「ねえ、あの日に交わした約束を覚えてる?」
「ああ、忘れはしないよ──」
雪がちらつく街並みの寂れた公園で少女は呟く。
今夜は氷のように冷たい。
温かいのは二人が繋いだ手のひらの感覚だけ。
「──ずっと黙っていたんだけど、僕は君のことが……」
僕は少女に初めて胸の内を打ち明ける。
知って知らずか、彼女が嬉しさで頬を緩ます、そんな静かな夜。
「僕は君のことが……」
「ワッショイ!」
「ハッスル!」
ふとそこへ、騎馬隊による上半身裸の筋肉質による一組の男共が現れる。
その一つの肉塊が僕と少女の間に強引に割り込んできた。
「そーれ、見やがれ、お祭りだああああー!!」
騎馬隊の展望席で一人の男子が吠えたてながら命令を下し、僕らの周りで容赦ない邪魔をしてくる。
何だよ、今は大事な話をしてるのに……。
『ダンダンダン‼』
すると、遠くから削岩機のように喧しく鳴る音が聞こえてきて──。
****
『──ダンダンダン‼』
「──さっきからうるさいなー、僕の周りを
僕は視点が逆さの状態で絨毯の方に頭を向けていた。
どうやら寝ぼけてベッドから滑り落ちたらしい。
幸い、体の半分の主導権である両足は無事であり、床に向けての全体の衝突をギリギリで食い止めている。
『ダンダンダン──‼』
だから何なんだ、この異常すぎる破壊音は……というか、そもそもこの世界で発する音なのかこれ?
僕は体勢を整えてベッドから飛び起き、いつもの軽快な黒いシャツと肌色のチノパンに早着替えし、音の発生源を探す。
不快な音は窓の外ではなく、この家の中から聞こえているようだ。
ここにドデカイ
そんなことはさせないよ。
僕は大きなスコップを持って音も立てずに部屋から出る。
「もうどうしてそうなるのよ‼」
『ダンダンダンー‼』
「だから切り方自体がなってないつーの‼」
スコップを構えた前傾姿勢で進む中、キッチンの方から次女の
この腹に堪えるような削岩機のような騒音と一緒に……。
こんな朝も早くから雄鶏のように騒がしい姉妹だよね……。
「だって美冬の言う通りにしたらこうなるわけで」
「嘘おっしゃい! アタシは正論を述べてるだけ。
秋星と美冬、お互いに相性が悪いのか、この家に来た当初からぶつかり合う関係。
何やら今日も朝から姉妹で揉めてるようだ。
だから彼女でもない姉妹なんかとシェアハウスしたくなかったんだよ。
それに話の筋からして何だ?
着替えコーデでもしてるのか?
場所がキッチンからしてエプロンの問題かな?
『──ねえ、美冬。このエプロンどーう?』
『まあ、今どき流行りの裸エプロン!! ご立派な性分だわー‼』
『私の殿方の
『秋星違うわよ、それはチョココロネよ‼』
「──でへへっ」
僕の妄想ラインは本日も絶好調だ。
もう興奮越えて、ほどばしるマグマが吹き出そう。
ゆっくりとスコップを床に置き、キッチンの手前で衝動的になった鼻の頭を指で押さえる。
「……このキモオタはこんな所で何ボーと突っ立てるのかしら? エプロンがどうとか呟いてるし、地球一の変人なのかしら?」
「美冬、怪我人にそんな言い方はないでしょ」
「あのさ、秋星、ちゃんと見てよ。怪我も何もエロい妄想で鼻血流してるだけじゃん。マジでキモ」
エロじゃない、健全な男の生理現象だ。
響きは似てるけど、生理食塩水ともちょっと違う。
「……どこかで頭を強く打ったのかも」
四女の
あれから色々とあったけど、本人はその件に関しては追求してこないし。
「じゃあさ、
あの、三女の夏希様、その止め方はしゃっくりだよね?
息の
(そこまでは言ってない)
「
「はあ? 見て分かんない? 朝食を作ってるのよ!」
「飯なら冷蔵庫に食パンがあるけど?」
「バカねえ、無いから作ってんじゃない!」
えっ、つい三日前に冷蔵庫の食材が空だったんで買い物に行ったばかりなのに?
