ー 1941年 11月26日 呉鎮守府の一室 ー
呉鎮守府の一室に、一人の伝令兵が入って報告した。
「先ほど、南雲中将率いる第一航空艦隊も、択捉島・単冠湾を出港したとの連絡がありました!」
報告を受けた連合艦隊司令部の幕僚達は、士気が高まると同時に強い不安を抱いていた。
先任参謀の黒島亀人(くろしま かめと)大佐は、不安というよりは不貞腐れた感じで山本に尋ねた。
「今回の真珠湾攻撃計画は二正面作戦ですが、本当に大丈夫ですかね?」
山本は苦笑いしながらも答えた。
「君の原案を若大将が叩き直した作戦だ。吉報を待とうじゃあないか。」
山本からそこまで言われた事で、黒島も山本に軽く一礼してそれ以上の不満を言うのはやめた。
そんな中で、宇垣が山本に尋ねた。
「長官は昨夜、極秘裏に遠藤に会いに行ったみたいですが、どんな話し合いをなされたのですか?」
周りの幕僚達も昨夜に山本が不在で、間違いなく若大将である遠藤に会いに行っていたのではないのかと薄々、気付いていた。
山本はあっさりと認めた。
「そうだな、お前たちも気になるみたいだから教えるよ。昨夜、俺と若大将が話した内容を。だけど、この話は必ず他言無用だぞ。」
宇垣達にそう言ってから山本は、昨夜の遠藤との会談を話り始めた。
今から遡ること数時間前に呉鎮守府の一室で、山本と遠藤は話を始めた。
「お前が叩き直した真珠湾攻撃計画だが、お前はどんな考えや目的で修正をしたんだ?」
それに対して遠藤は山本に尋ねた。
「親父さんの考えは、短期決戦で戦果を出してアメリカの士気を打ち砕くとの考えですよね?」
「そうだ。国力の違いからアメリカとの長期戦は不可能だからな。」
山本は何を今さらという感じで答えた。
しかし、そんな山本に対し遠藤は
「親父さんには、率直に申し上げます。親父さん達が当初考えていた『真珠湾奇襲計画』は、この国を亡国へと導く作戦です。」
とハッキリと答えた。
遠藤の容赦ない言葉に山本は流石に不快感を感じた。
だが山本は、自分とは異なる計画や考えを持っている遠藤の本心を知りたい為に呉鎮守府に来ていたから、自身の心を落ち着かせながら聞いた。
「それじゃあ、お前はどんな考えなんだ?」
少し躊躇った素振りを見せた遠藤が言った一言は、山本すらも驚愕する言葉だった。
「この戦いは、最終的に日本が『より良い負け』をする為の戦いです。」
山本が遠藤から言われた言葉を山本から聞かされた宇垣達全員が、言葉を失った。
それは、驚きを通り越して唖然とさせる言葉だったからだ。
「何故ですっ!?彼が先日に行った図上演習や、山本長官の初期の真珠湾奇襲攻撃計画を的確に指摘したのに・・・。」
いち早く我を取り戻した宇垣が山本に尋ねた。
宇垣の問い掛けを聞いた山本は、宇垣達を落ち着かせながら言った。
「確かに、初めて聞いた俺も絶句したけど、話を聞くほどその通りだと思うようになった。」
そして、山本は遠藤との会談内容の続きを話した・・・。
「お前は、そんな言葉を聞いたら陸軍や海軍の強硬派や親独派達が黙ってないぞ・・・。」
山本は呆れながらも、遠藤に言った。
それに対して遠藤は、
「何一つ、まともな認識や常識を持っていない強硬派や新独派達の戯言は、無視するだけです。どうせ、ナチスドイツに媚びるしか能が無い連中です。」
自分で用意したお茶を山本に差し出し、自分もお茶を口にしながら、遠藤はさらりと答えた。
更に遠藤は話した。
「以前に親父さんは、当時の首相だった近衛文麿(このえ ふみまろ)氏から対米戦に関して尋ねられましたね。」
確かに、昨年の1940年に近衛首相から対米戦を聞かれた山本は当時
