『ギエエエエー!!』
日が沈みかけた夕暮れにも関わらず、凄まじい雄叫びで突撃してくる魔物の集団。
その1体の木のセイダヨによる強靭な木のつるの攻撃で、僕の
「オムレツ愛情、あちちのちー!!」
僕の眼前を炎の渦が伸び、木のセイダヨが黒い消し炭となる。
「ケイタ、ありがとな」
「礼には及ばないぜ。ここはオラたちに任せて、兄ちゃんは早く逃げなよ」
「ああ、分かった」
「ケイタ君、こっちもお願い」
ミヨが大きな剣で相手を退けながら、僕らの所へ駆け寄る。
はて、あの大きな剣はどこかしら見覚えがあるような……。
「ミヨ、その剣ってまさか?」
「ええ、勇者の剣ですよ」
「何で非力な僧侶が使いこなせるんだよ!?」
「えっ、それはこの剣が自分を勇者と認めてくれたんじゃないのですか。何度も言いますが、自分は勇者志望ですから」
小さなミヨが剣を軽々と扱い、
次々と倒れ、存在自体が消えていくモンスターたち。
ケイタの呪文の助っ
「もう、僕なんて必要ないんじゃないのか?」
強力な呪文を操る魔法使いに、
勇者の剣で激戦を
僕の勇者としての居場所がどこにもない。
『──そんなことはないよ』
すると、僕の頭の中からある女の子の声がする。
「何だ、ついに僕も悟りを開き、見知らぬ声が聞こえるようになったのか?」
『まあ、それはあながち、間違ってはいないんだけど……』
「それで、君はどこの宗教団体だ?」
『失礼な、私はサクラだよ』
「いや、てっきり変な勧誘行為かと?」
『はあ。ジン、最弱の勇者のわりにこういう
妄想とはなんだ。
話しかけてきたのは、そっちからだぞ。
「そうか、僕もついにレアスキル解禁か」
『もう、あー言えばこー言う。腹立つから、そのまま異空間に突き飛ばしたい気分だよ』
サクラの話によると、僕の勇者としての特別なスキルとして、神とのテレパシーの能力があり、天界にいるサクラとコンタクトができる優れた仕組みらしい。
それが今になって、ようやく発動したわけだ。
『私の情報をあてにモンスターたちの弱点を探るの。中々美味しい能力でしょ』
「そうか、モンスターの能力とか、ゲームの攻略本を見れば一発じゃんか?」
『あのさあ、ここはゲームじゃなくて異世界で、この世界には書店とかないから』
「だったらさ、話はそれるんだけど、リアルの
『えっ、岬代ちゃんのこと?
あっ、ジン、頭を低くして!』
「へっ、おわっ!?」
僕が頭を下げたと同時に、すぐ頭上をハバタクガの
『ほんと危なかったね。今のジンのレベルなら一発で即死の毒の粉だよ』
「そりゃ、恐ろしいな」
『うふふ、私に感謝しなさい。さあ、二撃目が来るよ、何とか避けて!』
「まさに避けるチィーズかよ」
舞い戻ってきたハバタクガの攻撃をヒラリとかわす。
「ジン、何ですか。そのキレのある動きは!?」
「兄ちゃんが急に勇者を諦めて、忍者にクラスチェンジしたぞ!?」
ミヨもケイタも二人とも、僕の素早い動きに目が追いつくのが必死みたいだ。
だったら、ここで僕の本気を見せてやる!
「見てろよ。これが真の勇者の実力、ヒットアンドアウェー作戦さ」
サクラの指示に従うままに、数匹のハバタクガの多彩なダイビング攻撃を紙一重でサラリと避けまくる僕。
「ふっ、さすがの二人も何も言えまい」
「確かに何とも言えない、素早い動きだぜ」
「避けるだけに関すること……でしたらね……」
「そうそう。ヒットどころか、ジン自身は全然、攻撃をしないもんな」
あちゃ、調子に乗ってまずった。
サクラ、どう攻撃したらいい!?