僕は不思議に思いながら冷蔵庫の中身を見てみるが……。
扉の中は何も食材がなく、がらんどう。
おまけに調味料の味噌、マヨネーズ、ソース、ケチャップ、豆板醤さえもない。
「えへへ。昨晩お腹が空いてましたんで、冷蔵庫の食材をペロリといただきました」
そこで夏希がすまなそうな表情で悪戯そうに小さく舌を出す。
僕の穏やかな感情は波にさらわれた。
「頂いて済む問題じゃないだろ。三日分の食材を返せ!」
夏希に迫り、怒りの感情をぶつける。
「いや、もうこの場で吐けー‼」
「そんな前傾の巨人みたいなことできないって」
夏希が腰を低くし、ボクシングのジャブのポーズをしてるけど、余程、僕に責められたいみたいだね。
大方、調味料もまるごと胃に収めたのだろう。
病院のレントゲン検査にて、飲み込んだ容器が丸ごと映るに違いない。
「何だって。お前はできる前から諦めるのかな?」
「目が怖いって」
「誰のせいだよ!」
「まあまあ、志貴野お兄ちゃん。一旦落ち着いて」
夏希への怒りの沸点が超えて、八つ当たり気味で反論する僕。
他の姉妹が庇っても、人の食料を勝手に食べるのは泥棒と一緒だよ。
「あの、そんなことよりお腹空いてない? 秋星お姉ちゃんが朝食の準備が出来たって」
「今はそれどころじゃないよ。これから夏希を縛り上げて……」
「ひいい、リアタイ鬼畜ごっこは勘弁して!」
とりあえず、夏希、何のゲームネタだよという旬なツッコミは置いておく。
「まあ、ゲームごっこもいいけど落ち着けよ、同士」
同士という呼びかけに僕の注意がそっちにそれる。
食卓のテーブルでナイフとフォークを持って、堂々と実食しようとする
僕は予想外の親友の登場に心の整理がつかず、頭を掻きむしる。
「同士も何も人様の食卓でくつろがないでよ。どうやって入ってきたの?」
「えっ、そこの可愛いお嬢ちゃんから、そこの志貴野と同じ高校のイケメンさん、朝食いっぱい作ったんでいかがですかーって誘われて」
だからって他人の家に入って食事を待つとは。
イケメンなら不法侵入でもスマイル0円を見せれば犯罪にならないのか?
「えへへ。ハルは可愛いだって」
「……ハル、本当に勘弁してくれよ」
中学でこの勧誘力。
春子の言動にも困ったものだね。
「それよりもめひくわねへのか?」
「食べながら喋らないでよ」
賢司が口に大量の食べ物を頬張りながら、僕に解読不明な質問をする。
ご飯粒がオリンピックの競技みたく、勢いよく飛んでるよ。
「悪いな。オリンピックも何も、あまりにも美味しい朝食だったんで胸が踊ったぜ」
「この料理のどこが?」
皿にのった黒く焦げた物はペースト状で原形さえも留めてない。
「あの、美味しくないんなら無理して食べなくても……」
「何言ってんだ、秋星姉ちゃん! 出された物はきちんと食べないと
「はあ、お腹イタイ……」
昔からモテていた賢司は女性に対する口の言い方も巧みだ。
よくこの状況下でそんなクサイことを言えるね。
それを傍目にしてると急性胃腸炎になりそうだ。
本当、お腹がキリキリ痛むよね……。
「まあ、胃痛はともかく、志貴野も食べてみろよ。こんな美少女に囲まれての飯なんて生きてる内には早々にないぜ」
「僕には自然と人の我が家に溶け込んでる賢司の方に感心するよ」
僕が思ったままの答えを口に出す。
この悪友には正攻法からぶつからないと話が通用しないからね。
「ふっ、コミュ力の高さなら負けねえぜ」
「……いや、別に競ってないから」
出たよ、男性お得意のマウント攻撃。
何かしろ競争しないと気が済まないのは分かるが、何でも火種にしないでほしいよ。
「そんなことより早くしないとご飯冷めるよ。秋星が折角作った肉じゃがなんだし」
「美冬、これはジャガイモのサラダだよ」
「うへぇ、マジで? 本当に料理のセンス無いわ……」
そうか、ジャガイモだからドロドロに溶けた料理になってるのか。
賢司はウマイと叫びながら、黒い絵面の朝食をかきこんでいるけど、胃にも悪いからよく噛んで食べてよね。
「さあ、たーんと召し上がれ!」
「夏希は食料を漁っただけだよね!!」
和やかな朝食をぶち壊すような鼻高々な夏希を叱りながら僕は思う。
事件の再発防止として、冷蔵庫にも何かしらの鍵が必要だと……。