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第22章: 絆の試される時

霧が徐々に晴れていく中、一行は目指す建物へと向かって足を進めていた。その建物は先ほどの広場よりさらに大きく、不気味なほど静寂に包まれている。石造りの壁には時間の痕跡が刻まれ、苔むした模様が複雑に絡み合っていた。

ちはるは足元の小石を蹴りながら、重くなり始めた空気に気を取られていた。頭の中で先ほどの影の言葉がまだ反響している。

「大丈夫か?」

不意に千景の声が背後から聞こえ、ちはるは顔を上げた。彼の顔には普段通りの冷静な表情が浮かんでいたが、その目にはほんのわずかな気遣いが宿っていた。

「うん、大丈夫……ちょっと考え事してただけ」

ちはるが短く答えると、千景は少しだけ目を細めた。

「影のことか?」

「……そう。でも、もう平気。自分で乗り越えなきゃいけないことだから」

ちはるの言葉に、千景はしばらく黙って彼女を見つめていた。

「お前は強い。それだけは認める」

その一言にちはるは驚いて千景を見上げた。彼が人を褒めることは滅多にない。

「え……?」

「だが、それを忘れるな。影に打ち勝ったのは、お前自身の強さだ。誰かの助けではない」

千景の言葉に、ちはるの胸がじんと熱くなる。彼の不器用な励ましが、彼女にとって何よりも重みのあるものだった。

「ありがとう、千景」

ちはるが小さく微笑むと、彼は何も言わずに前を向いた。その横顔には、彼自身もどこか安心したような色が浮かんでいた。


「おいおい、二人だけで話してると仲間外れにされる気分だな」

杉太が後ろから声をかけ、軽く肩をすくめる。その声にちはるが振り返ると、彼の顔にはいつもの軽口を叩く笑みが浮かんでいた。

「そんなことないよ。ただ、千景が……少しだけ励ましてくれたの」

ちはるが言うと、杉太は大げさに目を見開いた。

「おっと、それは珍しいな。千景がそんな人間的なことをするなんてな」

彼の冗談に、ちはるが思わずくすりと笑う。そのやり取りを聞いていた綺羅羅が少しだけ首を傾げた。

「珍しいというか……意外とちはるには甘いのよ、千景って」

彼女の言葉に杉太が吹き出す。

「そりゃあ、そうだ。千景の冷たい態度も、ちはるには効き目がないからな」

「どういう意味?」

ちはるが首を傾げると、杉太は肩をすくめた。

「お前が真っ直ぐだからだよ。千景みたいに鋭い奴に、正面から向かっていけるのはお前くらいだ」

その言葉にちはるは少しだけ赤くなり、そっぽを向いた。

「そ、そんなことないよ……」

「いや、本当にそうだと思うわ」

綺羅羅が続ける。彼女の目には柔らかな光が宿っている。

「ちはるのそういうところが、私たちをここまで連れてきてくれたのかもね」

その言葉に、ちはるは思わず目を見開いた。

「私が……?」

「そう。少なくとも、あなたがいたからみんなバラバラにならずに済んでるのは確かよ」

綺羅羅の言葉にちはるの胸が温かくなる。それを見ていた杉太が小さく笑った。

「だからこそ、もっと自信を持てよな。お前は十分頼りになるんだから」

その軽い口調が、ちはるには不思議と心地よかった。


やがて、一行は建物の入口に到着した。巨大な扉が目の前に立ちはだかり、その表面には複雑な紋様が彫り込まれている。

「これが……次の場所か」

聖光が静かに呟く。その声には、これから待ち受けるものへの警戒が込められていた。

「開けるぞ。全員、備えろ」

千景が短く指示を出す。その声に、全員が緊張を高めた。

ちはるもまた、胸の中で自分を奮い立たせるように息を吸い込んだ。どんな試練が待っていようとも、仲間と共に乗り越える――そう信じて。

千景が扉に手をかけ、ゆっくりと押し開く音が静寂を裂いた。重い扉の奥から現れたのは、無限に続くように思える階段だった。そこに漂う空気は、これまでよりもさらに冷たく、彼らを引き返させようとするような重圧があった。

「ここから先は、もう後戻りはできないわね」

綺羅羅が低く呟く。その言葉に全員が頷き、互いに短く視線を交わした。

「行こう」

ちはるの短い言葉が空気を動かし、一行は再び足を進め始めた。次の試練が彼らを待っている。




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