千景とちはるが少し離れた場所で向き合っている様子を、残りのメンバーが遠巻きに見守っていた。霧の中で灯火が揺れるたびに、二人の影がかすかに形を変えている。
ちはるは口を開くべきか迷いながら、少しずつ視線を上げた。千景の表情は変わらず硬いが、彼の目には何かを探るような色が浮かんでいる。無言の圧力が彼女の胸を締めつけた。
「……さっきは、ありがとう」
ちはるが小さな声で口を開いた。千景の眉がわずかに動く。
「何の話だ?」
短く返されると、ちはるは少し肩をすくめた。
「私が影に負けそうになった時、声をかけてくれたこと……それがなかったら、たぶん私は乗り越えられなかった」
ちはるの声は少し震えていたが、その目には彼女なりの真剣さが宿っていた。
「お前は自分の力で乗り越えた。それだけだ」
千景の返答は素っ気なかったが、その声にはほんの少しだけ柔らかさが含まれていた。
「でも、千景がいなかったら、私はあの時、自分を信じることすらできなかったと思う」
ちはるの言葉に、千景はわずかに目を細めた。
「……人を頼るのが悪いとは思わない。ただし、その分、自分も誰かを支えられるようになるべきだ」
「うん、そうだよね」
ちはるが頷いた。その返答が意外だったのか、千景は少し驚いたように彼女を見た。
「……お前は、もっと自分の弱さに囚われるかと思った」
「囚われそうになった。でも、みんながいたから、少しだけ強くなれた気がする」
ちはるの声には、どこか温かさが宿っていた。その言葉に千景は少しだけ目を伏せた。
「俺には、お前たちのように自分をさらけ出すことはできない。だから、強く見える方を選んでいるだけだ」
ちはるはその言葉に目を見開いた。千景が自分の心情を語るのは珍しいことだったからだ。
「でも、私から見たら、千景はすごく強いよ。ちゃんとみんなのことを考えてるし、自分を支えてるし……」
ちはるの言葉に、千景は小さく笑った。それは珍しく穏やかな笑みだった。
「そう見えるなら、それでいい。ただ、俺が強く見えるのは、皆がいるからだ。独りでは、本当の強さは生まれない」
その言葉にちはるの胸がじんと熱くなった。千景がそんな風に思っていたことを知り、彼をもっと近くに感じるようになった。
「……ありがとう、千景」
ちはるが微笑むと、千景は短く頷いた。その場に漂う空気が少し柔らかくなり、二人の間にあった壁が少しだけ薄くなったように感じられた。
少し離れた場所で、杉太と綺羅羅がその様子を静かに見守っていた。杉太が肩をすくめながらぼそりと呟く。
「千景にあんな顔ができるなんてな。ちはる、やるじゃないか」
「そうね。意外と彼ら、お似合いかも」
綺羅羅が微笑みながら答える。その言葉に杉太は少し眉をひそめた。
「お似合いってのはどうだろうな。千景の方が意外と手を焼きそうだ」
「そういうところも含めて、バランスが取れてるのよ。ちはるが彼を変えるかもしれない」
「変える、ねえ……」
杉太は曖昧な声を出しながら、再び二人に目を向けた。彼の顔には少しだけ複雑な感情が浮かんでいる。
「まあ、千景があんな顔を見せるなら、それも悪くないのかもな」
杉太がぽつりと呟くと、綺羅羅はそれ以上何も言わなかった。ただ、穏やかな微笑みを浮かべたまま、灯火の揺らぎを見つめていた。
その夜、彼らは灯火の下で簡素な食事をとりながら、次に進む道を話し合った。時折交わされる軽口や笑い声の中に、試練を乗り越えたことで生まれた新たな絆が確かに感じられた。
ちはるはみんなの顔を見渡しながら、静かに思った。
「これが私たちの強さになる。どんな試練が待っていても、きっと乗り越えられる――みんなと一緒なら」