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襲撃

「ラウダ、君は殿下の所へ」


 盾を構えたまま、ヘクトは簡単に指示を出す。


「一人じゃヤバいだろ」

「ハービと一緒に殿下を守るんだ。君の一番重要な任務はそれだろう?」

「……あいよ。死なないでくれよ」


 ラウダが瞬間移動で姿を消した。それと時を同じくして、共和国軍が駆けつける。一斉に銃撃が行われるが、脳幹を撃ち抜かれて猶、男は平然と立っていた。数秒もすれば傷は元通り。


「水を差すな」


 無数のエネルギー弾が兵士たちの急所を正確に貫く。


「兵士の方々、ここは私が抑えます。皆さんは陛下や首相閣下の護衛を!」


 宮殿に戻っていく彼らを守るように、ヘクトは男に向かう。シールドで殴りかかった──と見せかけて、視界を塞いだ瞬間に剣を一閃。しかし、相手は瞬間移動で彼の背後に回っていた。


「滅却砲」


 直撃を背中に受けるも、鎧を貫通はしない。だが、その衝撃は確実に彼の体力を削っていた。


「ヘクト、俺と来い」


 前触れのない勧誘。鈍い痛みに襲われながら彼は、やはり盾を構えていた。


「王国を倒そう。悪いようにはしない」

「貴様は……帝国の手先か」

「そうだ。皇帝陛下は、魔王を宿した王子を擁する国を容認しない」

「待て、何故知っている……?」


 魔王の件は、親衛隊にすら周知されていない事実。国の僅かな高官と、ルイに関る人物のみに知られている。


「お前の思うほど、王国は盤石ではない。既に、中枢へ帝国の人間が入り込んでいる」


 間諜が存在する可能性については、常に意識していた。四番隊──秘密警察の任を受け持つ存在がそういった者たちを取り締まっていることも。だが、事態は彼の考える以上に深刻であるようだった。


「王国はバタィーヤを喪った。国土すら守れぬ国に、なぜ尽くす?」

「どんな者にも失敗はある。一度や二度の過ちで見限るほど、器の狭い男ではない!」


 それを聞けば、金仮面は腹を抱えて笑い出した。


「器! 器か! ならば俺は余程狭量な男だな!」


 しかし攻撃を仕掛ける隙はない。


「面白いものを聞かせてもらった礼だ。よく刻み付けろ」


 男は徐ろに仮面を外す。


「──」


 静かに名乗られた名前と、傷だらけの顔。金色の髪と同じ色の目。それが誰なのか、ヘクトは知っていた。





 少し前。ルイとハービは、国王を囲んで魔物を切り裂き、焼き、祓っていた。


「なんでここに魔物が出るんだ!」


 洗礼を受けた魔術師が、蒼い炎で魔物を焼き払う。王都セツラカカーヤと同じように、ソウリオには結界が張られている。故に、通常、都市の中心部に魔物が侵入することはない。つまり、内側から生じたか、誰かが手引きをしたか。


「ひとまず地下通路に向かいましょう。港に通じています」


 魔術師の一言を受けて、一同頷く。


「いやー、そういうわけにはいかないヨ」


 狼然とした魔物の群れの向こう側、褐色の顔の半分だけを白い仮面で覆った男。上裸で、鍛え抜かれた肉体を誇示していた。


「ヘーネフルドにはここで死んでもらうヨ」


 筋肉を見せつけるようなポーズをとりながら男は言う。


「ボクはデル。まあ、カンタンに言えば魔物使いかナ。魔王様から魔を生み出す権能を与えられた、賢者の人形だヨ」


 群狼を連れ、デルと名乗った彼は少しずつ一団に歩み寄る。だが、その前にルイが立った。


「王子直々に相手してもらえるんダ。いいネ。ぐちゃぐちゃにしてあげル」


 一斉に飛び掛かった狼たちを障壁で止め、ルイが狙うのは本丸。こいつを殺せば全て瓦解する──


「──とでも、思ってル? 馬鹿だなア、ボクを殺せバ、制御を喪った魔物が暴走するのニ」


 ブラフか、否か。脚が止まる。魔物が来る。焼く。


「ま、何でもいいカ。一発、デカいのあげるヨ」


 デルが右手を上に向けると、カロスが操るような巨大な龍の頭が現れる。


「いってらっしゃイ」


 噛みついてきたそれを障壁で受けようとするが、容易く壁は破られ、ルイは左脇腹を食い千切られる。倒れた彼の腹部が狼の牙に裂かれ、腸を引っ張り出される。


「さア、出してヨ。キミが宿ス、その力をサ」


 痛みに堪えながら、彼は唯々念じている。


(やめろ、出るな、ここで出れば、僕は、父さんは!)


