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群狼と蒼炎

「こちらオ。王都に侵入した」


 マゼクルーダ王国王都、セツラカカーヤ。かつて魔王を打ち倒した勇者が、封印の地に選んだ場所だ。その名は古い言葉で『成し遂げた地』を意味する。


「仕事が早いねえ。んじゃ、王宮までのルートを確認しておいてくれ」


 オと名乗った金髪碧眼の彼は、何の機械も持たずに誰かと会話をしていた。その後ろには、六人の様々な容貌の男女。


「了解。活動開始は……」

「私は既に司教として安全な場所にいる。何も気にしなくていい」


 下水道を歩き、オは梯子に手をかける。


「王都をめちゃくちゃにするんだ。頼んだよ、賢者の人形たち」





 快晴。少年二人は王宮の一室で、師を待っていた。金で縁取られた蒼い布の椅子と、同じような色のカーテン。蒼は聖なる色とされているが故に、こうして多用される。


「どっちだと思う?」


 ルイは隣のラウダに向かって問う。


「どっちだろうなあ」


 聞かれた方は椅子の手摺に肘をつき、ぼんやりと窓を見ていた。もう一度問おうとした時、扉が勢い良く開いた。


「おっまたー!」


 ソウだ。二つの箱を脇に抱えている。


「それって!」

「もしかして!」

「そう! そのもしかだ!」


 部屋の隅にある机を引っ張ってきて、彼はそれらを置いた。


「君たちが三年間ずっと欲しかったものだ!」


 開かれた桐の箱には、黒地に赤い裏のマントと、二頭の龍がそれぞれ極めて複雑な魔法陣が刻まれた盾を持っているという紋章が刻まれた銀時計が、三セット収まっていた。


 余分なもう一つには眼もくれず、ラウダは銀時計を持ち上げ、ルイはマントを纏った。


「君たち、もっと冷静になりなよ」


 そう言うソウは、柔らかく微笑んでいた。


「……もう一人いる、ってこと?」


 ルイの質問に、彼は何度か頷いた。


「おいで!」


 呼ばれて来たのは、蒼い髪の少女。左腰には手斧が提げられている。服装は黒地に赤いラインだ。だが、下半身は膝上のスカート。そこから見える脚には、しっかりとした筋肉がついていた。


