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3.魔王討伐とその後

 勇者と魔法使いは魔王の城に入り、四天王を魔法使いが一人ずつ四肢を引きちぎって、勇者にとどめを刺させて、ついに魔王の玉座まで来ていた。

 魔王は勇者と魔法使いに引きつった笑いを浮かべて対峙している。


「お前たちがその幼さに似合わぬ猛者だということは聞いている。お前たちに世界の半分をやろう。だから、我らは手を組まぬか?」

「ふざけるな!」

「ふざけてなどおらぬ。よく考えてみるといい。人間たちは国王軍でも敵わなかった我ら魔王軍に、お前たち二人だけを送り込んできたのだぞ? 憤りを感じぬのか? 自分たちが捨て駒にされていることに」


 捨て駒になどされていない。


 そういい返したかったが、勇者は心当たりがありすぎてそれを口にできなかった。


 国王は聖なる剣が抜けた勇者に仲間も集めさせずに、剣術の稽古だけするように命じて、魔法使いがいなければ勇者一人で魔王討伐に行かせていただろう。

 これまでの戦いも、魔法使いの「魔法」(物理)がなければ勇者は生き延びていない。


 思わず黙り込んでしまった勇者に、魔王が甘く囁きかける。


「お前を人間の国の国王にしてやろう。お前ひとりに重責を背負わせた人間たちを好きにするといい」


 それに対して、魔法使いは一切動揺していなかった。


「あなた、喋りすぎです」

「は?」

「くらえ! まーほーう!」


 マジックポーチから取り出した分厚い魔法書を魔法使いが振りかぶる。魔法書を投げつけられて、魔法書の角が鼻にクリーンヒットした魔王が鼻血を出しながら鼻を押さえている。


