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第3話 『ニイタカヤマノボレ一二〇八』

ー 1941年 11月26日 呉鎮守府の一室 ー


山本の話を聞いていた連合艦隊司令部の幕僚達が山本と遠藤の極秘会談の内容を程度聞き終えた中、殆どの幕僚達は遠藤の考えに衝撃を受けつつ閉口していた。


そんな中、一人の幕僚は苦笑いしていた。

(まぁ、彼の考えに普通は追い付けないよな・・・。)

そう思っていたのは、連合艦隊航空甲参謀を務める樋端久利雄(といばな くりお)大佐であった。

彼は早くに空母の集中運用(航空機動艦隊の原案)に着想した人物の一人で、かつて海軍大学校の教官だった小澤治三郎(おざわ じさぶろう)中将に航空機動艦隊の原案を提示した人物だ。


以前に樋端から遠藤は、航空機動艦隊のノウハウを学んだ事がある。

同時に樋端の航空機動艦隊の知識を瞬く間に吸収しただけでなく機動艦隊の周囲を護る護衛艦隊の防空戦術を提案して、樋端もまた遠藤の先見の明に驚嘆をした経緯がある。


樋端もまた、遠藤が叩き直した真珠湾攻撃計画を高く評価していた一人であった。

(真珠湾攻撃計画は彼の目指す『より良い負け』の序盤に過ぎないな・・・。)

現在、太平洋上をハワイ真珠湾を目指している第二航空艦隊の旗艦にいる遠藤と『もう一人の男』に思いを馳せた・・・。


ー 1941年12月7日 太平洋上 第二航空艦隊旗艦・戦艦『土佐』艦橋内 ー


日本を出航した第二航空艦隊。

今回、遠藤は第二航空艦隊を二手に分けていて、遠藤が率いる艦隊は呉を出航して、もう一つの艦隊は横須賀から出航していた。

途中で合流した第二航空艦隊は、旗艦となる戦艦の他に戦艦2隻、空母4隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻、新たな艦種で建造された防空巡洋艦が2隻、駆逐艦5隻、こちらも新たな艦種で建造された防空駆逐艦、潜水艦4隻で編成されていた。


他にも、高速給油艦8隻、弾薬などの補給艦2隻、損傷した艦船を修理する為の工作艦2隻による支援艦隊がいて、支援艦隊を護衛する駆逐艦が8隻同航していた。


そんな中、艦橋内の長官席に座らず、艦橋の窓近くに佇む遠藤に一人の幕僚が声を掛けた。

「何を物思いに耽っているのですか?若大将。」

声を掛けて来た第二航空艦隊参謀長を務める鼓舞武雄(こぶ たけお)少将に、遠藤は溜め息をしながら振り向いた。

「俺が物思いに耽っているのに気軽に声を掛けるのは、幕僚達の中ではお前だけだよ鼓舞・・・。」

それに対して鼓舞は悪びれもせずに、言った。

「それは褒め言葉ですか?」

呆れつつも、鼓舞の才能を評価している遠藤は、「好きにしてくれ。」と答えた。


周りにいた幕僚達だけでなく、戦艦『土佐』の艦長を始めとする乗組員達にとって二人のやり取りは最早『日常茶飯事』だった。

実は、鼓舞と樋端は海軍兵学校の同期であり友人だった。

今回、第二航空艦隊参謀長に鼓舞を推薦したのは、他ならぬ樋端であった。

樋端曰く、「若大将と対等に渡り合えるのは、鼓舞しかいないし、案外『似た者同士』で上手くいくのではないか?」

と推薦理由を後に語っている。


「そう言えば、昨夜に山本長官と話していたそうですが、やはり若大将の真意を知りたかったのですか?」

鼓舞だけでなく、幕僚達全員が遠藤が目指す『より良い負け』を知っていた。

そんな鼓舞が、昨夜の山本との極秘会談について聞いてきた。

遠藤は特に表情を変えずに「そうだ。」と答えた。


続けて遠藤は、鼓舞に話した。

「日清戦争で大勝利したあとの軍人や国民達の浮かれ具合だけでなく、自惚れや傲慢により他国の人達に対しても傲慢な態度を取っていた様子は、祖父から聞いていたが相当に酷かったようだな。」

その上で遠藤は

「今回も、連戦連勝を重ねていけば同じになるのは間違いない。だからこそ、その辺りの対策も進めておいた。」

鼓舞は遠藤の言う対策の意図に気付いた。

「成るほど、勝利したらある程度は大本営が発表するけど、『控え目に』発表するんですね。」

遠藤は軽く頷きながら、

「それだけでなくアメリカの軍人や国民達の士気を砕きつつ、双方の外交官が水面下で極秘に交渉してアメリカの面子を保ちながら、日本にとっての好条件を引き出して講和を成立させるのが俺の考えだ。」


鼓舞は遠藤のプランに納得しつつも、疑問を口にした。

「考えは理解しますが、こちらの思惑通りになりますか?」

それに対して遠藤は、

「今は遠い先を考えずに、目の前の作戦に集中しよう。『捕らぬ狸の皮算用』はしたくないからな。」

そう言って笑みを浮かべながら、遠藤は答えた。

鼓舞もまた「そうですね。」と笑みを浮かべながら答えた。


そんな二人の元に伝令兵が「電文ですっ!」と駆け寄った。

伝令兵から受け取った電文を見た遠藤と鼓舞は顔を曇らせた。

「やはり、駄目でしたか・・・。」

鼓舞の残念そうな言葉に遠藤も同じ気持ちだった。


電文には、『ニイタカヤマノボレ 一二〇八』と記されていた。

それは、アメリカとの戦争を開始せよとの通達であった・・・。



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本国から届いた『ニイタカヤマノボレ 一二〇八』。


遠藤が目指す『より良い負け』に向けて、歴史が動き出しました・・・。

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