目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
少しずつ

「どうだい、賢者の人形たち」


 脳に埋め込んだ魔導具で部下たちと通信をする、異常なまでにやせ細った女。重いカーテンの隙間から、陽が差し込んでくる。


「こちらオ。ルイは国外に出たようだ。追うべきか」

「ん~……今回の会談は、皇帝が暗殺者を仕向けてるけど、そうだね。一人くらいは向かっていいかもしれない。瞬間移動の魔力消費は大きいからね、事前に乗り込んでおくんだ」


 女はシルクのベッドに裸のまま腰掛ける。


「それと、王子の動向は勝手に耳に入ってくるから、逐一連絡しなくていいよ。便利だねえ、司教って立場は」


 カーテンを魔術で開いて、首から下に毛のない裸体に陽光を浴びせる。


「さて、今日も最高の一日を始めようかね」


 指を鳴らせば、彼女の肉体は一瞬にして変容し、若干太り気味な中年男性へと早変わりした。サイドテーブルに置かれたオレンジのモノクルを取る。今の名は、オブヤ。本当の名は、最早忘れた。





 艦隊は、バサール共和国首都、ソウリオ南東部の軍港に入った。国防の要であるそこには、セリストラより巨大な、四十センチ三連装砲を五基搭載した超大型戦艦が停泊していた。


 遠くには乾ドックで整備を受ける軍艦が何隻か。質、量、共に最強と呼ばれる海軍の巨大さというものを、マゼクルーダ人たちは見せつけられていた。


「すっげ~」


 甲板から身を乗り出してその威容を認めたラウダが声を漏らす。白亜の灯台は今は静かだが、夜になればどれほどの光を発するのか、と思わせる。


「ラウダ! もうすぐ降りるよ!」


 ルイに呼ばれて、彼は駆けだした。


 甲板から地面へと延びる舷梯を下り、石畳の港へ。迎えの演奏はない。だが、首相が出てきてヘーネフルドと握手した。


「実りあるお話をしましょう」


 そう言った、肩幅の広い軍人然とした首相の名は、イーヤブ・カマ。


「期待しています」


 ヘーネフルドも、言葉には気を付けていた。ニコリ、笑い掛けたイーヤブは、次にベルグリーズ、その更に次にルイの手を取った。そのルイは、彼から何らかの警戒心のようなものを感じ取った。


「一つ、よろしいですか」


 ルイが言う。


「軍の方、だったのですか?」

「ええ。父が独立戦争で武勲を立てましてね。当たり前のように軍に入りましたよ」


 それだけの問答を終えて、彼はにこやかに一行を車へと案内する。後部座席の長い高級車だ。それの三台を幾つものサイドカーが囲う形で、首都を移動した。


「ルイ殿下は、我が国の歴史についてどの程度ご存知ですか?」


 車中、王と王太子に挟まれ、ルイは首相にそう問われた。護衛は別の車にいる。


「今年、ヤルメスク帝国から独立して五十年の節目と聞きました」

「その通りです。我々は、帝国から五年に渡る戦争を戦い抜き、五十年前、一八六二年に独立を成し遂げたのです。勿論、マゼクルーダ王国からの支援がなければ実現し得ないことでした。本当に感謝しています」