『うーん。ハバタクガは全身が毒の鱗粉に覆われているからね。素手で攻撃したら、そこから毒素に侵されて、腕のふしぶしから腐りおちるよ』
「そりゃ、怖すぎだろ!?」
恐れをなして、そのハバタクガの群れから思いっきり遠退く僕。
蝶や蛾は平気だが、体に異変をきたす毒は厄介な代物だ。
「……さっきから兄ちゃんは誰と会話してるんだか?」
「ひそひそ、確かにひとりごとも度が過ぎていますね」
しかもメンバーからは、
「おい、お前ら。今は人権差別問題よりも、目の前のモンスター退治が先決だろ!?」
「そうだな。まあ、兄ちゃん離れてて。今から大魔法で動きを止めるからさ」
「おう、たのみまっせ、ケイタ大先生」
「だから大先生は余計だぜ」
ケイタがモンスターの中心に留まり、地面に手をかざし、呪文の詠唱を始める。
「
『ミシッ……』という土壌の亀裂がケイタの足から伸びていき、月のクレーターのような大穴を開ける。
『ギエエエエー!?』
大地が軋み、大きな十字になって裂け、その十字の亀裂の底へと落下していく怪物たち。
僕らだけはその亀裂から落ちずに少しだけ、足が宙に浮いていた。
もちろん、敵の大将のキル・ユーもだ。
『ククク、この程度の魔法で天狗になられても困りマスカラネ』
すべての魔物を飲み込んだ亀裂は綺麗さっぱりと消え、
あれだけ苦労して逃げ回っていた僕に対し、ケイタの堂々たる
その体からは王者の風格が漂っていた。
「さて、キルさんとやら。三対一だぜ。何か言い残すことはあるかい?」
大魔法を終えたケイタが大将に指を突き立て、高らかに勝利宣言をする。
『ククク、何か勘違いしてマセンカ』
『……たった三人でワタシを足止めできるトデモ?』
ふと、ケイタの体の動きが止まる。
でも、表情だけはキル・ユーの方を見たままだ。
「もしかして金縛りか?」
『イエイエ、そんな生優しいものじゃないデスヨ』
僕の追求にキル・ユーは顔色一つも変えない。
まあ、いつもカッコつけてキザな仮面をつけているから、本心は分からないけど。
「ぐわあああっー!!!」
「ケイタ君、どうしたのですか。
きゃあああー!?」
ケイタに続き、剣を地面にガランと落としたミヨも体が固まり、何やら苦しい
『ジン、キル・ユーの黒く輝く目に目を合わせないで』
「ああ、分かった」
僕はサクラの情報に素直に従う。
『ホホウ。ワタシがなぜ、キル・ユーと呼ばれるのかご存じデシタカ』
キル・ユーが仮面を指で少しだけずらしながら、黒い眼光を僕に向ける。
『見たらダメ。別名『あなたを殺す』の名称の殺戮鬼キル・ユーの死者の瞳よ。目が合わさったら死後の世界へと連れ去られるわ』
「じゃあ、二人とも」
『大丈夫、死の攻撃に耐えられる精神が尽きない限り、命は取られないから』
サクラの冷静な解説に、僕はキル・ユーから素早く距離を置く。
『そうそう。半径5メートルから離れれば、アイツの毒牙にはかからないわ』
「それは好都合だな」
いや、実は足元に大きな
何かしら、足が無駄に多い昆虫はどうも苦手だ。
『ククク。勇者さんとヤラ。一人だけ残った
「そらよ」
『何デスカ? ナッ?』
キル・ユーの足元に転がる、サクラのいるゲートから貰った一匹の動物。
その動物を見かけた瞬間、彼の動きが飛び上がって後ずさる。
『ヒイイイイ、コイツハ!?』
『そうそう。キル・ユーはネズミが苦手なのよ』
「どこかの猫ドラマみたいなヤツだな」
不意にケイタとミヨがその場に倒れこむ。
『大丈夫、気絶しているだけだから』
「……ほっ、それは良かった」
『それよりここは一時撤退するよ』
「何でだよ。今、キル・ユーを倒す絶好のチャンスじゃないか?」
『……あなた、今のレベルは1よ。それに比べて相手はレベル200を越えてるわ』
「げっ、ガチかよ!?」
『ええ、ガチよ。蚊の鳴くような猫パンチじゃあ、ノーダメージで殴りようがないから』
『それに比べてキル・ユーは死者の瞳のスキルを持ってる。冷静になれば、あんなネズミの息の
パーティーもボロボロだし、次やられたら最悪、全滅するよ』
「そうだな。一度体勢を整えないとな」
『じゃあ、私がワープリンの呪文を唱えるから一ヶ所に仲間を集めて』
「分かった」
僕は二人が倒れた場所へと足早に近付く。
「じゃあな、キル・ユー」
僕ら三人の体はサクラの唱えたワープリンの呪文により光の固まりになり、星が煌めく夜空を舞った──。
****
『……キル・ユーの旦那、何をやってるんですか?』
『おお、コブトリン。ネズミがワタシの邪魔をシテ』
魔王様から旦那がネズミが嫌いなことは承知していたが、まさかこれほどまでとは……あれ、でもコイツは?
『旦那』
足元で規則正しくチョロチョロと動くネズミを摘みあげる。
『これ、
『ナヌ、アイツラ、はめやがったナア!?』
いつも冷静を装う旦那から漂う、この殺意に満ちた怒り。
その怒り方は普通のレベルじゃない。
夜だから判別しにくいのも1つの原因か。
『まあまあ、この世界にいる限り、いつかは出会いますから。次こそアイツらを仕留めましょう』
ああ、旦那を怒らせてしまったか。
アイツら、次に会ったらおしまいだな。
旦那の話によると空へと飛翔していく呪文(飛翔呪文)で逃げたらしいけど、この世界は魔物に制圧された場所がほとんど。
放って野放しにしても、どこかで朽ち果てるだろう。
まあ、精々、短い人生を謳歌しろよな。
『それよりも急いで魔王城に戻りましょう。一部の人間どもに本拠地がばれたらしいですから、急遽、新しい場所に引っ越すらしいです』
『そうカ。取り乱してスマナイ。とりあえずカエロウ』
こうして、旦那と一緒に魔王城へと飛翔するのだった。
いいか、もう一度言うぞ。
お前ら、次はないからな!