勇者と魔法使いの旅は続く。
魔王を倒すまで。
「そもそも、聖なる剣が抜けたからと言って、年端も行かない子どもに魔王を倒して来いなんて、国王も無茶苦茶なんですよ」
夜には魔物が活発になるので、戦いに明け暮れて、眠るのは朝方になる。一日の疲れを癒すためにも、食事と睡眠は欠かせなかった。
魔法使いが石を組んでかまどを作り、マジックポーチから食材や鍋を取り出す。かまどにその辺で拾って来た木の枝を入れて火をつけると、魔法使いが手際よく干し肉と野菜でスープを作ってくれて、保存用のパンも切ってくれた。
疲れ切っていたので喋る気力もなくもそもそと食べていると、魔法使いが使った鍋を魔法で洗浄してマジックポーチに戻していた。
魔王の国は近付いてきている。
魔物の放つ瘴気で川の水も汚染されて使えないし、森の植物も汚染されているので食べることができない。
魔物を食べるだなんてとても無理だったので、食事は魔法使いが準備しているマジックポーチの中のものに頼ることになる。
スープとパンを食べ終わると、うとうとと眠気が襲って来て倒れそうになった勇者を、魔法使いが火のそばで休ませてくれる。
「わたしが見張りをしますから、あなたが先に休んでください。あなたが起きたら、わたしが休みましょう」
「いつもごめん……」
「いいんですよ。わたしはあなたより年上なんですからね!」
一つしか変わらないのだが、幼いころから魔法使いは勇者の世話を焼いてくれていた。五歳のときに両親を亡くした勇者は、故郷の町で魔法使いの家に引き取られて育てられた。魔法使いと勇者は兄弟のようなもので、一番仲がいい親友だった。
眠っている間、勇者は夢を見ていた。
あれは勇者が九歳のころ。
選ばれたものしか抜けないという聖なる剣が町の外れの祠にあるという話を聞いて、子どもたちだけで見に行ったときのこと。本来は入ってはいけない祠の中になぜか子どもたちは入ることができた。
祠の中で岩に突き刺さっている剣を見たとき、勇者はそれに触ってはいけないと強く思った。その剣が怖かったのだ。
それでも子どもたちは興味津々で剣に触り、抜こうとした。
剣は全く抜けず、勇者の番になった。
「やめておきましょう。ここに入るのも禁じられているのですよ」
年長の魔法使いが止めるが、勇者は子どもたちに囃し立てられて、恐怖におののきながらその剣に触ってしまった。
その瞬間、光がほとばしり、岩は真っ二つに割れて剣が抜けた。
「おれが、勇者……!?」
勇者は魔王を倒さなければいけない。
これまで大量の国王軍が魔王の国に攻め入って命を落としていた。
魔王は勇者にしか倒せないので、国王は血眼になって勇者を探していた。
「勇者になんてなりたくない! 魔王と戦ったら死んでしまう!」
恐怖に震える九歳の勇者を魔法使いは涙を拭ってくれて、力強く声をかけた。
「わたしが一緒です。わたしはあなたの兄のようなものなのですから」
弟を死なせはしません。
さすがに九歳の勇者を即座に魔王討伐に行かせることはなかったが、国王は勇者に剣技を磨いて魔王討伐をすることを命じた。
魔法使いは勇者のために魔法学校へ入学するために王都に行ってしまった。
離れていた六年間で、魔法使いは元々とてもはかなげで美しいと言われていたが、さらに美しくなって帰ってきた。
勇者は剣術の才能を見いだせず、なんとか魔法騎士として剣技を磨いたが、それも中の下くらいの実力しかなかった。
自分は魔王の元に辿り着く前に死ぬのだ。
勇者はそのことに怯えて生きていた。
「まーほーうー!」
魔法使いの勇ましい声で目を覚ますと、勇者と魔法使いを見つけて襲って来た蛸のような魔物が魔法使いに絡み付いていた。絡み付く蛸のような魔物の腕を引きちぎり、胴体に杖で殴り掛かる魔法使い。
