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少年の凱旋

「陛下、やはり、王子とはいえ、親衛隊に魔王の器を入れるというのは……」


 第三王子とその友人たちが出払っている中開かれた晩餐会で、禿げ頭の側近が言った。


「制御できれば大きな戦力となる。バタィーヤの奪還も、現実味を帯びてくるだろう」


 マゼクルーダ王国国王、ヘーネフルド・ゲースヒャガニ。金色の髪は短く切り揃えられ、同じ色の瞳は集まった臣下を冷静に睥睨していた。


「無論、ソウには監視を厳にするよう伝えている。何かあっても、彼奴なら魔王を焼き払えるだろう」


 羊のモモ肉のローストを切り、口に運ぶ。その服は蒼を基調として銀色の細かな刺繍が入っているスーツだ。


 ヘーネフルド国王は五十九歳。若き頃は剣王と呼ばれるほどに戦争を繰り返し、王国の版図を大きく広げた。西の帝国に対しては強硬姿勢を崩さなかったため、それを敵視する上流階級からは支持を集めたが、戦争で疲弊してしまった中流以下からは反発がある。


「そのソウ、現在は王都にいるようですが」


 軽薄そうな声音を出したのは、ベルグリーズ・ゲースヒャガニ王太子。整髪料で撫でつけた髪型をしていた。


「彼奴は知覚と認識を研究している……他人の視覚に入り込むことができると聞く。加えて、この国のどこへでも瞬間移動が可能。何かあれば駆けつけるだろう」


 白いクロスが開かれたテーブルを囲んでいるのは、王と王太子を含めて十人ほど。中には親衛隊の制服を着た者もいる。親衛隊総長、ヴンダ・ハッヂだ。


「ルイ王子はまだ十八歳であらせられます。最前線に投入するというのは……」


 ヴンダは憂慮を隠さずに言った。


「何も今日明日の話ではない。時間をかけて強くすればいい」


 葡萄酒を呷った王の目は、冷たく彼を射抜く。


「十八。立派な大人だ。普通の軍人であれば前線に配備される年齢だ。高貴さには義務が伴うと、それだけの話だとなぜわからん」


 重苦しい口調でヘーネフルドは言い放つ。臣下たちは顔を見合わせた。


「万が一のことが起これば──」

「起こったならば、その程度の男だったということだ。我らは勇者の末裔。戦士として相応しくあらねばならない」


 その一言発することにも相応のエネルギーを求めてくる空気の中で、一人の女が静かに話し出した。


「陛下、教会はなんと?」


 ソルド・キョ宰相だ。


「その点については、わたくしから」


 会場の扉を開いて現れたのは、少し太った中年男性。蒼地に銀の刺繍が入っているローブを纏っていた。左目にはオレンジのモノクル。


「オブヤ司教、ご足労頂くとは」


 王がそう言って立ち上がり、一礼すると皆それに倣った。


「お座りになってください……教会は、これを好機と見ています」

「好機?」


 ソルドは要領を得ない、と声音に出して言った。


「このままルイ王子が寿命を迎えれば……完全なる魔王の消滅が実現されます。今まで誰も破壊できなかった魔王の心臓──つまり、魂の在処を維持したまま薨御された場合、その魂も滅されるのでは、と考えているのです。王子が取り込んだのは第一の心臓。三つある中で最も重要な臓器ですから」

「戦死した場合も?」

「……そうなりますね」


 出席者たちが囁き合う。


「何も、今すぐ処刑しようとは考えておりません。しかし、魔王に意識が完全に飲み込まれた際には……」


 裁判を待たない死刑。誰も、それは理解していた。


「お食事中にこうも快くないことを話してしまい、申し訳ございません。ですが、教会としては王子が無事に成長され、王国を牽引なさっていくことを、心からお祈り申し上げております」


 深く頭を下げ、オブヤは去った。それからの晩餐会は、静かなものだった。





「おっかえり~」


 昼。眩しく輝く太陽の光が、石畳に残った雨に反射している。そんな中で、第一城壁エリアの門でソウが三人を待っていた。門の横には赤に黒のラインが入り、彼と同じマントを着用した男が二人立っていた。


