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魔王とシ

「その程度か、親衛隊!」


 メイスの一撃を仰け反って躱し、オは炎の矢を飛ばす。カロスが間に入り、障壁で防いだ。


「カロス、背後に回る。引き付けて」

「了解」


 その直後、ジュールは瞬間移動。オの後ろに立ち、頭に向かって得物を振る。同時に、カロスも剣を振り抜き、胴体を真っ二つに切り裂いた。


 しかし、オは死ななかった。地面に落ちた腹から首までの部分が、下半身と頭部を再生させ、数秒間で元通り。


「再生能力……それは多くの人間が欲しても得られない力。一体どうやって身につけたのです?」


 カロスが眼鏡を上げながら問う。


「知りたければ俺を捕らえて解剖でも何でもするがいい。できるとは思わんがな」


 オは足を大きく広げ、少し低い体勢をとる。


燼界焔陣じんかいえんじん


 その足元から半径二メートルほどの、炎で構築された魔法陣が現れる。


(恐らく足を止めることを条件とする魔術! 動けない!)


 素早く悟ったジュールは相方と目を合わせ、突撃した。誘われている──それはわかっていた。だが、仕掛けなければ勝機はない。円に触れた瞬間、噴き上がった赤い炎が二人を襲う。


 その中で、蒼が輝く。燃えるメイスが胸骨を砕き、輝く刃が左腕を落とす。その時、オは僅かに笑っていた。


 鈍器に運ばれて、彼の体は下水の中を転がっていった。


「よくやるな」


 指を鳴らした彼の右手に、ナイフが現れる。その光る刀身は、真っ直ぐにジュールを睨んでいた。


(武器の召喚……こうも簡単にやられるとはね)


 何かを呼び寄せる召喚魔術は、移動させる距離の二乗に比例して魔力の消費量が増える。それを当然のように行える魔力量に、彼女は苦笑いするしかなかった。


 さて、先程蒼い炎で焼いたはずの部位は、既に再生を始めている。汗を滴らせる二人は、それを拭って戦い方を考えていた。


「俺はまだ産まれたばかりでな」


 銀色の刀身を、黒い炎が覆っていく。


「こういう形でしか灼滅の炎を扱えん。だが、充分か」


 嗤笑を浮かべる彼に、対峙する三人は唾を呑んだ。


「黒い炎……キミ、何者?」

「言ったろう。俺について知りたいのなら捕まえればいいとな」


 カロスとジュールの服は燃えていない。難燃性の繊維で出来ているからだ。


 いつ動かれてもいいように、二人は踵を浮かせて待つ。そして、来る。防御の構えを取った彼らの間を通り抜け、オはルイに走った。


「殿下、逃げ──」


 瞬間移動も、発動まで一瞬のラグがある。障壁もそうだ。腕を前に突き出した彼の腹に、黒炎を纏った短い刀身が刺さる。痛みと熱さに顔を歪めた彼をそのまま押し倒し、オは次に喉を刺す。


 沈み込む、ルイの意識。真っ赤な血が流れだして、汚水に混じる。その中で、彼は霧を前にしていた。


「下らんな」


 くぐもった声が聞こえてくる。


「お前は……」


 気が付けば彼は黒雲の垂れ込める湖畔に立っている。声の主は湖の上に漂う霧の向こうにいるようだった。


「だが、死なれても困る。暫くは器が必要だからな」


 霧の中に巨大な赤い目が浮かび上がる。そこから黒い触手が伸びる。


「死ぬな、小僧」


 ドクン、彼の心臓が一際強く脈を打つ。と同時に、左手がオの首を絞める。


「貴様、どういう了見で俺を殺そうとする」


 起き上がったルイには傷がなく、そして、どす黒いオーラが伴っていた。


「俺は王だぞ。この世の全てを支配する、王だ!」


 首を掴んだ手から炎が噴出する。赤い核に黒いものが纏わりついたような色をしていた。オはその左手首を切断して難を逃れるも、すぐさま再生した左手から放たれた炎の球を躱しきれず、脇腹に大きな火傷を負った。


 直後。瞬時に踏み込んだ魔王に、彼は右腕を引き千切られた。剣ではなく、素手だ。再生が始まらない。


(やはり魔王! このまま引き出せば!)


