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第11章: 霧の声

「……ずっと待っていた……」

影の奥から聞こえた声は低く掠れ、霧そのものが語りかけてくるようだった。その響きに全員が凍りつく。ちはるの胸の鼓動は早鐘のように鳴り響き、頭の中で繰り返し問いかけた――待っていたのは、一体誰を?何を?

「聞こえたよね?」

ちはるが震える声で言うと、杉太が力なく頷く。

「ああ、聞こえた……けど、正直、どこから来たのかはさっぱりだ」

彼の言葉はいつもの軽さを失い、戸惑いを隠せなかった。後ろで綺羅羅が膝を抱えたまま口を開く。

「……ただの風じゃないわよね。この声……何か感情があるように感じる」

その言葉にちはるも同意したかった。だが、影と灯火の向こうにいる何かの正体が不明な以上、簡単には答えを出せない。

千景が少し前に歩み出た。その姿は影に立ち向かうかのようで、灯火の揺らめきが彼の横顔を鋭く浮かび上がらせている。

「お前たちは下がっていろ。もし何かが近づいてきたら、すぐに知らせろ」

短い指示を出す彼の声には、冷静さを装いながらも焦燥が感じられた。彼は恐怖を飲み込みながら、全員を守ることを優先しようとしているのだ。

「千景、私も行く」

ちはるが小さく声を上げた。彼女の言葉に、千景が振り返る。その目は、普段の冷たい光よりも少しだけ柔らかい色を含んでいた。

「お前が行っても何も変わらない。ただ危険を増やすだけだ」

「違う! 私の声が何か反応を引き出したんでしょ? だったら、それを続けるべきじゃないの?」

ちはるの声は震えていたが、その中に確かな意志があった。

「ちはる……」

綺羅羅が彼女を止めようとするが、その声は届かなかった。ちはるはそのまま千景に向き直り、必死に訴えた。

「お願い、信じて。私もここで役に立ちたいの」

一瞬の沈黙が続く中、千景は視線を影に戻した。そして、ゆっくりと息を吐きながら言った。

「わかった。だが、絶対に俺のそばを離れるな。それが条件だ」

その言葉に、ちはるは頷いた。その後ろで杉太が小声で呟く。

「意外とあいつ、ちはるには甘いよな」

その軽口に綺羅羅が小さく笑う。

「それだけ信頼してるってことかもね」

彼女の言葉には皮肉めいた響きがあったが、どこか温かさも感じられた。

ちはると千景が一緒に影へと近づく。その姿を見守る杉太と綺羅羅、そして聖光。全員の視線が影と灯火に向けられた。

ちはるは震える声を絞り出すようにして話しかけた。

「……あなたは、誰なの? どうして待っているの?」

再び影が静止した。灯火の揺らめきが一瞬だけ消え、霧が重たく漂う。その中で、また声が響いた。

「……ずっと……ここで……孤独だった……」

その言葉にちはるの胸が締め付けられる。孤独――その一言が、彼女の中に深く刺さった。彼女自身も、過去に感じてきた孤独がふいに蘇ったからだ。

「孤独って……」

ちはるが言葉を詰まらせると、千景が静かに横から言葉を継いだ。

「お前は、ここで何をしている? 何のために待っている?」

影はまた揺れた。灯火が不安定に明滅し、霧の中で黒い形が変わっていく。次に聞こえた声は、低く響くものだった。

「……仲間を……探している……」

その言葉にちはるは思わず一歩前に出た。千景が制止しようとするが、彼女の熱を帯びた声がその場を支配した。

「私たちが仲間になれるかもしれない! あなたがずっと待っていたのなら、今、私たちがここにいる!」

彼女の声が影に届いたのか、灯火が一瞬強く揺れた。そして、影が再び動き始めた。だがその動きには敵意が感じられず、むしろ探るような緩やかさがあった。

「……お前たちが……私を……救うのか……?」

その問いにちはるは躊躇なく頷いた。

「そうだよ! 一緒にここから進むために……!」

その言葉が影を変化させた。灯火が穏やかな光を放ち始め、霧が少しずつ薄れていく。

「ちはる……本当に大丈夫なのか?」

千景が低い声で問いかける。その目には彼女を守りたいという思いが溢れていた。

「大丈夫。私はきっと、間違ってない」

ちはるの言葉に、千景は短く頷き、そっと彼女の肩に手を置いた。その瞬間、彼女の不安がわずかに和らぐのを感じた。

灯火と影の奥から現れたのは、人のような形をした光の存在だった。その目には深い孤独と希望が同時に宿っているようだった。

「……お前たちが……光だ……」

その声が霧の中で消えると同時に、周囲が明るさを取り戻し始めた。ちはるはその光景に胸を震わせながらも、新たな繋がりを感じていた。


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