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第16章: 深まる絆

霧の中を歩き出した一行の足音が、湿った地面に静かに吸い込まれていく。灯火の柔らかな光が進むべき道をぼんやりと照らし、その揺らぎが彼らの顔に陰影を落としていた。試練を乗り越えた安堵と、次に待ち受けるものへの不安が入り混じった空気が、彼らを包み込んでいた。

ちはるは先頭を歩く千景の背中を見つめていた。彼が影と向き合った時の言葉が胸に残っている。その冷静な強さの奥にある孤独――それを思い出すたびに、彼にかけるべき言葉が浮かんでは消えていった。

「どうした? 考え込んでる顔してるぞ」

横に並んだ杉太が不意に声をかけてきた。その声には彼らしい軽さが戻っているが、その目はしっかりとちはるの表情を捉えていた。

「……ちょっとね。さっきのこと、いろいろ考えてたの」

ちはるが小さく答えると、杉太は少し眉を上げた。

「さっきのことって、影の話か? それとも千景のことか?」

核心をつくような彼の言葉に、ちはるはわずかに顔を赤らめた。

「……両方、かな」

「だろうな。お前、アイツのこと気にしすぎだぞ」

杉太は笑いながら言うが、その声には微かに温かさがあった。

「そういう杉太だって、自分の影と向き合ったじゃない。何か考えることなかったの?」

ちはるが問い返すと、杉太は肩をすくめた。

「そりゃ、考えることくらいあったさ。でも俺はあんまり深刻に考えるの、得意じゃないんだよな」

その言葉の裏には、彼なりの苦しさを軽く流そうとする意図が隠されているように感じられた。

「……ありがとう、杉太。さっきも私のこと気にかけてくれて」

ちはるが小さく感謝を述べると、杉太は少し照れたように笑った。

「おいおい、感謝されるようなことは何もしてないって。それより、千景の背中ばっか見てないで、前向けよな」

その言葉にちはるはふっと笑った。そして、少しだけ気持ちが軽くなったのを感じながら、再び前を向いた。


一方、千景は無言で進む道の先を見据えていた。試練を越えた後の彼の表情には変化が見られなかったが、その胸中では先ほどの影との対峙がまだ尾を引いていた。

「無理してない?」

ふいに綺羅羅が彼に声をかけた。その声には、彼女らしい柔らかさと冷静さがあった。

「無理をしているつもりはない」

千景が短く答えると、綺羅羅は少し笑みを浮かべた。

「そう。それならいいけど。……あなた、みんなを引っ張ろうとしすぎるのね」

「誰かがそうしなければならない状況だ」

彼の返答は機械的ですらあったが、その言葉には自身への言い聞かせも含まれていた。

「それ、本当に『しなければならない』の?」

綺羅羅の問いに、千景は足を止めた。その目が初めて彼女の方へ向けられる。

「……何が言いたい?」

「あなた、頼られるのは得意だけど、頼るのは苦手みたいだから。たまには少しだけ力を抜いてもいいんじゃない?」

綺羅羅の言葉にはどこか優しさが込められていた。その視線を受けながら、千景は短く息をついた。

「……考えておく」

それだけを告げて、再び歩き出す。綺羅羅はそれ以上何も言わず、彼の背中をそっと見送った。


その夜、灯火が照らす一角に全員が腰を下ろしていた。静寂の中で、霧が彼らを包み込むように漂っている。

「これから先、何が待っているんだろうね……」

ちはるが呟くと、杉太が口元に笑みを浮かべた。

「さあな。何が来ても、ここまで来た俺たちなら何とかなるさ」

「本当に楽観的ね」

綺羅羅が笑いながら返すと、杉太は軽く肩をすくめた。

「楽観的くらいがちょうどいいんだよ。考えすぎて動けなくなるよりはな」

ちはるはそのやり取りを聞きながら、少しだけ心が軽くなるのを感じた。そして、ふと千景の方を見る。彼は少し離れた場所で静かに霧を見つめていた。

「千景……」

ちはるが立ち上がり、彼の方へ歩いていく。その足音に気づいた千景が振り返った。

「何だ?」

「少し、話せる?」

ちはるの問いに、千景は短く頷いた。その目には、彼女へのわずかな信頼の色が浮かんでいた。


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