勇者と魔法使いは幼馴染だった。
勇者が幼くして聖なる剣を抜いてしまって、勇者となったとき、魔法使いは親友だった勇者のために魔法学校に入学することを決めた。
「絶対に強くなって帰ってきます。共に魔王を倒しましょう」
「おれも強くなるよ。お前が帰ってくるのを待ってる!」
握手をし、魔法使いを送り出した勇者は、剣術の師匠について剣技を鍛えた。聖なる剣に選ばれた勇者という地位はとても重かったが、魔法使いも頑張っているのだと思って必死に剣を振り、強くなろうとした。
しかし、勇者は剣の才能があまりなかった。
「あれが本当に聖なる剣に選ばれた勇者なのか」
「もうよろけている。おれでも倒せそうだ」
嘲笑の中、剣技を磨こうとしたが、どうしてもうまくいかない。
落ち込んでいるときに魔法使いからの手紙が届く。
『魔法とは難しいものです。学園での学習はわたしにはあまり合っていないような気がします。独自に生み出した魔法を極めて、そちらに帰りたいと思います』
魔法使いも壁にぶち当たっているようだ。
自分ばかりがへこんでいてはいけない。
勇者は自らを鼓舞して聖なる剣を扱ったが、やはりあまり才能がない。
剣の師匠からは剣技だけを続けることに疑問を持たれた。
「もしかすると、お前が向いているのは魔法剣士かもしれない。魔法を使って剣に加護を付与するのだ」
「魔法剣士ですか? 誰に師事すればいいのでしょう?」
困惑する勇者に剣の師匠は一人の魔法剣士を教えてくれた。
魔法剣士の師匠は勇者の故郷から離れた場所に住んでいたが、勇者が来ると歓迎してくれて魔法剣士としての戦い方を教えてくれた。
「聖なる剣に魔法をかけて使うのだ! 攻撃魔法や防御魔法の才能はないようだが、剣にかける付与魔法の才能はあるようだ」
聖なる剣に炎や氷や光の属性魔法をかけて戦えば、勇者はそれなりの戦力になれた。
魔法騎士の師匠の元で修行を続けること五年、魔法使いが魔法学校から卒業してきた。魔法学校の成績はいいものではなかったようだが、魔法使いなりに自分の戦い方を考えて戻ってきてくれたようだ。
「これから一緒に魔王を倒しに行きましょう」
「二人きりで大丈夫だろうか?」
「わたしとあなたなら無敵ですよ!」
根拠のない自信を口にする魔法使いに、それだけ魔法学校で自分なりの戦い方を極めてきたのだろうと勇者は理解し、魔法騎士の師匠に挨拶をして魔王退治に出かけることにした。
勇者十五歳、魔法使い十六歳のときだった。
魔王のいる国に近付くだけで魔物が増えて来る。最初は勇者が付与魔法をかけた剣で戦って、何とか勝てていたのだが、先に進むにつれて魔物も強くなってくる。
魔法使いは簡単な火を起こす魔法や、暗闇を照らす魔法しか使っていなかった。
やはり魔法使いは戦いに向いていないのだろうか。
勇者の脳裏に別れを告げたときの魔法騎士の師匠の言葉が蘇る。
「彼は魔法使いなのか? 攻撃魔法にも回復魔法にも特化していないようだが」
そのときには幼馴染の魔法使いが魔法学校で学んできたことはそれだけではないと信じていた。
しかし、巨大な黒い毛皮の熊のような魔物に襲われて、必死に炎の付与魔法をかけた聖なる剣で戦う勇者に、魔法使いは後ろで防御の魔法をかけているだけである。防御の魔法のおかげで巨大な熊のような魔物の攻撃は当たらないのだが、勇者一人の攻撃では魔物を倒せそうにない。
苦戦していると、魔法使いが分厚い魔法書をマジックポーチから取り出した。
マジックポーチとは魔法で拡張されていて、重さや大きさを感じさせない上に中に入れたものはときまで止まっているという優れものだ。
ついに魔法使いが魔法を使うときが来たのだろうか。
魔法使いは分厚く重い魔法書を持ち上げて振りかぶった。
「まーほーうー!」
真っすぐに投げつけられた魔法書が巨大な熊のような魔物の顔にあたる。
