静寂が戻った広場で、一行は短い休息を取るためその場に腰を下ろした。霧はわずかに晴れ、柔らかな光が影の試練を終えた彼らを優しく包み込む。だが、その場にはまだ何か不確かな気配が漂い、緊張を完全に解くことはできなかった。
ちはるは膝を抱え込みながら、視線を足元に落としていた。試練を越えたはずなのに、胸の中には小さな棘が残ったままだった。影が放った言葉が、彼女の心の奥深くに何かを刻みつけている。
「考え込むなよ、ちはる。さっきのはただの影だ。お前自身がそう思わなければ、それ以上の力なんて持たないんだから」
杉太が隣に腰を下ろし、軽い調子で声をかけた。その口調には優しさが込められている。
「わかってる。だけど……あの影の言葉が、私の本当の弱さを突いてきた気がして」
ちはるの声は小さく、どこか不安を隠しきれていなかった。その様子を見て、杉太が少し真剣な表情に変わる。
「それでも乗り越えただろ? お前はちゃんと自分を信じて前に進んだ。それで十分だ」
彼の言葉にちはるは少しだけ顔を上げた。杉太の視線はいつもより優しく、彼女を支えようとする意志が感じられた。
「……ありがとう、杉太」
ちはるの感謝の言葉に、杉太は軽く肩をすくめて笑った。
「感謝されるようなことはしてないさ。ただ、俺たちの誰かが立ち止まるのは嫌なんだよ」
少し離れた場所では、千景と綺羅羅が小声で言葉を交わしていた。千景は背筋を伸ばして立ち、広場の奥を見据えている。その目は相変わらず冷静で、だがその奥にわずかな疲労の色が浮かんでいた。
「無理しないでね、千景。あなたが倒れたら、みんな不安になるわ」
綺羅羅の言葉には冗談めいた響きがあったが、その目には本気の心配が映っている。
「俺が倒れることはない。気にするな」
千景が短く返す。その声にはどこか張り詰めたものが感じられた。
「それ、あなたらしい返事ね。でも……たまには自分のことも考えて」
綺羅羅が静かに言う。その言葉に千景は一瞬だけ目を細めた。
「俺が考えるべきことは、みんなを前に進ませる方法だ。それ以外は必要ない」
その断言に、綺羅羅は小さくため息をつく。
「そうやって全部を背負おうとするから、きっと疲れるのよ」
「疲れるのは構わない。それが俺の役割だ」
千景の言葉に、綺羅羅はもう何も言わなかった。ただ、彼の横顔を見つめるその目には、何かを悟ったような静かな光が宿っていた。
広場の中央に集まった彼らは、次に進む道を模索していた。霧が少しずつ薄れていく中で、遠くにまた別の建物が見え始めている。
「次も試練が待ってるのかな……」
ちはるが小さな声で呟く。その声に、千景が即座に答えた。
「可能性は高い。だが、進む以外の選択肢はない」
「ま、ここで立ち止まるわけにもいかないしな。行くしかないさ」
杉太が軽い口調で続けるが、その目は遠くの建物を真剣に見据えていた。
「みんな、無理しないでね。試練を乗り越えられるのは、私たちが一緒にいるからなんだから」
ちはるの言葉に、全員が静かに頷いた。その一瞬だけ、場の緊張がわずかに和らいだ。
彼らは再び歩き出す。足音が石畳に響き、それが少しずつ遠ざかっていく。広場に残ったのは、静寂と、彼らが越えた試練の余韻だけだった。