 首を狙った炎を纏う手刀をスレスレの所で避けて、距離を置く。それでも追い付かれる。炎の刃で左脚を切断され、仰向けに倒れた彼の首が掴まれ、そのまま持ち上げられる。


「なにゆえ、剣を使われない」

「ん? ああ、アレは勇者の持っていたものと同じような金属でできている。俺には持てん」


 そのまま骨を圧し折ろうとした魔王だが、そこであることに気づき、指を開いた。


「そうかそうか……まだ殺さん」


 尻餅をついた彼に背を向けて、少年の肉体は大きく伸びをする。


「消えろ、俺の気が変わらんうちにな」


 オは姿を消す。親衛隊と同じ瞬間移動だ。


「キミ、誰?」


 ジュールが問う。


「殿下じゃないよね」

「……魔王ザォフ。お前たちが二千年前にひーこら言って封印した、最強の魔術師だ」


 彼女はメイスに蒼い炎を纏わせ、カロスと並ぶ。彼もまた、同じ色の炎で包まれた剣を握っていた。


「今なら見逃す。これは警告だ。お前らには勝てん」


 魔王は左の指で相手を差し、右を引く、矢を番えるような構えを取る。


「焔矢」


 放たれた赤黒い炎の大矢は、二人分の出力で展開された障壁を焼き尽くした。


「ふむ、貫通まではしないか。まあ仕方ないな。この小僧の魔力出力を広げることがまずは優先事項か……」


 顎を触って思案する所に、メイス。その頭を握った魔王は、勢いのままにジュールを投げた。隙をつこうとしたカロスには回し蹴り。肋骨を折った。


「凡庸な人間ほど死にたがる。無理だ、お前たちに俺は殺せん」

「凡庸? こちとら一級なんだけど?」


 ヘドロの中で立ち上がり、ジュールは言葉を放つ。


「一級が何なのかは知らんが、そうも下水に濡れる者が強いわけなかろう」


 彼女は口の中に入った汚水を吐く。


「精々勇者の成り損ないだ。お前のような者を殺した所で何にもならん」

「はい、そこまで」


 カツンという足音と共に、深い声が響いた。


「ここからは僕が相手をする」


 現れたのは、ソウ。帽子を投げ捨て、銀色のオールバックが露わになる。


「……名乗れ」


 そう言った魔王は、口角を歪に上げていた。


「ソウ・ブルガザル。親衛隊最強の男だよ」

「楽しみ──」


 歓迎の一言を発しようとした彼は、顔にめり込んだ拳の一撃で数メートル吹き飛ばされた。泥濘の下に足をつけたタイミングで、更なる打撃。研ぎ澄まされた技巧だとか、狙い澄ました攻撃だとか、そういうものではなかった。ただ強い。人が生身で熊に勝てぬように、今の魔王とソウの間には根本的な馬力の差があった。


「人間か⁉ 貴様!」


 数発の打撃は内臓を悉く潰し、そしてそれらは悉く再生された。


「よく言われるよ。酷いよねえ、こんなイケメンなのに」


 そう言って髪を触ったソウは、挑発の仕草をする。


「……分が悪いな」


 魔王は一つ息を吐く。


「次会うときは殺す」

「はいはい、さっさと引っ込みなって」


 薄っぺらい笑顔を浮かべるソウの前に、王子が帰ってくる。


「……ジュールさん、カロスさん、すみません」


 ルイは深々と頭を下げた。


「怪我は?」


 ソウが問う。


「どこも痛くないですけど……先生も、ごめんなさい。手間をかけさせてしまって……」

「いーのっ。教え子のためなら命なんて軽いからさ」


 彼は弟子をひょいと担ぎ上げる。


「ソウさん、何が起こったのか、説明していただけますか」


 脇の辺りを押さえるカロスの冷たい視線が、彼の背中に刺さる。


「魔王を身に宿してるんだよ、ルイ王子殿下は」

「なっ……!」


 銀色眼鏡の男は言葉に詰まった。


「で? 何で生かしておいてるわけ?」

「利用価値があると陛下は判断なさった。僕らはその宸意に従うまでだよ」


 一級二人は顔を見合わせる。


「……陛下のご判断であるならば、了承するよりありません。ただ、宸儀に何かがあってからでは遅いとも思っています。それについては、どうするつもりですか」

「僕がいる」


 カロスの溜息。


「それにね、魔王としてもルイが殺されれば消えてしまうことをわかっているはずだ。つまり、僕がその気になればいつでも殺せるってなれば……表立って動くことはないよ」


 それでも疑いの目は払拭できなかった。


「僕を信じてよ」

「全く貴方はいけしゃあしゃあと……」

「それとも、僕と戦う?」

「カロス、やめとこう。多分これ以上の会話は無駄」


 ジュールが力なく首を横に振る。


「そいつには何を言っても効かない。それはよく知ってるでしょ?」

「さっすが姉さん。そういうわけで、上に色々話つけてくるよ。後始末はよろしく~」


 瞬間移動で消えたソウ。残された二人は嫌悪感を隠さなかった。


「ソウさん、身体強化だけで魔王を制止しましたね」

「うん。敵じゃなくてよかった……」


 戦場に残ったのは、血の混じった汚水。

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