光の形は徐々に鮮明になり、まるで霧そのものが集まり凝縮して人の姿を取ったかのようだった。その輪郭にはまだどこか曖昧な部分が残っているが、ちはるにはその存在が少しずつ彼らに歩み寄ろうとしているように感じられた。
「形が……はっきりしてきたね」
ちはるが静かに呟くと、杉太が少し間を置いて答える。
「おいおい、これって良い兆候なんだよな? まさか近づいたらヤバいことになるとか、そういうオチじゃないよな?」
軽口を叩きながらも、杉太の目は鋭く光の動きを追っていた。
「そうなら、真っ先に逃げるのはお前だろうな」
千景が低く返す。その言葉に、杉太が苦笑する。
「おいおい、俺がそんな卑怯なやつに見えるか?」
「見えるね」
綺羅羅が淡々とした口調で答え、杉太が肩をすくめた。
「まあ、それも正しいかもな」
杉太の冗談めいた言葉に、少しだけ場が和む。その雰囲気を感じ取り、ちはるは微かに笑みを浮かべた。だが、彼女の視線は決して光から離れることはなかった。
「ねえ……あなたはどうしてここにいるの? 何をそんなに待っていたの?」
ちはるが一歩前に出て問いかける。その声には恐れを抑えつつ、真摯な思いが込められていた。
光はその問いに反応するようにわずかに揺れ、低い声で答えた。
「……忘れられた……記憶の……欠片……探していた……」
「記憶の欠片?」
ちはるがその言葉を繰り返すと、綺羅羅が首を傾げながら続けた。
「記憶って、あなた自身の? それとも誰かの?」
光は少しの間静止したかのように動きを止めた後、ゆっくりと答えた。
「……私の……そして……お前たちの……」
その言葉に、全員が驚きの表情を浮かべた。杉太が眉を上げながら反応する。
「おいおい、俺たちの記憶だって? どういうことだ?」
「私たちの記憶って、どういう意味?」
ちはるがさらに問い詰めると、光はまた少し形を変える。今度は彼らの周囲に微かな映像が浮かび上がり始めた。それは霧の中に投影されたような、ぼんやりとした光景だった。
「これ……」
ちはるが呆然と見つめる中、霧の中に映し出されたのは、自分たちがかつて過ごしていたコロニーの景色だった。市場の喧騒、人々の笑い声――それらはどこか懐かしく、同時に胸を締め付ける感覚を伴うものだった。
「なんで……これが映ってるの?」
ちはるが震える声で問いかけると、光が再び低い声で答えた。
「……お前たちの記憶に……繋がる場所……」
「俺たちの記憶……ってことは、ここは何か関係があるってことか?」
杉太が真剣な表情で言葉を紡ぐ。その問いに光はまた揺らめきながら答えた。
「……お前たちが……ここに来た意味……探し出せ……」
その言葉が響いた瞬間、千景が鋭い声で遮った。
「探し出せとは具体的に何を指している? 記憶とは何のためのものだ?」
千景の問いに、光は一瞬静止し、わずかに明るさを増した。そして、再び周囲の霧が揺れ動き、今度は別の映像が浮かび上がった。
それは破壊されたコロニーの跡だった。瓦礫の山、崩れた建物、人々の影――その中で、一つの輝く結晶が浮かび上がっている。
「……それ……が……」
光の声が途切れがちに告げる。その結晶が、彼らの「記憶の欠片」であり、この場所に導かれた理由そのものなのだと。
「……あれを見つければ、全部がわかるってこと?」
ちはるが震える声で問うと、光は静かに揺れながら答えた。
「……そうだ……だが……試練が……ある……」
その言葉を聞いた全員の顔が険しくなる。杉太が小さく息を吐きながら冗談めいた口調で言った。
「試練ねえ……まあ、ここまで来たら覚悟は決めるしかないか」
「軽々しく言うな」
千景が冷たく言い放つ。だがその目にも迷いはなかった。
ちはるは光の言葉に心を揺さぶられながらも、静かに拳を握った。自分たちがここにいる理由を明らかにするため、そして孤独に囚われたこの存在を解放するため――彼女は進むべきだと決意した。
「私たちでやってみよう。全部を取り戻すために」
その言葉が全員の胸に届き、霧の中に新たな灯火が生まれたようだった。