 軽く頭を下げたイーヤブに、王族も会釈で返した。


「さて、皆様にはこのソウリオを紹介したいのですが、よろしいですか?」


 予め予定に組み込まれているものだ。飽くまで儀礼的な確認に過ぎない。


「ええ、是非」


 ヘーネフルドの声は、国にいるより随分と柔らかいそれだった。


「あちらの灯台は、独立戦争に勝利したことを記念して、ロテルトオーデから送られたものです。戦争で潰されてしまいましたから」


 ロテルトオーデとは、大陸北西に位置する同名の島にある国家だ。しかし、その島の南半分は帝国に占領されている。


「彼の国も帝国に苦しめられています……どうにか、手助けをしたいものです」

「そこで、首相。我々はバタィーヤの奪還を志しております。その時、同時に攻撃を仕掛けるのはどうでしょうか」


 国王の提案に、首相は少し間を置いて答える。


「そういったことは、明日の会談で改めて話しましょう」


 苦笑い気味な、軍部出身の政治家の顔。血の気が多いわけではない、とヘーネフルドは受け取った。


 路面鉄道の走る、煉瓦の街を連れ回されて、数時間。夕暮れの街で、ルイたち一行は迎賓館に招かれた。その三階にある部屋に、彼は友人を招いていた。


「首相って、どんな方だった?」


 ハービが茶を飲みながら問う。小さな円いテーブルを囲んでいた。


「なんか……普通の人だったな。軍人なんだろうけど、多分そんなに実戦を知らない。僕が言えたことじゃないけどね」

「ま、俺は色んなところ行けたから何でもいいけどな。ノブルへのお土産も買えたし」

「僕の護衛ってこと忘れてない?」

「そう心配すんなって」


 笑うラウダに、一抹の不安を覚える王子。


「でもよ、鉄道乗ってみたかったぜ。帝国譲りの魔導機関……王国にも持ってこれねえもんかね」

「都市間の列車はあるでしょう?」

「街中にだよ」

乗合自動車バスの話は聞いたな。でも、バタィーヤがなくなってウァーウ石の供給が追い付かないって」


 やはりバタィーヤ。ラウダの表情に雲がかかる。


「……明日の会談で、父さんは帝国と西と東、両方から攻める話をするつもりなんだ。もしかしたら、目途が立つかもしれない」

「いいのかよ、話して」

「ラウダならいいよ、責任は取るつもり」

「私もいるんだけど?」

「ハービも大丈夫だって思ってる」


 ルイは拳をテーブルの真ん中に向かって突き出す。


「何があっても、僕らは友達だ」

「何よ、急に」


 唐突な宣誓に彼女は笑って応じながら、拳をぶつける。


「俺もだ。何があったって守ってやる」

「お互いにね」


 確かに、確かに紲がそこにあることを確かめ合っても、この先、それだけでやっていけるわけでもなかった。





 首都に入る、一人の男の姿。王族を迎えたその街には厳重な警備体制が敷かれ、そこに繋がる道路には検問所が設置されていた。


「名前は?」


 警察官が問う。


「イータニ」

「目的は?」

「親戚に会いに来た」

「住民登録証」


 イータニと名乗ったその男は、フードを深く被っていた。その肩に下げられた鞄から一枚のカードを取り出し、手渡す。


「顔見せて」


 顔には幾つもの傷。金色の瞳、金色の髪。写真通りではあった。


「金属探知機かけるよ」


 警察は腰に掛けていた、円形のパーツが伸びる棒をイータニの体に当てる。魔術によって金属を探し出すそれは、胸の辺りで警報音を鳴らした。


「……時計ですよ」


 彼はカバーに入った懐中時計を取り出して、見せた。それ以外に反応はなかった。


「……通ってよし」


 彼は迷いない足取りで街灯に照らされた道を歩き、灰色の壁に赤い瓦のアパートの一室に入る。扉の鍵を閉めたことを確認し、そして、ベッドに腰掛けて鞄から小型の無線機を取り出した。


「こちらイータニ。王都に侵入した」

「了解。事前に渡した資料をよく確認されたし」


 鞄から色々と書き込まれた地図を取り出す。既に頭に叩き込んだものを、もう一度刻み付けているのだ。


「……ソウはいないんだな?」

「今のところは」


 ソウの瞬間移動は大陸全土を射程に捉えている。戦闘を考慮しない片道移動という条件はあるが。


「しかし、ヘクトが確認されています」

「あいつは俺を殺せない」


 その確信が、彼にはある。


「後は任せてくれ。ヘーネフルドは、確実に殺す」





「ソウさん、聞こえていますか」


 数時間後、王都から離れた、夜の廃村でのこと。彼は体高八メートル近い人型の魔物を前にしていた。


「うん、ちょうど遭遇した」

「あなたが頼りです。私たちの攻撃はまるで通りません。村は既に誰も住んでいないので自由にやってください」


 話す相手はカロス。小型の魔導通信機を耳にかけていた。


「コーヒー一杯、奢ってくれるよね?」

「……全く。何杯でも奢りますよ」


 本来カロスとジュールが相手にする予定だったが、特一級クラスの実力がなければ対処できない、と上層部が判断したことでソウの出番となった。二人が廃村に誘導し、結界を張って閉じ込めたのだ。


「じゃ、手早く終わらせようかな」


 彼は右掌を魔物に向ける。赤黒い体表から炎を吹き出しているそれは、叫びながら体当たりを仕掛けた。


「魔力放出、プラス蒼い炎! 滅却砲めっきゃくほう・蒼!」


 その開いた所に魔力が集まり、蒼い魔力の奔流が放たれる。


 ソウの得意とする魔術は、魔力の放出。汚染されていない純粋な魔力砲のようなものだ。その面積当たりのエネルギーは、帝国が運用する戦略魔力砲のそれを凌ぐ。


 彼が歩く戦略兵器と呼ばれる所以はそこにある。蒼い力を伴ったビームは魔物を消滅させ、その背後にあった幽霊屋敷も、荒れ果てた畑も消し去った。


「……人がいるな」

「あり得ません。その村は十五年前に人口が──」

「いるんだよ。大方肝試しに来たんだろう……出ておいで!」


 その深みのある声が響けば、ガタリ、後方から物音がした。廃墟から現れたのは、若い男女。


「逢瀬の途中にごめんね~」


 軽い口調と共に瞬間移動で距離を詰める。


「どこから来たんだい?」

「と、隣の村から……」


 腰を落とし、怯える二人と目を合わせる。


「カロス、この二人送って帰るよ」

「わかりました──いや、待ってください。その隣の村というところから通報が……」

「へえ。いいよ、そっちも終わらせる」

「……くれぐれも、村に被害を出さないでくださいね」


 ソウは男女を連れて村に移動。月に照らされたそこでは、先程倒したのと似たような、巨人の魔物が道の真ん中で寝ていた。灯りを消した家々から、彼はひしひしと視線を感じる。


「動かないでね。一発で終わらせるから」


 その右手に、エネルギーの塊が生まれる。


「一級三人で釣り合う、ってところかな。ま、余裕だ」


 手の上の球体に、蒼い炎の聖なる力だけを抽出して乗せる。次の瞬間には、彼は魔物の頭上に浮いていた。


滅却丸めっきゃくがん・蒼!」


 頭に叩きつけられた、蒼い破壊的エネルギーの集合体。体表を削り、内臓を抉り、腐臭を放つ体液をまき散らす。悲鳴が上がることすらなく、それは祓われた。


「はい、終わり」


 手についた僅かな液体を払い落とし、ソウは口にする。


「んじゃ、諸々の後処理よろしくね~」


 次いで、瞬間移動。王都に帰還したのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?