翌朝、霧がわずかに薄れた中、一行は灯火に導かれるように歩き出していた。前方にはうっすらと広がる道が見えるが、それがどこへ続いているのかはわからない。静寂が深く漂う中、彼らの足音だけが響いていた。
ちはるは歩きながら、ふと隣に並ぶ杉太を見上げた。彼の表情にはいつもの軽さが戻っているように見えたが、その視線はどこか鋭く、霧の奥を警戒しているようだった。
「ねえ、杉太。あなたって、本当はいつも周りをよく見てるよね」
ちはるが何気なく口にすると、杉太は一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「おいおい、そんな褒めるなよ。俺、恥ずかしいの苦手なんだって」
「褒めてるわけじゃないよ。ただ、あなたが気を配ってるのがわかるだけ」
ちはるの言葉に杉太は少しだけ肩をすくめた。
「まあな。誰かが見てないと、こんな状況で全員バラバラになっちまうからな」
その声には、彼なりの責任感が滲んでいた。それが意外だったのか、ちはるは小さく笑った。
「意外と頼れるんだね、杉太は」
「おいおい、それ今さら言うか? 俺ってば、昔から頼られるタイプだぞ」
冗談めかして笑う杉太の声に、ちはるは少しだけ胸の中が軽くなるのを感じた。
一方、千景は先頭を歩きながら周囲を警戒していた。霧が薄れたことで視界は少しだけ良くなったが、逆にその広がる空間が不気味に思える。どこから何が出てくるかわからない――その緊張が彼の肩を固くしていた。
「千景、またそんなに肩に力を入れてると、疲れるわよ」
綺羅羅が後ろから声をかける。その声には穏やかな笑みが含まれていたが、千景は振り返ることなく短く答えた。
「力を抜いた時に何かが起こる。それが一番危険だ」
「でも、ずっと力を入れている方が危険な時もあるのよ」
綺羅羅の言葉に、千景はほんの少しだけ足を緩めた。そして、低い声で答えた。
「気を抜いて何かを失うよりはいい」
「……そうね。でも、たまには周りを信じてもいいんじゃない?」
その言葉に千景は何も答えなかった。ただ、視線を前方に向けたまま歩き続けた。
一行が進む道の先に、やがて小さな開けた場所が見えた。そこには古びた石造りの建物がぽつりと立っている。灯火はその建物の中へと吸い込まれるように進んでいった。
「ここが……次の場所ってこと?」
ちはるが不安そうに呟くと、聖光が静かに答えた。
「おそらく、そうだろう。次の試練が待っている場所だ」
全員が建物の前で立ち止まり、互いの顔を見合わせた。その場には緊張が漂っていたが、それぞれの目には覚悟が宿っていた。
「行くしかないよね」
ちはるが静かに言うと、千景が短く頷いた。
「俺が先に行く。危険がないか確かめるまで、ここで待て」
その言葉に杉太が軽く口を挟む。
「おいおい、俺たちだって一緒に行けるぜ。そんなに背負い込むなよ」
「全員で危険に晒される方が無駄だ」
千景が冷たく言い返す。その言葉に杉太が眉をひそめた。
「だからって、一人で行って何かあったらどうするんだ? それじゃあ意味がないだろ」
杉太の言葉に千景は短く息を吐き、少しだけ視線を伏せた。
「……わかった。全員で進む。ただし、俺が前を歩く」
「それでいいさ」
杉太が少し笑って言い、全員が建物の中へと足を踏み入れる。
建物の中はひんやりとしており、どこか異質な空気が漂っていた。壁に刻まれた古い紋様が、どれだけの年月を経てここに残っているのかを物語っている。
「何か、感じる?」
ちはるが小声で尋ねると、綺羅羅が静かに頷いた。
「……何かが私たちを見ている気がするわ」
その言葉に全員が身構える。やがて、薄暗い空間の奥から小さな光が現れ、それが少しずつ近づいてきた。
「また灯火?」
杉太が呟くが、その光は明らかに先ほどまでの灯火とは違っていた。それは不規則に明滅し、まるで何かを訴えかけているようだった。
「……ここで、また試されるんだろうね」
ちはるが静かに言う。その声は震えていたが、どこか強さも感じられた。
「試されるなら、乗り越えるだけだ」
千景が短く答え、その言葉に全員が頷いた。光の奥から漂う不気味な気配を前に、彼らは再び一つにまとまろうとしていた。