無数に続く階段が一行を包み込むように広がっていた。それぞれの段差が不規則で、どこか意図的な作為を感じさせる。階段の途中には霧が漂い、上も下も全く見通せない。天井があるのかすら不明な空間に、冷たい静けさが漂っている。
ちはるは、薄暗い足元に注意を払いながら慎重に一段ずつ登っていた。その後ろを歩く杉太が、彼女の歩調に合わせて軽い調子で話しかける。
「なあ、こういう階段ってさ、だいたい途中でおかしなことが起きるんだよな。回り道させられたり、終わりが見えなかったり」
彼の声には冗談のような響きがあったが、ちはるは微かに眉をひそめた。
「そんなこと言わないでよ。なんだか、本当にそうなりそうで怖いんだから」
ちはるが振り返ると、杉太は肩をすくめた。
「おいおい、冗談半分だっての。……まあ、半分だけな」
その言葉に、ちはるは小さくため息をついた。
「そういうこと言ってると、後で本当に困った時に笑えなくなるよ?」
「お、それもそうだな。じゃあ、次は何か前向きなことでも言うか」
杉太がそう言いながら笑う。その軽口が少しだけ場の緊張を和らげているのを、ちはるは感じていた。
「静かにしろ。声が反響して、何が起こるかわからない」
千景が鋭い声で制した。その声に全員が息を飲み、一時的に足音以外の音が消えた。
「千景、慎重すぎるんじゃない?」
綺羅羅が少し笑いながら後ろから声をかける。その言葉には皮肉ではなく、彼を気遣う意図が滲んでいた。
「慎重すぎるくらいが丁度いい。この空間は、何が潜んでいてもおかしくない」
千景の返答は短く冷静だったが、その言葉に隠れた緊張がちはるにも伝わってきた。
「それでも、少しは気を抜く時間も必要じゃない? 全員が張り詰めてたら、かえって危険よ」
綺羅羅の言葉に、千景はほんのわずかだけ間を置いてから答えた。
「わかっている。ただし、今はその時ではない」
その言葉が硬い壁のように響き、会話は一旦途切れた。
階段を登り続けてどれだけ時間が経ったのか、誰にもわからなかった。霧が薄れるどころか、むしろ濃くなり始めている。ちはるはその中で、徐々に広がる違和感に気づいた。
「なんだか……周りの景色が変わってきてる?」
彼女が不安そうに呟くと、聖光がその言葉に応じた。
「確かに。階段の材質も変わってきているようだ」
彼の冷静な観察に全員が足を止め、周囲を見渡した。最初は石造りだった階段が、いつの間にか金属のような冷たさを帯びている。
「こういう変化がある時って、だいたい何かのサインよね」
綺羅羅が慎重に足元を見つめながら呟く。その声にちはるの不安がさらに膨らむ。
「サインって……良い方向のサインだといいけど」
「そうだな。……でも、良くない方に備えておくのが正解だろうな」
千景が短く言い放つ。その言葉が終わる前に、階段全体が突然震え始めた。
「!?」
ちはるは驚きとともに手すりを掴んだ。金属の冷たさが掌に食い込む感覚が、異様な現実感を伴っている。
「全員、しっかり掴まれ!」
千景の指示が響く中、階段が一気に傾き始めた。その動きは緩やかだが止まる気配はなく、彼らをどこか別の場所へと連れて行こうとしているようだった。
「まるで……流されてるみたい」
ちはるが震える声で言うと、杉太が苦笑しながら応じた。
「まったく、予想通りすぎて笑えるな。……って、笑えないか」
「冗談言ってる場合じゃない!」
ちはるが少し怒りを込めて返すが、その声には微かな笑いが混ざっていた。杉太の軽口が、どこかで彼女を安心させているのを自覚していたからだ。
階段が完全に水平になり、ようやく動きが止まる。全員が立ち上がり、互いの無事を確認し合う。
「これでまた新しい試練ってわけか……」
杉太が呟き、全員が慎重に前方を見つめた。そこには大きな扉が現れていた。扉には複雑な文様が刻まれ、薄暗い光がかすかに漏れている。
「ここから先が本番ってことみたいね」
綺羅羅が短く言い、その目にはいつもの冷静さが宿っていた。
ちはるは扉を見つめながら、胸の中で新たな決意を固めた。この試練を乗り越えるために、全員が一つに繋がる必要がある――それを強く感じていた。
「行こう、みんなで一緒に」
ちはるの言葉に全員が頷き、それぞれの足で扉の前へと進んでいった。