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第7話 呪文の契約

 この世界には船という乗り物が実在する。


 現実世界とは違い、モーターなどの部品は存在しないが、人のちからで作られた木製の巨大な彫り物であり、自然の風を大きな帆旗で受け止めてから、緩やかに動くというとなっている。

 この異世界の海で離れた大陸を移動するのに必然的な乗り物だった。


 ──さて、話は戻り、

次の日の明朝みょうちょう


 絶好の行楽日和のような晴天の下、僕たちはヨーコ王女の旦那の船で、だだっ広い大海原を移動していた。


「おっし、面舵いっぱい」

「おにぎり食べてお腹もいっぱい」


「こら、ジン。おじさんの操縦の邪魔をしないで下さい」

「はいはい、モテる船乗りはつらいな」

「あなたは操縦していないでしょうが!」 


 前方の甲板に悠然と立ち、木製の舵をゆっくり回しながら、見た目は強面の旦那による巧みな腕さばきでスイスイと波をかき分けて進んでいく船。


 出港から30分も満たないうちに、オオゲサ王国のあるオスットラリア大陸があっという間に視界から見えなくなる。


「さて、次の目的地はマホーアイランドだけど……」


 ケイタが丸めていた黄土色の地図を床に広げて僕らを集める。

 彼が大きな手で指さした先には、小さな豆粒ほどの島が記されていた。


「ここが例の島か。思ったより小さいな。船乗りの旦那に聞いたところによると、ほとんど人も住んでないとか」

「神様による呪文の封印により、閉じ込まれた強力な魔法のアイテムが眠る島ですからね。皆さん、魔力の暴走を恐れたのでしょう」

「なるほど。原子力発電所みたいなものか」


「えっ、原始人ハッスル場所?」

「ケイタ、話をややこしくするな」


 ケイタが口に出したハッスル。

 ハッスルしながら、どのようなスポーツを楽しむのか。


 原始人だけに漫画肉の取り合いか?

 僕の少ない脳内キャパシティーではまったく想像できない。


「それでここに行けばケイタみたいに強力な呪文が使えるようになるんだな。ところでミヨは何の呪文を?」

「自分はで回復、補助呪文系ですね」

「アイム、ョ」


 ここで僕は定番のネタを突っ込んでみた。


 このネタは寿司に入っていないワサビより強力だぞ。

 あくまでも寿司が好きなワサビ愛好家として。


「今だってモンスターがこの船を襲わないのも自分自身の補助呪文を発動しているからですよ」


 しかし、ミヨの心はそれに気付かぬ仕舞いのようだ。

 そのネタはしょくすのにも気付かないまま、生ゴミ置き場へと廃棄処分された。


「おいおい、僕のボケネタはスルーかよ」

「何か言いました?」

「いいや、さらりと海に流してくれ」

「それ、公害じゃないですか」

「大丈夫、固めたテン○ルで固めるから」

「まったくもう。それは燃えるゴミですからね」


****


 ──波に揺られて小時間後。

 僕らは立ち煙のような霧に覆われた目的地の島に無事に到着し、船乗りに別れを告げた。


 ここにいて強力なモンスターに襲われたら、この人間としての非力な船乗りに害が及んでしまうかも知れない。


 いつ相手が来るかと心をすり減らし、緊迫しながら留守を決めこねるぐらいなら、妻の居る安心した王国に帰った方がいい。

 家族想いの優しいミヨらしい判断だった。


「しかし、さっきまでいい天気だったのに、このざまは何かな?」

「恐らく、何らかの影響で封印していた魔力が溢れているのでしょう」

「そこを狙って悪いモンスターがやって来たと」

「ええ、モンスターにとって魔力はごちそうみたいなものですから」

「まるで飯にありつくアリだな」


 まあ、働きアリはおばあちゃんたちで結成しているけどな。

 オスのハネアリは優雅に空を飛んでナンパばかり。

 羽をはためかせて飛び回るのもいいが、若い頃の努力は這ってでもしろよ。


「さあ、一度来たことがある自分が道案内しますから。急ぎましょう」


 ミヨが先頭になり、霧の中へ歩みを向けた。


****


 ──しばらく歩くと、古代キリシャから持ってきたかのような壊れかけた建造物が1つだけポツンと建っていた。


 建物は古くなり、白く風化したボロボロな表壁ひょうへきの神殿。

 その奥から何かちらつく赤い光りがえる。


 僕らは無言で神殿の中へと足を運ぶ。


 数歩先には二メートルほどの直立した真っ赤な水晶が飾られてあった。


 その水晶の中には一輪の黄色いコスモスのような花束が埋まっている。


「これが強力な魔法を封じ込めた水晶か」

「ええ、お金目的のために乱獲され、今や世界に数本しかないとこしえのマジッくさ、別名『魔法草』が封印されています。この草の根っこが地面に伝わり、光合成で空気中にも魔力のみなもとがまんえんし、私たちが呪文を使えるのですよ」


「それに少し前までは、ここも観光客やらで栄えていたのにな。あの頃が懐かしいぜ。

──なあ、兄ちゃん」

「何だ?」


 ケイタが白いペンキで塗られた魔法陣が描かれた床に指を向ける。


「この場所に立って、想いを念ずるだけで呪文の契約は終了だぜ」

「ああ、分かった」


 僕は迷うことなく、魔法陣のラインに足を踏み入れる。


(……僕は想いのままに呪文を使いたい!!)


 すると少しばかり、魔法陣の描かれた地面から風が発生して、僕の服が軽く浮き上がる。


 その後、円陣からの風は消え、特に気になっていた痛みや妄想のたぐいなどはなく、ものの数十秒で儀式は済んだ。


「よし、これでレベルが上がれば、色んな呪文が使えるな」

「でも兄ちゃん、この世界の呪文の種類、知ってるのかい?」

「ああ。いつか呪文が使えるようにと勉強したからな。この世界の攻撃呪文の基本は……」


 ──あち系、あち、あちち、オムレツ愛情あちちのち。


 ひょう系、ひょう、ひょうけつ、ひょうけつ生搾りクール。


 ダン系、ダン、ダダーン、ダントツに生きろ。


 フワリ系、フワリ、フワリミスト、フワリダブルシャボンでカエル。


 ──他にも雷や光、闇、回復や補助の呪文もあるが、初歩的な攻撃呪文は火、氷、土、風の4種類で構成されている。


「兄ちゃん、魔法使いでもないのにややこしい上級呪文まで覚えて……意外と勉強家だな」

「まあ、寝る間も惜しんで、暗記カード見て記憶したからな」

「いや、ただの暇人なのか……」

「うん、何か失礼なこと言ったか?」

「いいや、何でもないぜ」


 さあ、呪文の契約は結んだ。

 これからどうすればいいのだろう。


「こんなに早く終わるなら、やっぱり船乗りの旦那に残ってもらえば良かったな」

「そうですね。自分の早とちりでした」

「参ったな」


 僕は腕組みをしながら空を眺める。

 鳥をも飛ばない暗雲が心をきつく締めつけ、不安の色が隠せない。


「兄ちゃん、とりあえず落ち着いてトランプでもしようぜ?」

「お前は落ち着き過ぎだろ!」


 地面に座り込み、一人でトランプ遊びをするやからは放っておき、次の目的地が決まらない僕とミヨは早くも行くあてもなく、さ迷うのだった……。

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