「そっちの見目だけきれいな奴は、じゃじゃ馬のようだな。躾が必要だ」


 鼻を押さえながら近付いてくる魔王に魔法使いが杖を振り上げた。


「その杖、こん棒って言うんじゃない?」

「魔法石がはまっているので、杖です!」

「それじゃ、杖かな?」

「形はこん棒に似せてもらいましたが」

「やっぱりこん棒じゃないか!」

「いえ、魔法を使うので杖です」

「杖なのかなぁ?」


 和やかに勇者とやり取りをしながらも、魔法使いの杖が魔王を的確に殴りつける。

 魔王が「ぶひゃっ!」「ぐげっ!」などと悲鳴を上げつつ、ぼこぼこになっていくのを勇者は一周回って冷静になって見詰めていた。


「なんなんだ、こいつは! はかなげな姿で、殴ってくるとは! お前、武闘家か!」

「いえ、魔法使いです。ちゃんと『まーほーう!』と詠唱しているではないですか」

「それ、詠唱だったの!?」


 驚愕する魔王の側頭部を杖で殴る魔法使いに、魔王が吹っ飛んで壁にめり込む。

 魔法使いの腕力は見るたびに強くなっている気がする。


「まーほーう!」

「もう、それはいい!」


 突っ込みを入れつつ、床を這いずって魔法使いの杖から逃れた魔王の横に杖が当たり、床が砕ける。


「わ、分かった! 和平を結ぼう! 我は今後人間の国を侵略せぬ! 人間の国も魔王の国に不可侵ということでどうだ?」


 魔法使いの「魔法」(物理)にそれだけ命の危機を覚えたのであろう魔王が必死に魔法使いに言うのに、魔法使いはその美しい顔でにっこりと微笑んだ。


「魔王の言うことなど信じられると思いますか?」

「それならば、お前が誓約の魔法をかければいいだろう? 一度誓ったことは絶対に破れない、破れば命を失う魔法だ!」

「そういうのはちょっと、苦手なので」

「それならば、どんな魔法ならば得意なのだ?」

「それは、あなたの体に刻んであげましょうね」

「ひぃ!?」


 魔法使いの手が無造作に魔王の右手首を掴んだ。そのまま腕を引くと、ぶちぶちという生々しく筋肉が引き千切れる音と共に血しぶきが上がって、魔王の右手が引きちぎられる。


「ひぃ!? こいつは、ひとの心がないのか!?」

「いや、あなた、魔王ですし」

「助けてくれ! この通りだ! 右腕を失っては我もこれから悪さはできない! 勇者よ、この武闘家を……」

「魔法使いです。左腕も千切っとくかな?」

「ぎゃああ!? 止めてくれ!」


 命乞いする魔王が若干哀れにも思えてきたので、勇者は魔王と交渉することにした。


「おれは、誓約の魔法を使える。誓約の魔法で魔王を縛ろう」

「お前の方が使えるのか!?」

「一応、魔法騎士なんで」


 魔法使いではなく勇者の方が魔法が得意ということに魔王の突込みが入るが、勇者は構わず誓約の魔法を展開させた。


「今後、魔王は人間の国を侵略しないこと。魔王の国との国境にある森の魔物を全て引き上げさせて、国から出さないこと。誓うか?」

「ち、誓う! 誓うから、助けてくれ!」


 右腕は引きちぎられて大量の血を流し、左腕も狙われている魔王は床に這いつくばって誓約の魔法を受け入れた。


 誓いの証として、まだびくびくと動いている魔王の右腕は勇者と魔法使いの手によって持ち帰られることになった。


 魔王に誓約の魔法をかけて、魔王の右腕を持って国王の前に出ると、国王は勇者を褒めるどころか、魔王の右腕を封印させて、勇者と魔法使いを投獄してしまった。


「魔王を討伐せよとわたしは命じたのだ! 魔王を生かして帰ってくるなど言語道断! 現在の勇者が死ねば、聖なる剣は新しい勇者を選ぶだろう。その勇者はもう用済みだ」


 九歳のときに聖なる剣を抜いてしまってから、勇者はその責務に必死に耐えてきた。魔王討伐でほとんど魔法使いに頼ってしまったが、それでも勇気を振り絞って魔王の国まで行ったのには違いない。

 聖なる剣も奪われて、地下牢に閉じ込められた勇者は魔法使いの前で涙を零した。


「せっかく助けてくれたのに、こんなことになってしまって……」

「あなたのせいではありません。全ては国王のせい」


 凛として答える魔法使いだが、牢獄には魔法を使えないようにする魔法がかかっていて、魔法使いも逃げ出せる方法がないように思えた。


「あなただけでも逃がしたかった……。おれのせいですまない」


 涙を零して謝罪する勇者に、魔法使いはその美しい顔でにっこりと微笑んだ。


「本当のことを言うときが来たようですね」

「本当のこと?」

「わたしが魔法使いだというのは、偽りだったのです」


 白状する魔法使いに、勇者は目を丸くする。


「魔法だと思わせていたのは、実は全てわたしの腕力だったのです!」

「知ってた!」


 その細い腕からどうやって腕力が出るのかは分からなかったが、魔法使いの「まーほーう!」が実は魔法ではなかったことなど、勇者はとっくの昔に知っていた。


「知っていたのですか。わたしは魔法学校で魔法の才能がないと言われて、必死に腕力を鍛えていたのです」

「うん! なんとなく分かってた!」


 そのことも勇者は知っていたが、魔法使いが魔法だと言い張るのでそのままにしてきた。


「つまり、この牢の柵など、わたしにかかれば、この通り!」


 もう魔法使いは「まーほーう!」などというごまかしは使わなかった。牢の柵を掴むと、簡単にそれがへし折れて曲がる。

 柵を壊して牢から出た魔法使いと勇者に、見張りの兵士が取り押さえようとしてくるが、それも魔法使いによって軽々と投げ飛ばされた。


「行きましょう」


 手を差し伸べられて、勇者は魔法使いの手を取る。

 魔法使いは全ての護衛の兵士を投げ飛ばして、昏倒させて、国王の間まで来ていた。


「わたしの大事な弟分を殺そうと言ったことを後悔させてあげます」


 国王を玉座から引きずり下ろし、髪を掴んで引きずる魔法使いに、国王が命乞いをする。


「撤回する! そなたたちには望むものをくれてやる! なんでも言うことを聞く! だから城から出ていけ! 自由にしてやる!」


 ぶちぶちと髪が抜けて頭皮が寂しくなっていく国王に、魔法使いは勇者の顔を見た。


「だ、そうですよ。どうしますか?」

「身勝手な貴様のような王がいるから、おれたちみたいに苦労するものがいるんだ! 退位して、まともな後継者に王位を譲れ!」

「そ、そんな……」

「なんでも言うことを聞くと言ったじゃないか!」


 勇者が詰め寄ると、国王は顔を青くしている。その髪の毛を魔法使いが掴んで、ぶちぶちと頭皮から抜いている。


「わ、分かった……言う通りにする」

「おれたちのことは自由にして、二度と命令をするな!」

「それも誓おう!」


 国王にも誓約の魔法をかけた勇者は、魔法使いと共に故郷の町に帰った。

 故郷の町では勇者と魔法使いの帰りを祝って、祭りが開かれていた。


「わたしが魔法を使えないことは内密にしてください」

「いや、普通に武闘家になればいいと思うんだけど……」

「魔法使いと名乗っておきながら、魔法が使えなかったなんて、恥ずかしいじゃないですか」


 恥ずかしいどころか、魔王の右腕を引きちぎるようなことができるのは魔法使いだけなので、誇ってもいいはずなのに、魔法使いは妙なところをこだわっていた。


「分かったよ。これからも、あなたは『まーほーう!』と言い続ければいい」

「ありがとうございます」


 魔法使いの魔法(物理)を認めた勇者に、魔法使いは美しく花の咲きこぼれるような笑顔を向けた。


 その後、魔法使いは魔法(物理)の師としてこの世界に広く名を知らしめて行くのだった。

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