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第13話 中間ということはあの恒例行事の?

 ──あれから数分が経過し、僕に対しての周りの状況がガラリと変化していた。


「……すみません。急いでるんです。ここを通してください!!」

「ねえ、ちょっと待ってよ」


 顔が腫れたような真っ赤な顔で『ごめん、急用ができたから!』と春子はるこ夏希なつきの腕を掴んで、どこかに移動し、僕は近くにいた美冬みふゆの保護下に置かれていた。

 さっきから海辺のお祭りに群がる人の波を押し退けて、その行為とは逆に遠慮気味な応対による美冬の言葉だけが耳によく通る。


 ちなみにどこへ行ったのか、秋星あきほの姿も見当たらないね。


「ねえ、お願いだから待ってってば!」

「なっ!?」


 ヤベエ、手を繋いでないと離れ離れになりそうで、思わず彼女の手を掴んでしまった。

 これは久々に血の雨の流星群が降る展開だな。


「手なんて握って、いきなり何なのよ? アンタなんかに指図する権利とかないけど!!」

「いや、そんなことよりさ、僕のことが嫌いなら無理して相手をしなくても」


 美冬、今日もご機嫌が悪いようだね。

 そんなこんなで思っていた言葉を漏らしてしまう。


「はあ……。アンタね、全然分かってないわね」

「えっ、どこか間違えてる?」


 リアリー? 僕の日本語に誤りがあったのか。

 どうも英語ペラペラな海外出張の親のようにはいかないね。


「あのねえ、小学生じゃあるまいし、嫌いだからって避けるなんて、人としてどうかしてるわよ。ましてや同居人でしょ?」

「いつも僕には文句ばかりなのに?」

「それはアンタがどうしようもないバカだからよ!」


 それはどのレベル程度のお馬鹿なのかな。 

 日常生活に左右されるなら、今すぐにでも、その考えを百八十度変えないと。


 まあ、人間のフリしたロボットじゃないから無茶か。

 粗茶のように味も品も無さそうだし。

 到底、美冬という客人のお茶汲みも出来そうにないね。


 そうなると『残念困ったで賞』をあの賢司けんじから受賞されるかな。

 変に胴体がねじ曲がった五百ミリのペットボトルを渡されて、お金がないから、これがトロフィーですと言われたりして……。


「さあ、早くしないと花火が始まるわ。急いで!!」


 大会開始の時間が刻々と迫り、なるべく人の往来を避けて通る僕ら。

 砂浜を抜け、砂利道でも歩きにくいかもだけど、人に飲まれてルートを限定されるよりはマシかな。


「きゃっ!?」


 僕の早足についていけないのか、美冬が小石にサンダルの足をとられ、転びそうになる身体を何とか支える。

 ヤベエ、何か細い腰とかマシュマロみたいに柔らかいし、うなじや浴衣から石鹸のいい匂いが……おいっ、静まれ、僕の煩悩!!


「ねえ、いい匂いがするってマジでキモいんだけど」

「あわわっ、ごめん。つい心の声が」

「まあいいわ。とりあえず離れなさいよね!!」

「ぐわぁぁっ!?」


 美冬を抱き上げた際、不意に突き立てた彼女の目潰しを見事に食らうはめに……。


 おおう、この唐辛子ガブサイシンみたいな痛みは強烈だ。

 ヤベエ、下手すれば視力を失い、明日からゼロしか見えない異世界転生か。

 いや、見えないなら転生しても無意味か。


「ああっ、ごめんなさい。痛かった?」

「うん、天地が避けるほどにね」


 心配して気をかける相手に嫌がらせじゃなく、本能的な抵抗を受けた僕はそのままそっくりの言葉でお返しをしたよ。

 天と地がひっくり返ったテントにて。


「……アンタ、一度、夏希の実験体にならないと分からないようね?」

「なりたくもないよ!!」


 何かご機嫌を損ねたようだけど、夏希のモルモットにはなりたくない。

 あの娘、手加減というのを知らないし……。


『ヒュウウウーン、ボンッ、ボンッ!!』


 屋台が並んでいた海辺から、どこまで歩いてきたのだろう。

 林に覆われた闇の夜空に色鮮やかな花たちが開く。

 花は主張の強い音を立てて散り、大気に溶け込んでも一時の余韻を残す。

 おいおい、僕の心の声は吟遊詩人のつもりかよ。


「あっ……」

「花火大会始まったね」

「もう、アンタがモタモタしてるからよ!!」


 どんくさいとはいえ、全部、僕のせいなのか?

 何でもかんでも僕という玩具におしつけているような……。


「来年で離れ離れになるから、今年はみんなで観ようって約束したのに……」

「んっ、何の話?」

「キモオタには関係ないことよ」


 シェアハウスに住む男女関係って落差が激しすぎないかな。

 落ちた先は天国でも地獄でもなく、愛と無知の空間だよね。


「それからアンタさ、理解してる?」

「何のこと?」

「はあ……。本当に能天気な男ね。まあアンタは編入試験を受けたから、中間はチャラになってるけどさ」

「中間ということはあの恒例行事の?」


 あの紙切れを想像し、それなら悪魔と契約した方がマシに思えてきた。

 そういえば担任の先生が言ってたな。

 時期的に中間は免除するから、今回は別に受けなくてもいいって。


「そうよ。このお祭りからの二週間後、ご待望の期末テストよ」

「ひょえええー!?」


 いきなりテストと聞かされ。何かがとり憑いた感じで奇声を上げる僕。


「何て顔してんのよ。イケメンが台無しよ」

「えっ、今、僕のことイケメンって……」

「……さ、さあ。いい感じに麺が仕上がったなあって感じ?」

「……僕は出汁だけ搾り取られて、捨てられる運命なのか」


 そしてゴミとなり、焼却されて灰になり、リサイクルされて田畑の肥料となり、その肥料から農作物が育って、その作物が動物に食べられ、やがて人間の手で肥やしたその動物が捕まえられ、また新しい出汁を作るという無限ループの世界。


 そう考え、短く刈られた草むらにガッカリとひざをつき、落ち込んだ僕の肩に優しく手を置く美冬。

 そんな僕らを背に、波の音が静かに聞こえてくる。


「まっ、まあ、元気出しなよ。アンタみたいな陰キャガリ勉二次元オタクでも、いつか好きになってくれる女の子一人くらいは現れるわよ」

「かける言葉が慰めになってないんだけど……」

「当然よ。アタシはアンタのことなんて、これっぽっちも興味ないんだから」

「ズーン……」


 女の子から言われたキツイ言葉をまともに受けた僕には、絶望のビニールハウスでのひきこもりがお似合いだ。

 プチトマトに転生したら、少しは僕にも関心を抱いてくれるかな。


「だからそれくらいで落ち込まないの。男の子でしょーが?」


 美冬のトゲを刺した言葉にピュアな心が傷ついたんだよ。

 可愛い顔して言うことがえげつないよね。


「こんな辛い想いをするなら恋なんて二度としない」

「それ、全国の90%以上の既婚者が言ってる名台詞よ」

「マジかよ。残りの数%は?」


「そうね、二次元の方に走っていった駄目な──」

「わっ、分かった。皆まで言わなくていいから!!」


 その言葉の先が想定でき、急いで会話の流れを銅の剣みたいな信念で断ち切る。

 負け犬の末路……いや、遠吠えなんて想像しただけでも怖いよね。


『ヒュウウウーン、ボン、ボンッ!!』


 空を華麗に舞う花火は、いがみ合う僕らにも無反応で、代わり映えもなく鳴り響く。

 次女と他愛もない会話をしながらも……。

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