「ハービ・レドゥ。よろしくね」


 少し低めの、落ち着いた声。それに見合ったクールビューティーという印象を二人は受けた。


「ハービはヘクトの弟子でね。君たちの一つ下だけど、優秀だよ」

「ラウダ・ムールルだ、どうも」


 握手を求めた彼に、彼女は冷たい視線を送る。


「知ってるわ。何度も殿下を連れ出してるって」

「有名ってのは困るね」


 それを無視して、ハービはスカートの裾を少し持ち上げ、ルイに向かって一礼した。


「殿下とご一緒できること、光栄に存じます」

「いいよ、タメで。王族って言っても三番目なんだから」

「そういうわけには……」

「僕からも頼む。陛下もそう願っておられるしね」


 彼女は暫く逡巡した後、ゆっくりと口を開いた。


「よろしく、ルイ」


 強く握手を交わした。


「俺は?」


 疑問を呈したラウダは置き去りに、ソウが話を始める。


「これで、君たちは僕と対等だ。親衛隊に階級はないからね……等級はあるけど。まずは四級からスタートだ。少しずつキャリアアップしていこう」


 そして、彼は手を叩く。


「さて、初任務だ。とは言っても王都からは離れるんだけど──」





 三日後、曇り空の下、少年少女三人組は魔導トラックの荷台で揺られていた。マントで左半身──つまり拳銃以外の武器を隠している。


「全く、なんで親衛隊に入ってまずやることが補給部隊の護衛なのよ」

「いいじゃねえか。離れても安心ってことだろ」


 彼らの他に、ボルトアクションライフルで武装した男が数人、剣を握った中年の女が一人いた。


「若いのに大変だねえ」


 女がおっとりとした口調でハービに話しかけた。


「まあ、あなたたちが直接戦うことはないよ。実戦の空気を味わうだけでいい」

「アハハ……」


 ハービは笑ってごまかした。


「実戦なら経験してるよ。人だって斬った」


 ルイがきっぱりと言い切ると、少し空気が沈んだ。


「俺たち、西に向かってるんだよな」


 ラウダが重々しく口を開く。


「……そっか、バタィーヤか」


 バタィーヤ地方。重要な鉱産資源であるウァーウ石を巡った戦闘の結果西の隣国に占領された地域であり、彼の故郷だ。


「君もか。俺もだよ」


 銃を持つ男の内、一人が同調した。


「本当に酷い戦争だった……魔力で汚染されても、帝国は奴隷を使って採掘を続けてるんだとさ」


 ウァーウ石は魔力を蓄積できるため、様々な機械の動力源となっている。それら魔力によって駆動するものを纏めて魔導具と呼ぶ。十把一絡げにした雑な名称だが、広く普及していることは事実だ。


 しかし、一つ致命的な欠点を持つ。ウァーウ石に貯蓄された魔力は、僅かだが毒性を持つのだ。石を直接破壊する程度なら然したる問題にはならないが、大出力の魔力砲──魔力そのものを一定以上の出力のエネルギー兵器として運用したのであれば、環境汚染を齎す。


 それが、バタィーヤという山間の町を穢した。一般的な出力であれば三日もすれば汚染は解消されるが、その戦いで帝国は尋常ならざるパワーの兵器を運用した。


「そうか、坊やがラウダ・ムールルか。あのソウ・ブルガザルの弟子になったって聞いた時は、嬉しかったよ」


 ソウの等級は特一級。最強と呼ばれる四人のうちの一人だ。


「君は俺たちの希望だ。早死にしないでくれよ」


 照れくさくて、ラウダは後頭部を掻いた。返事をしようとした、その時。


「魔物だ!」


 声が届く。停止したトラックから飛び降りた彼らは、各々武器を手にする。森の中に切り拓かれた道での出来事だった。


 現れたのは、黒い狼のような魔物。後ろ足で地面を掘り、今にでも駆け出さんとしていた。事実、それが実行されるまではあまり時間がなかった。少年少女の前に歩兵が立ち銃弾を浴びせるも、前進を僅かに減速させる程度に留まる。


 彼らに襲い掛かった突進を止めたのはルイだった。青白い魔力の壁を生成したのだ。


 頭を打ってもんどり打ったその狼に、ラウダが雷の槍を飛ばす。頭蓋を貫かれた魔物にルイが剣を抜いて近づき、蒼い刃で一太刀浴びせた。するとそれは灰となって消えていく。彼の剣には、魔を祓う蒼い炎の力が封じ込められているのだ。


「……忘れていたよ」


 先程ラウダに声をかけた男が言った。


「親衛隊は障壁が使える。そのための銀時計だと」


 三人が受け取った銀時計に刻まれた魔法陣の一つは、魔力の壁を作り出す魔術だ。


「ありがとう。やはり、君たちがいなければ──」


 次の言葉はなかった。男の喉笛が、食われたのだ。


「まだいるぞ!」


 木々の陰から続々と狼めいた魔物が現れる。数にして十五体。群れだ。


「捌けると思うか?」

「やるしかないよ」


 背中を合わせて、少しの会話。


「ハービ! 魔術師と連携して! こっちは二人でやる!」


 ルイの提案に、彼女は頷く。女魔術師が蒼い炎を放って二体の狼を消滅させた。


 一方のルイは、狼に噛みつかれる直前姿を消し、その背後に現れた。勢いのまま剣を振り抜き、魔物に致命傷を与える。銀時計に刻まれたもう一つの魔法陣、瞬間移動だ。


 その視線は、女魔術師が脇腹を噛まれる瞬間を目撃した。着地、からの疾駆。不意を突かれて反応が遅れたハービの前で、狼の首を刎ねる。地面に足をつけるまでの隙を彼女がカバーし、すぐさま女の傷に手を翳した。回復魔術だ。


「血を止めただけです。到着したらちゃんとした治療を受けてください」


 彼女はそう言って次の狼に立ち向かった。手斧に蒼い炎を纏わせ、魔物を叩き切る。


 約十分。群れを完全に始末した。


「一件落着、だな」


 ラウダが額の汗を拭いながら言った。剣を納める。


「んじゃ、さくっと行って、とっとと帰りますか!」


 彼らが任務と弔いを終え、王城に戻ったのは、更に三日後のことだった。

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