「……お前たちを……試す……」
低く掠れた声が静寂を裂いた瞬間、影の輪郭がさらに揺らぎ、空気が重く圧し掛かるように変化した。目に見えない緊張が、ちはるたちを包み込んだ。誰もが息を飲み、次に何が起こるのかを見極めようとしていた。
「試すって……何を?」
ちはるが震える声で問いかける。その言葉に、影が静かに動き始めた。その動きは滑らかで、人のような不規則さは感じられなかった。
「お前たちの……信頼……繋がり……」
影が紡ぐ言葉は途切れがちで、それでも意味は明確だった。全員が互いに短く視線を交わす。
「信頼って……それが何の試練になるの?」
杉太が疑問を口にする。その軽い口調には、微かな苛立ちと不安が滲んでいた。
「繋がりが壊れる時……その先に……」
影が続ける。その瞬間、周囲の空気がさらに冷たくなり、彼らの足元が不安定に揺れ始めた。
「何かが起きる……」
聖光が静かに呟く。その声が、ちはるの胸に新たな緊張を生み出した。
突然、空間が変わった。建物の内部が消え、彼らは見知らぬ広場に立っていた。周囲は霧に包まれ、遠くまで視界が届かない。地面はざらついた石畳で、不気味な静寂が広がっている。
「これは……何?」
ちはるが声を震わせる。その問いに、千景が冷静を装った声で答えた。
「幻影か……あるいは、ここ自体が別の場所だ」
「どっちにしても、不気味ね」
綺羅羅が静かに応じる。その言葉に、ちはるは心が少しだけ軽くなるのを感じた。彼女が冷静さを保っているのが頼もしかったからだ。
「これが試されるってことかよ……」
杉太が石畳を踏みしめながら周囲を見渡す。彼の目は鋭いが、その口調には微かに焦りが滲んでいた。
「何かが来る。全員、気をつけろ」
千景が短く指示を飛ばす。その声に全員が緊張を高めた。
その時、霧の中から人影が現れた。それは彼ら自身の姿を模しているかのようだった。同じ顔、同じ声――ただし、その瞳には冷たい光が宿っていた。
「これは……私?」
ちはるが目の前の影を見つめながら呟く。その影は彼女の声を真似して返す。
「そう、これはお前だ。だが、お前より強い。お前が躊躇する時、私は躊躇しない」
影の声は冷たく、ちはるの心に鋭い刃を突き立てるようだった。
「そんなこと……!」
反論しようとする彼女の声が震える。その様子を見ていた千景が前に進み出た。
「惑わされるな。影はお前たちを分断しようとしている」
その言葉にちはるは一瞬目を見開いた。そして、震えを抑えるように拳を握りしめた。
「私は……負けない。自分の弱さも、あなたの言葉も乗り越える」
ちはるが力強く言葉を放つと、彼女の影がわずかに揺らいだ。
「随分と熱いな、ちはる。俺も負けてられないか」
杉太が少しだけ笑いながら、自分の影に向き合う。その影は彼を冷たく見下ろしながら囁いた。
「お前はいつも軽口ばかりで、誰も本気で頼っていない」
その言葉に杉太はわずかに肩をすくめた。
「そうかもな。でも、それでみんなが少しでも楽になるなら、それでいいさ」
彼の言葉は軽かったが、その目には確かな強さが宿っていた。
千景は自分の影と向き合っていた。その影は冷たく、鋭い声で彼を非難する。
「お前は完璧を求めすぎている。そんなものは存在しないのに」
「わかっている。それでも、誰かがその役割を果たさなければならない」
千景の声は揺らがなかった。その返答に影が一瞬静止する。
「……それがお前の覚悟か」
影が小さく呟き、霧の中に溶けていく。その様子を見たちはるが静かに言った。
「……みんな、強いんだね」
「強いんじゃない。ただ、立ち止まらないだけだ」
千景が短く答え、その目は再び前を向いた。
全員が互いに視線を交わしながら、新たな一歩を踏み出した。試される絆――それを確かめるたびに、彼らは少しずつ強くなっていくのを感じていた。