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まずは話でも

 魔族。それは、かつて魔王が使役したという知性ある魔物。主から直々に力を授かり、黒い炎によって多くの魂を焼き尽くした。その殆どは、人類と魔王との戦い、魔王戦役の中で滅されたとされる。


 しかし、違った。人に擬態することを覚えた魔族は巧妙に姿を隠し、二千年、雌伏の時を過ごしていた……。





 原因不明の火事が、八件。暖房器具が扱われるわけでもない時期で、たったの二日の間に起こったことだ。そのどの現場にも、内臓を取り出された焼死体が伴っている。


「あのオってやつなのかな」


 ソウからその話を聞いたルイが、答えた。


「そうだね。僕はそう思ってる」

「オって誰だよ」


 同席していたラウダの問いかけにハービも頷く。


「この間、ルイがカロスたちと任務に当たったのは知ってると思う。その時出会った……賢者の人形と名乗る存在がオだ。全然情報はないんだけどね。再生能力と黒い炎を扱う能力を持ってた」

「黒い炎……まさか!」


 彼女が声を上げる。


「そう、そのまさかの可能性がある」

「んあ? 先生、置いてかないでくれよ」

「魔族の生き残り、ということだよ、ラウダ」

「二千年もジッとしてるもんかね、魔族ってのは」


 親衛隊本部の隅にある、小さな部屋での会話だ。小学校の教室のような場所だった。十五個ほどの木の机と、同じ色の椅子が並び、一段高い教卓は黒板を背後にしていた。そこに、ソウは立っている。


「わからない。だが、魔王の心臓が盗まれたのは君たちも知っているだろう? それに呼応したんじゃ、って上層部は推測してるけど……ま、そこはどうでもいいことだ」

「どうでもいい、って……」


 言葉を漏らしたハービに、彼は微笑みかけた。


「まず、賢者の人形が本当に魔族であった場合。これなら話は単純だ。魔王戦役の御伽噺のように、蒼い炎で焼いてしまえばいい。どこに潜伏していたかってのは調べないといけないけど。そして、そうでなかった場合。これについては厄介だ。そもそもどうやって力を得たのかがわからないと、抜本的な対処ができない」

「誰かが魔族に準ずる存在を作り出しているかもしれない、ということですね?」

「うん。その誰かを特定しない限り、いつかは魔王のような存在が生み出される可能性だってある。可及的速やかに……って言葉は嫌いだけど、そうしなきゃいけないかもね」


 白墨を取った彼は何やら描き出す。


「具体的にどう戦うか。幸い君たちはみんな蒼い炎が使えるからダメージを与えることはできるだろうけど、四級三人でどうにかできる相手でもない」


 白いチョークが作るのは、男性の顔。


「いや、三級だな」

「え?」


 小さな声を聞き逃さず、ルイが言った。


「君たちの三級への昇級が決まった。ま、これはちょっと事情があるんだけど。それに……」


 描き上がったのは、眼鏡を探すカロスの絵。やたらと上手いな、と三人は同じような感想を抱いた。


「いつまでも一級にお守りをさせるわけにもいかない。とっとと独り立ちさせたいのさ」


 ちょうどそのタイミングで、硝子の嵌め込まれた引き戸が開かれた。


「呼ばれたから来てみれば……」


 カロスだった。


「消してください、今すぐに」


 額に青筋を浮かべながらソウに近づいた彼だったが、空しく一つ上の同期は瞬間移動で姿を消す。


「恐らく、三級に昇格したことを通達されたと思いますが」


 描かれた絵を消しながら彼は話し出す。


「当分単独任務はないでしょう。ソウさんが動くことは早々ないかもしれませんが、ヘクトさんが同行する可能性はあります。彼は好人物だ。少し敬虔すぎるところはありますが、頼りになります」


 やたら濃く描かれていたために、中々消えない。


「本来半年近くかかる昇級がこうして極めて短期間になったのは、ルイくんのメンツの問題です。あまり自惚れないように」

「メンツ?」


 ラウダが訊いた。


「近々、ルイくんは第三王子としてバサール共和国との会談に同席するのです。その彼が、単独任務の許されない最下級隊員というのは恰好がつかない。それだけです」

「言えよ~」

「その会談に当たって、君たち二人も同行してもらいます。主にルイくんの警護任務です」

「他にはどなたが来るのですか?」


 ハービの丁寧な言葉を評価したのか、カロスは僅かに口角を上げた。


「ヘクトさんが同行します。共和国は教会と王国に接近する方向性で政治を行っている……教会騎士が来るというのも都合がいいのです」

「賢者の人形ってやつらは……」

「三級に任せられる仕事ではありません。存分に共和国を観光してきてください」


 十分ほど格闘して絵画が消え去った黒板を背に、彼は若人たちを見回す。


「これを言うのは私だけではないでしょうが、君たちが国の代表であることを努々忘れないように。ヘクトさんの言うことによく従ってくださいね」

「うす」

「ラウダくん、返事は『はい』か『いいえ』か『了解』です。『うす』なんて返事は相応しくありませんよ」


 家庭教師か、と言い返したくなったがそれは状況を悪化するだけだと判断して、ラウダは


「はい」


 とだけ返した。


「ハービくんについては心配いらないでしょう。ヘクトさんは教会騎士らしく礼節を重んじる方ですから」


 居心地の悪さを感じながら、彼は何も言わず次の言葉を待つ。


「ルイくん。私から告げることでもないですが、君の立ち振る舞いが何より重要です。君が失礼なことをするとは思いませんが、よく気を付けるように」

「はい、承知しています」


 マントについた粉を払うカロスを見ながら、ルイは自分がどうあれば良いのか考えていた。何であれ、このマントと銀時計らしくあらねばならない。


「出立は七日後。ヤルメスクとの衝突を避けるため、かなり南を通る航路で移動します。全く、本来これはソウさんの役回りのはずだというのに……」


 最後のブツブツとした呟きが三人の耳に入ることはなかった。


「本当に慎重な行動を心がけてください。いいですね? 特にラウダくん」

「へい」

「『へい』ではなく『はい』」

「……はい」


 不服さを噛み締めながら、ラウダはそう返答した。


「伝達事項は以上です。質問は?」


 ハービが律義に手を挙げた。


「どうぞ」

「どうして一週間前の通達なのですか? もっと前もって伝えるべきことなのでは、と僭越ながら申し上げます」

「かなりセンシティブな内容を扱いますから、ギリギリまで公にしたくないのです。三級には殆ど情報は開示されない、というだけですよ」

「でもよ」

「『ですが』」


 苦い顔をしたラウダ。


「……ですが、ルイは最初から知ってたんですよね? なら、俺たちに開示したって変わらないじゃないですか」

「ルイくんは今日までそのことを秘密にしていましたよ」


 更に苦い顔をするラウダ。最早まともな人間の形相ではなかった。


「まあ、帝国の情報部も会談が行われる程度の情報は掴んでいるでしょう。日時と場所まではともかく。その上で、我々は飽くまで機密であることを前提として行動する。簡単なことではないですか?」


 そんなこともわからないのかこのアンポンタン──なんてそのレンズの向こうにある瞳が言っているように見えて、彼はついつい睨み返していた。


「君たちは有望な隊員です。こんな任務で失っていい存在ではない。生きて帰るように」


 最後の最後で優しくされて、彼はカロスが出て行ったことにも気付かなかった。


「じゃ、ちゃんと制服持ってきてね」


 それを追うように立ったルイの一言に、残る二人は頷いた。まだ、平和は続いているように思えていた。しかし……。

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