 自分が死ぬより、国の立ち位置が危うくなることの方がよっぽど問題だ。


「ルイは捨て置く。急ぎましょう」


 そう言ってヘーネフルドは息子に背を向けた。


「しかし──」

「ここで死ぬなら、その程度の息子だったというだけです。我々は勇者の末裔。相応しくない者に、未来など必要ないのです」


 それが何よりの恩情であることを、ルイは知っていた。蹲った姿勢からどうにか首を回して、一行が曲がり角の向こうに行ったことを確かめる。ふっと、体の力を抜く。意識が溶ける。


「利用されるのは気に食わんが……いいだろう、貴様に死なれては困る」


 肉体の主導権は魔王に渡る。剣を投げ捨て、魂に刻まれた肉体のイデアに従って肉体を修復。


「さて、賢者の人形だったか。貴様らはなんだ? 同族の匂いがすることはわかる」


 彼が冷たく問えば、デルはその場に跪いた。


「端的に申しますと、王子を刺激し、あなた様を引き出させることが目的の集団でございます」

「そうか。そのために器を殺しかける、と」

「左様です」


 魔王は相手を見下したまま鼻で笑った。


「下らんな。この餓鬼が死ねば俺も死ぬのだぞ」

「死に瀕して魂が弱まれば、自然と表出すると、主人は見ております」


 淡々と語るその頭を蹴り、倒れたデルの脇腹を踏みつける。


「なんでもいいが、俺が一方的に痛みを味わうのは納得がいかん。貴様も苦しめ」


 魔王は指先に赤黒い炎を生み出し、デルの左腹を燃やした。


「立て。少し体を動かすのに付き合え」


 炎が渦巻く腹を抱えて立ち上がったデルの頬に、百パーセントの威力の拳が入る。奥歯が砕けて飛び散る。


「まだ、まだだ!」


 顔を打つ、連撃。殴る場所がなくなった頃に、鳩尾に蹴りを叩き込む。蹌踉とした彼の頭を掴み、投げ飛ばす。瞬間移動で追い付いて、床に叩きつけた。


「……流石です。我が魔王」


 酷い火傷の残った左腹を押さえつつ、デルはふらつく足で体を起こした。


「耐久力はそこそこか」


 彼の肉体は黒い炎に焼かれた箇所以外は再生が終わっていた。


「ヘー何とかを殺すつもりなど、兎の毛ほどもなかったのだろう? 回りくどいことをする」

「今、あなた様の存在が知れれば、王国は処刑に動きかねませんから」

「確かに、ソウとかいう奴に出られては今の俺では勝てんからな。貴様の言うことも尤もだ」


 顎を撫でる魔王は、再び首を垂れたデルの頭に足を乗せた。


「……気分が変わった。ここで殺す」


 足をどけた彼が首筋に触れれば、相手の肉体が、一瞬にして、赤を中心として黒が広がっている色合いの炎に包まれる。


「なぜ……なぜですか! オは殺さなかったというのに!」


 絞り出された叫び。


「言ったろう。気分が変わったと。俺は殺したい時に、殺したいように殺す。それだけだ」


 燃え盛るデルの頭を掴んで笑ったと思えば、魔王は、一気に首を捩じ切った。


 数分もすれば、肉体は消え去り、楕円形の小さな赤い石だけが残った。


「ほう、赤輝石を核とする魔術生命体か……なるほど、あの再生能力はこれの恩恵ということか。俺の身であれば飲んでしまいたいが……この餓鬼は恐らく耐えられんな」


 それを握り締め、黒い炎で焼き尽くす。十数秒で赤輝石も消滅した。残された魔物は灰となって消えた。


「あなた、誰?」


 背後から声。ハービが戻ってきていたのだ。


「ルイじゃない。誰なの?」


 拳銃を握った手は震えている。


「俺か? 魔王だ。久しいなあ、その臭い!」

「え──」


 困惑する暇もなく、彼女の顔面に拳が飛ぶ。だが、当たることはなかった。


「わりい、遅れた」


 ラウダだ。ラウダが、障壁を間に入れたのだ。


「なんだ、貴様か。帰れ。殺す価値もない」

「ハービ、陛下の所に。ルイのことは秘密な」

「おおラウダ、無理はしちゃいかんぞ」


 高い男声が聞こえてきた。


「ニタさん!」


 瓢箪から直に酒を飲み、空になったそれを右腰に戻す。赤ら顔には、鋭利な残酷さが宿った瞳が輝いていた。


「さて、魔王。わいはニタ・イズモ。ソウと同じ特一級じゃ。それでも、わいと戦うか?」


 彼は刀の鯉口を切り、腰を落とした。全く動じない体幹。しかと鞘を掴むその左手。彼が纏う空気は、多くの死線を潜り抜けた手練れのものだった。


「……なるほど。お前となら楽しめそうだ」


 魔王が握りこぶしを作る。まだ、これからだ。

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