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第14章: 試練の幕開け

霧の中に浮かび上がった瓦礫と結晶の映像が消え、再び静寂が訪れた。その瞬間、空気が一変したのを全員が感じ取った。霧がじわじわと濃くなり、肌にまとわりつくような湿気が一層強まる。灯火の光も、まるで不安を抱えるかのようにか細く揺れている。

「……これが試練ってやつなのか?」

杉太が慎重な声で問いかける。彼の目は普段の軽さを失い、真剣な色が浮かんでいた。

「何かが始まるのは間違いないわね」

綺羅羅が低く呟きながら、霧の奥を見据える。その言葉には不安と覚悟が入り混じっていた。

「どうせなら、さっさと来いってんだ。じらされるのは嫌いなんだよ」

杉太が肩をすくめながらも、手に持った小型の武器を握り直す。その様子を横目に見た千景が冷静な声で言った。

「挑発するな。状況を見極めて動くべきだ」

「状況ねえ……見極める余裕なんてあるのか?」

杉太が少し笑みを浮かべて言い返すが、その声には張り詰めた緊張が滲んでいた。

ちはるはそのやり取りを聞きながら、前方に漂う霧をじっと見つめていた。胸の中のざわめきが徐々に大きくなる。あの光の存在が語った「試練」という言葉の意味が重くのしかかっているようだった。

「試練って、一体どんなものなんだろう……」

ちはるが小さく呟くと、聖光が静かに言葉を紡いだ。

「おそらく、私たち自身を試すものだろう。過去、未来、それに今の自分たち……」

その言葉に、ちはるは息を呑んだ。彼女の胸の中に浮かぶのは、自分自身の弱さだった。過去に抱えた孤独、誰にも伝えられなかった恐れ――それらが、この場所で向き合うべきものだと直感的に感じていた。

「自分自身を試す……」

ちはるが小さく繰り返すと、千景が短く息をついた。

「どんな形で現れるにせよ、全員で乗り越える。それだけを考えろ」

その言葉は冷たくもあったが、同時に力強さがあった。ちはるは彼の横顔を見つめ、その揺るがない姿勢に少しだけ安心を覚えた。

「でも、もし誰かが……耐えられなくなったら?」

綺羅羅が静かに口を開く。その声には彼女自身の不安が滲んでいた。

「その時は、全員で支える。それができないなら、ここに来た意味がない」

千景の即答に、全員が短く頷く。それは、どれほどの重みを持つ覚悟か、誰もが理解していた。

突然、霧の中に動きが現れた。灯火が激しく揺れ、霧が渦を巻くように動き出す。その中から、何かが姿を現そうとしていた。

「来たな……」

杉太が低く呟き、全員が身構える。霧が裂けるように動き、その奥から現れたのは、歪んだ形の影だった。それは一人ひとりに異なる姿を見せているようだった。

ちはるの目に映ったのは、ぼんやりとした自分自身の姿だった。孤独に打ちひしがれ、うつむいている少女――それは、過去の彼女そのものだった。

「これは……私?」

ちはるは震える声で問いかけたが、誰も答えなかった。全員がそれぞれの影に向き合い、言葉を失っていたからだ。

「これが……試練なのか」

千景が歯を食いしばるようにして前に進む。その目には鋭い光が宿っていたが、彼の影もまた、彼の内なる恐れを映し出していた。

「自分の影ってわけか……厄介だな」

杉太が苦笑しながら影を見据える。その表情には余裕を装ったようなものがあったが、彼の拳が震えているのをちはるは見逃さなかった。

「どうやって……これを乗り越えればいいの?」

ちはるが小さく呟いたその瞬間、彼女の影が言葉を発した。

「逃げればいい。ここにいる意味なんて、ないんだから」

その言葉に、ちはるの胸が締め付けられる。影の言葉は彼女の心の奥底に隠された恐れを突いてくる。それは、彼女自身がこれまで認めたくなかった感情だった。

「違う……私は逃げない」

ちはるが震える声で答えると、影がにやりと笑った。

「本当にそう思ってる? 今までも、誰かに頼ってばかりだったじゃない」

「違う! 私は――」

ちはるが叫ぼうとしたその時、千景の声が響いた。

「お前はお前のやり方で向き合え。影はただの過去の反映に過ぎない。それを乗り越えろ」

その言葉にちはるはハッとした。千景の言葉は、まるで彼女の背中を押してくれるようだった。

「……ありがとう、千景」

ちはるが小さく呟き、もう一度影に向き直る。その目には決意の光が宿り始めていた。

霧の中、影と灯火が絡み合い、試練はさらに深く、全員を引き込もうとしていた。


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