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第4話 ナナナ

 目の前の少女――ナナナは、静かに語りだした。


「私、日本じゃ釣れないと思って心配してたんです」


 とびきりの笑顔の少女を前に、オッサンが肩をすくめて笑う。


「釣り? 俺もほっけとか好きだぞ」


「ワクチンはエサなんですよ。ボンクラどもを呼び込む為のエサ」


 オッサンもナナナを見て最初は驚いていた。


 その表情から察するに裏切ってはいなさそうだ。


 だが、それにしても余裕の顔に戻るのが早い。


 詐欺師としての経験値か、それともホームレスとしての胆力か。


 捕まれば人生終了だってのに、肝座ってるよ。


「私は正義のヒロインになりたいのです。ですが、同時に正反対の欲望も持っていました」


 突然の自分語り。


 聞いて聞いての承認欲求は、しかし、この場をどう切り抜けるか考える時間にはうってつけだ。どしたん、話聞こうか?


「人間をいっぱい殺したいという欲求です」


「マジもんのサイコかよ」


 肝の据わっているオッサンでも声が震えていた。


「天才である私は思いつきました。高額のワクチンというエサをばら撒き、ダークウェブで泥棒の募集をかける。そして、集まったボンクラと命を賭けたFPSを楽しむ。悪人を殺すのであれば、私は正義の味方でしょう?」


 私はナナナを睨みつけた。


「理論破綻してるし、趣味わっる。オッサンより趣味わっる!」


「おい、何気に俺を巻き込むな」


 つい出ちゃったホンネにナナナの眉が歪む。


「調子に乗っているようですが、レディー。あなたの集めた情報は私が撒いたエサですよ。あなたみたいなゴキブリが、大それたことを成功できるはずがありません。ま、日本人は臆病で釣れたのはあなただけなので……そのバカさ加減にはサンキューですがね」


 勝ち誇った顔で胸を張るナナナは饒舌だ。


 私は小さくため息をついた。




 出入口は一つしかない。そこをふさがれては劣勢だ。


 ナナナが調子に乗るのも当然。


 どうすればこの場を切り抜けられるか、頭の中で策を張り巡らせる。


 その思考を遮るように、オッサンが咳払いをした。


「どうせ俺たちハチの巣になって死ぬんだろ。最期に聞いていいか?」


「何です?」


 得意げなナナナが小さな胸を張った。


「ワクチンって何でこんな高いの? ほら、前に流行したコロナとかはワクチン大量生産してたじゃん」


「ふっ。そんなの決まっています。私しか作れないからです」


「じゃ、キミが大量生産すればいいじゃん」


 ナナナは少し考えて答えた。


「何故でしょうね?」


 ナナナの人を食ったような答えに、オッサンはすぐには返答しなかった。


 視線だけで隣に立つオッサンを見て驚く。


 真っ青な顔で唇を噛んでいたのだ。


 これまでヨユーシャクシャクだったからか、余計に余裕のなさ……というかスゴミを感じる。


「お前みたいなヤツがッ!」


 びっくりした。


 いつものらりくらりの省エネ・オッサンが声を荒げていた。


 ――が、本人も「らしくない」と思ったのだろう。


 深呼吸するように鼻から息を吐いた。


 ナナナはサイコパスか。


 私だって小悪党でサイコパスな自覚はある。


 だが、こいつは何なんだ?


 少なからずこいつの研究で助かっている人もいる。


 一億円を払ってワクチンを買った人間だ。


 じゃあ、善人なのか?


 こいつがワクチン大量生産しないことで、死んでいった人たちも大勢いる。


 じゃあ、悪人なのか?


 こいつは一体、何なんだ?


 分からないが、生理的な悪寒というか、耐え難い気持ち悪さが背筋を駆け上る。


 自問の答えを出す前に、ナナナが声のトーンを下げた。


「さ、おしゃべりはここまでです。踊ってください」


 ――と、ナナナの人差し指が動こうとした時、背後のドアが勢いよく開いた。


 ナナナが振り返ると、そこには――看護師や医師が立っていた。

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