「起きましたか! とどめをお願いします!」
腕を全部引きちぎられて、胴体だけでうごめいている蛸のような魔物に、勇者は剣を突き刺してとどめを刺した。
「いつもおれにとどめをって言うけど、自分でできるんじゃないか?」
「できませんよ。魔物は聖なる剣でなければ完全に命を奪えないのですよ」
「え!? そうなのか!?」
「聖なる剣を使えば完全に命を消滅させることができますが、それ以外の方法だと、少しずつ回復していって元に戻るのです」
そんなことも知らなかった自分が恥ずかしくなっていると、魔法使いはマジックポーチから毛布を取り出して火のそばで横になった。
「今度はわたしが眠らせてもらいますから、見張りは頼みましたよ」
「お、おう!」
剣の腕は才能がなく、魔法剣士としても中の下。それでも聖なる剣に選ばれたというだけで勇者は魔王を倒しに行かなければいけなかった。
「おれより、こいつの方が強いんじゃないか……?」
魔法使いが聖なる剣を抜いていたら、もっと強い勇者になったのではないかという疑問が胸にわいてきて、勇者はそれを振り払った。
夜になると明かりを灯す魔法を使って、勇者と魔法使いは人間の国と魔王の国との国境を超える。
ここから先はさらに魔物の数が増えて来るだろう。
「まーほーう!」
巨大な黒い熊のような魔物に襲われたときから、魔法使いは積極的に彼の言う「魔法」を使うようになっていた。
分厚い魔法書を投げてぶつける。
こん棒のような杖で殴りつける。
挙句、素手で魔物の四肢を引きちぎる。
「それ、絶対魔法じゃないよな?」
「ちゃんと詠唱して、魔法具を使っているではないですか」
「素手で引きちぎってるのは?」
「気のせいです!」
「き、気のせいかー」
とてもそうは思えないのだが、正直魔法使いがいなければ勇者は全く進むことができないし、魔物にも勝てない。魔物にとどめを刺すことはできても、勇者はそこに至るまでのダメージを与えることができずにいた。
「詠唱がいつも『まーほーう!』なのはなんでだ?」
「詠唱は気合が入ればどんな言葉でも構わないのです!」
「そうか? これが魔法なのか?」
「はい! 魔法なのです!」
本人も「物理」と言っていたが、魔法であるということは譲らない。
どう考えても魔法ではなく物理攻撃なのだが、魔法使いの細い腕からこの腕力が出ているということ自体勇者には信じがたかった。
「肉体強化の魔法とか使ってるんだな」
そういって自分を納得させようとする勇者だったが、魔法使いはその点については全く無言を貫いていた。
「シンニュウシャ、コロス! キレイナノ、オカス!」
弓と剣で武装したオークの群れが勇者と魔法使いに襲い掛かる。
降り注ぐ弓矢を魔法使いは素手で掴み取り、折って投げ捨てる。
「それも魔法?」
「防御魔法です!」
堂々と言われて、勇者は何も言えなくなってしまう。
「キレイナノ、ワタセ! オマエ、ミノガシテヤル!」
きれいなのとは魔法使いのことだろう。魔法使いを渡せば勇者は見逃してくれるとオークは主張している。
そのきれいなのが一番怖いんだけどなぁ。
勇者が何も言えずにいると、魔法使いが前に躍り出た。
「わたしに相手をさせたいものは、前に出なさい!」
群がってくるオークを千切っては投げ千切っては投げ、魔法使いはオークの群れを全員昏倒させる。
「とどめをお願いします」
「あ、はい」
見ているだけで終わってしまった。
実は勇者の力など必要ないのではないか。
そう思いながら勇者は一匹ずつオークにとどめを刺していった。
オークの群れを倒すと、魔王の国の城が見えて来る。
あの城に魔王はいるはずなのだ。
ついに魔王との対決が迫っていた。