「中々大変だったみたいだね」

「ま、余裕余裕。とは言っても、止めを刺したのはルイだけどよ。俺も蒼い炎の力使えるようになりてえよ」

「なら、ヴセールの洗礼を受けなければいけないね。ちょうどオブヤ司教が来ている。僕から話をしておこうか?」


 拳を握って喜んでいるラウダを置いて、ルイとハービは王城に入った。


「あなたの剣って、聖合金で出来てるの?」


 城門を抜けた所で、彼女が問うた。


「正確には、聖蒼合金。蒼い炎の力を閉じ込めた金属を使ってるんだ。君は蒼い炎使えるから、いらないかもしれないけど」


 五分ほど歩いて、交差点。


「それじゃ、私は官舎だから」


 別れた後、ラウダも後を追うように走っていた。


「あれ、ラウダだ」


 目の前で二人が別々の道を進んだタイミングで、大きな胸をぶら下げた少女に話しかけられた。


「……ノブルじゃねえか。卒業できたか?」


 彼女はデニムのパンツに、白い半袖のシャツを着ていた。


「主席とはいかなかったけどね」


 ノブル・カラム。この春、士官学校の医科を修了した新米軍医である。そんな彼女はラウダの手を取り、道端のベンチに並んで腰かけた。真っ青な空には鳥が舞い、石造りの街の上で自由を謳歌していた。


「そっちも初任務だって聞いたよ。どうだった?」

「魔物をバッタバッタと斬り倒してやったぜ。ま、蒼い炎は使えないから、最後はルイとハービに頼るしかなかったんだけどよ」

「怪我してない?」

「無傷無傷。障壁があればどんな攻撃も効かねえよ」


 破顔しながらそう言う相手に、彼女は幾ばくかの心配を込めた視線を向けた。


「何かあったらすぐ治すから。ちゃんと相談してね?」

「ないない。やばくなったら先生来るだろうし、お前の世話になるこたぁないよ」


 彼は顔の前で手を振って言った。


「帝国との関係だって落ち着いてきてる。戦争も当分起きねえさ」


 帝国とは、西の隣国ヤルメスク帝国を指す。国土を急速に拡張させた王国と国境が接して以来、小競り合いが頻発している。その結果が、バタィーヤ戦役だ。


「ホントは起こってほしいんでしょ」


 暫し、ラウダは沈黙した。二十秒ほどそうしてから、慎重に言葉を選び出した。


「……とっとと取り戻してしまいたい、とは思ってる。でもよ、今無理に攻め込んだって汚染されたままだ。それを何とかできないなら……意味がねえよ」


 彼らの前にある邸宅に、龍の紋章。ヴセールという、創世の蒼き龍だ。その隣には家紋のレリーフもある。そういう装飾が過多な街で、二人は静かに時間を共有した。


「それに、本当に戦争になった時、俺はまだ前線には行けない。親衛隊ってのは人間兵器みたいなもんだ。先生みたいに馬鹿みたいな出力の魔法が扱えるわけじゃないからさ、多分後方部隊の護衛しか出来ねえよ」


 綺麗な身なりをした子供が数人、道を駆け抜けていく。


「親衛隊って、ずっと陛下の傍にいるわけじゃないんだね」

「四つ部隊がある。何でも屋の『華の一番隊』、王宮の警護を担当している『風の二番隊』、王都の治安維持を受け持ってる『月の三番隊』、詳細不明の『雪の四番隊』。でも、どれも必要があれば色んな所に派遣されるんだ。要は、優秀な魔術師を確保して、いつでも柔軟に運用しようってことだな」

「じゃ、ラウダもその優秀な魔術師ってわけだ」


 魔術を扱うには『魔力を流す』という特別な才能が必要になる。脳の構造が特殊だとか魔力を伝達する精神回路があるだとか、色々と説はあるが、確実なのは、その才能を持っている人間は需要に対して圧倒的に供給が足りないこと。親衛隊という通常の軍隊の枠組みから外れた国王直属の部隊を創設したのも、魔術師の中でも優れた、所謂天才たちを一元的に管理しようという思惑があったからだ。


「親衛隊って不思議だよね、学校があるわけじゃないって」

「そりゃ、学校作ったって一年に教えるのが十人いないからな。自由に弟子取れるのも一級と特一級だけだし」


 親衛隊候補生となるには一級以上一名による推薦と、実技・面接試験を受けた上で評議会による審査を通る必要がある。その後、三年の修行と幾つかの派遣任務を経て、正式に親衛隊として認められるのだ。


 従って、門戸は狭い。


「でも、ラウダはその十人の一人になれたんだもんね。私、攻撃魔法は空っきりだからさ、羨ましいよ」

「お前には、後方にいてくれた方が安心できる。死んでほしくねえもん」


 ノブルは幼馴染の肩に頭を乗せる。


「生きてね」

「おうよ」


 バタィーヤの地獄を見た者同士の誓いだった。

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