、緊張感というものがないのですか?」
「いや、何か腹減ってきちゃってさ。まあ、刺身は作れないから、ぶつ切りで味噌汁の中に入れてさ」
「そんな話はいいですから、真面目にモンスターと戦って下さい!!」
「ミヨ、僕の選択肢に戦いの二文字はない」
「あっ、この期に及んで逃げるのですか。待ちなさい!」
「嫌だね、待てと言われて待つのは犬だけだ……はぶっ!?」
前を見ていなかった僕は大きな人影にぶつかる。
柔らかい感触、ほのかな香水の香り。
誰がどう見ても、女の子に違いないが……。
「おお。こりゃめっきり老けたな、ミヨ」
『ほお、それはあっしに対しての挑戦状かのう?』
目の前に立ち塞がる強敵、ゲーム・オバの前に僕はぼんやりと立ち尽くしていた。
何で怒っているのは定かではないが、これまたタイミングの悪い時期に、この相手と出くわしたものだ……。