『是非やれと言われれば、半年や1年の間は暴れてご覧にいれるが、2年、3年となれば(勝利出来るか)全く確信は持てない』
と答えた。
その事を上げて遠藤は
「先ほど、親父さんの言う通り国力が違うからアメリカとの長期戦は論外です。」
更に遠藤は
「しかし、短期決戦にしてもどんな形で終わらせるかが重要です。」
と言った。
それに関して山本は今回の会談で聞きたい事の一つとして尋ねた。
「俺が最初にお披露目した真珠湾奇襲攻撃計画では、お前の考えに反すると言うのか?」
「はい、残念ながら。」
と遠藤は簡潔に答えた。
少しの沈黙の後に遠藤は続けた。
「確かに、親父さんの計画も悪くはないですが、デメリットが多いです。」
そして、遠藤は山本にデメリットの内容を説明した。それは、次の内容だった。
①奇襲攻撃とは言え、アメリカにいる日本の外務官僚達が素早くアメリカ政府に宣戦布告が出来るという保証が無い。
②宣戦布告の不手際で真珠湾攻撃後に宣戦布告を通達したら、アメリカ側はこれを『騙し討ち』の口実にして、軍や国民達の士気を高めて、全力で日本を叩く行動に出る。
③真珠湾の攻撃目標が、アメリカの戦艦部隊や飛行場のみになってしまい、燃料タンクや基地施設の攻撃を徹底しない恐れがある。
④最大の攻撃目標であるアメリカの空母が不在だった場合、アメリカ側の空母を叩くチャンスを失ってしまう可能性がある。
因みに、空母が真珠湾から離れる可能性があったのは、遠藤が現地の日系人や他の人種達を諜報員として起用したりして、アメリカや世界各国に独自の情報網を築き上げていた。
しかし、最近の報告から日米関係悪化に伴い空母が真珠湾を離れる可能性が出て来ていたからだった。
また、宣戦布告書の件については、担当するアメリカ駐在の外務官僚達が的確かつ迅速な対応をするとは思えなかったからだ。
「他にも細かい点は有りますが、自分が上げた親父さんの初期計画でのデメリットは以上になります。」
そう言って遠藤は残りのお茶を飲み終えた後で新しいお茶を入れ直した。
山本はデメリットの内容を説明されて、反論の余地は無かった。
「確かに、宣戦布告が遅れたらアメリカから見れば『騙し討ち』として軍や国民達の士気が高まり、戦時量産体制で新型の戦艦や空母を大量に建造されたら、俺達日本からしたら最悪の結末だ・・・。」
山本は思わず頭を抱えてしまった。
そんな山本に遠藤は、
「当初の計画では空母6隻を中心とした一艦隊だから、一つの艦隊に湾内の戦艦や空母だけでなく基地施設や燃料施設も叩けと言うのは、酷な話です。」
と指摘した上で、
「二正面作戦ならば、役割分担も出来るから悔いが残らない戦いが出来ます。」
遠藤の指摘と説明を一通り聞いた山本も、「成るほど」と納得した。
そして山本は先ほど遠藤が言った『より良い負け』の真意を聞いた。
それに対して遠藤は、冷たい目線を山本に向けながら答えた。
「勝てないまたは勝つのが難しい大国相手に大勝利するのは良いけど、舞い上がってしまい大事な『原点』を見落とすか見失う事になります。親父さんはかつての日清戦争で勝利したあとの日本の軍人や国民がどうだったかを知っていますよね?」
聞かれた山本には返す言葉は無かった。
ここまでの話を聞いていた連合艦隊司令部スタッフ達の中で山本に年が近い宇垣や黒島達も、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた・・・・。
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遠藤が山本に語った『より良い負け』とは、彼の頭の中ではどんなビジョンが描かれているのでしょうか・・・?