「ぎゃん!?」
「くらえ、わたしの最強魔法!」
続いてさらに分厚く大きな魔法書を持った魔法使いがそれを投げつけると、魔法書が頭に当たった巨大な熊のような魔物は昏倒してしまう。
「ま、魔法……?」
「これがわたしの習得した魔法です!」
「どう見ても物理なんだけど!?」
「突っ込んでいる場合ですか! とどめを刺すのです!」
昏倒している巨大な熊のような魔物の頭を落としながら勇者は混乱していた。
「あいつ、魔法書、投げたよな? 魔法? あれが、魔法?」
魔法使いが火を起こす魔法で魔物を焼き払ってしまうと、勇者は魔法使いに問いかけた。
「あれは、魔法なのか?」
「魔法ですよ? 魔法書を使って詠唱していたではないですか」
「それなら魔法なのかな?」
「まぁ、投げつけましたけどね」
「それは魔法じゃないんじゃないか!?」
「でも、魔法とは詠唱と共に攻撃することではないのですか?」
「それなら魔法なんだろうか」
混乱する勇者に、魔法使いは自分の背丈くらいある立派な杖を構えて、「わたしは強くなったと言ったでしょう」と自慢げな顔をしていた。
それ以上突っ込むことができない勇者は、「そういうものなのか……?」と呟きつつ、旅を続けることになった。
続いて現れた巨大な烏のような魔物に対して、勇者は空から攻撃されて逃げられるので歯が立たなかったが、魔法使いは魔法書を構えてしっかりと狙い、投げ付けて撃ち落とした。
「まーほーうー!」
「それ、詠唱なのか!?」
「詠唱ですよ、立派な!」
もう突っ込むことしかできない勇者だったが、魔法使いは堂々と答えるのに、何も言えなくなってしまう。
何より、自分が聖なる剣に魔法をかけて戦うよりも、魔法使いが魔法書を投げ付けた方がダメージを与えているのは確かなのだ。
じっと魔法使いの姿を見る。
簡素なローブの下に細い体を隠し、儚げな美貌とまで言われた魔法使い。
その腕は細く、とても魔法書を投げる力があるとは思えない。
それなのに、空を飛んで攻撃してくる烏に似た魔物にまで、正確に魔法使いは魔法書をぶつけるのだ。
「それ、本当に魔法か?」
「魔法ですよ。何を疑っているんですか」
「魔法っていったら炎や氷で攻撃したり、壁を作ったりするものじゃないのか?」
「固定観念に囚われすぎです。わたしは魔法学校で学んだのです! 真実の魔法とは物理であると!」
「物理なんじゃないかよー!」
魔法ではない。
それは物理攻撃だと指摘する勇者に、魔法使いは「それで勝てるのだから何か悪いですか?」と開き直っていた。
そのとき、魔王軍の中でも知能が高そうな羽の生えた漆黒の悪魔が勇者と魔法使いを襲って来た。羽根の生えた悪魔は上空から勇者と魔法使いに槍を降らせて来る。
鋭い槍が降ってくるのに備えて勇者が聖なる剣に炎の魔法を宿して槍を弾こうとした瞬間、魔法使いが叫んだ。
「まーほーうー!」
魔法使いの叫び声と共に、魔法使いはものすごい速さで槍を空中で掴み、全部へし折っていく。その素早さと腕力は、魔法騎士として五年間修業した勇者を超えていた。
「ちっ! これが効かないとなると……」
「まーほーうー!」
「ぎゃん!?」
その上、魔法使いは落ちていた魔法書を拾い上げて悪魔に投げ付けたのだ。かなり上空にいたにもかかわらず魔法書が顔面にクリーンヒットした悪魔はふらふらと空から落ちて来る。
「とどめを刺すのです!」
「お、おう!」
実は自分は何もやっていないんじゃないだろうか。
そんなことを思いながら勇者は悪魔の胸に聖なる剣を突き刺してとどめを刺した。
霧となって消えていく悪魔に息を吐いていると、魔法使いは投げた魔法書を拾い上げてマジックポーチの中に納めている。
「やっぱり、それ、魔法じゃ……」
「魔法です」
「あ、はい」
もう何も言えなくなってしまった勇者だった。