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第6章: 灯火の正体

霧の中で揺れる灯火は相変わらず不規則な動きを続けていた。近づけば近づくほど、その揺らめきが異様なほど鮮明に映り、まるで生きているかのようだった。千景が先頭を歩き、ちはるはその少し後ろから彼の背中を見つめていた。

「おい、気をつけろ。灯火がこちらに向かってきている」

千景が低く言うと、全員の動きが止まった。霧の奥からゆっくりと近づいてくる光。それはただの明かりではない――それを直感的に理解した。

「近づいてる……? 誰かが持ってるのかな?」

ちはるが不安げに呟いた。その声に反応したのは綺羅羅だった。

「灯火だけで人影が見えないのよ。普通じゃあり得ないでしょ?」

彼女の声には冷静さがあったが、その瞳はどこか怯えているようにも見えた。

「普通じゃないって、どういうことだよ?」

杉太が軽く笑おうとしたが、声がわずかに震えていた。冗談を交えて場を和らげるいつもの彼らしくない態度だった。

千景はそんなやり取りを無視して、冷静に灯火を睨みつけた。その瞳には警戒と鋭い計算が宿っている。

「もし何かが潜んでいるなら、こちらを探っているはずだ。動きが明確になるまで、無闇に近づくな」

その指示に、全員が小さく頷く。だが、その時だった。

「……おい、あれを見ろ」

聖光が静かに指差した方向、灯火の向こう側で何かがぼんやりと浮かび上がっていた。それは人の形をしているように見えたが、霧に歪んで輪郭が曖昧だった。

「誰かいるの?」

ちはるが恐る恐る問いかける。だが答えはない。代わりに、影がゆっくりと動き始めた。

「誰か……ではないな」

千景が短く断言する。彼の表情は険しく、その視線は影を貫くようだった。

「待って。動いてるけど、どこかぎこちない。何かを伝えようとしてるんじゃない?」

ちはるが一歩前に出ようとした瞬間、千景が腕を掴んだ。

「行くな。危険だ」

その力強い握りに、ちはるは息を呑んだ。千景の目は彼女を見ていない。ただ前方に集中している。

「でも、もし本当に助けを求めているなら――」

ちはるが言いかけると、千景が鋭く遮った。

「仮定の話に命を賭けるのか?」

彼の声は冷たく響き、ちはるは思わず言葉を失った。その瞬間、後ろから杉太が口を挟む。

「おいおい、そこまできつく言わなくてもいいだろ。ちはるだって心配してるだけじゃないか」

「余計な感情で動くなと言ってるんだ」

千景が振り返り、杉太を睨む。その視線に、杉太は少しだけ怯んだが、それでも食い下がる。

「感情を無視して進むのはただの機械だろ? 俺たちは人間だぜ」

「だから失敗するんだ、人間は」

短い返答に、杉太は言葉を詰まらせた。その間に、ちはるが再び口を開いた。

「感情があるからこそ、助けられることもあるのに……」

彼女の声はか細かったが、その言葉ははっきりと響いた。

一瞬の沈黙が全員を包む。その間にも影は近づき、灯火の揺れはますます激しくなっていた。

「……仕方ない」

綺羅羅が軽く肩をすくめて前に進む。

「何をするつもりだ?」

千景が問い詰めるように言うと、彼女は振り返らずに答えた。

「ねえ、みんなでこうして止まっていても進展しないでしょ? だったら、私が少しだけ試してみるわ」

その言葉には計算された軽やかさがあったが、ちはるは彼女の肩がわずかに震えているのを見逃さなかった。

「綺羅羅、気をつけて!」

ちはるが思わず声を上げる。綺羅羅は手を振り返して、影に向かって静かに歩き出した。その背中を見つめる全員の視線が霧の中に吸い込まれる。

霧が濃くなる中で、灯火と影が綺羅羅を包み込むように動いた。彼女が何かを見つけたのか、小さく声を上げた瞬間――

「……あれは!」

彼女の声が響く。それが何を意味するのかを考える暇もなく、灯火が大きく揺れ動き、影が一気に膨張するように動き始めた。

ちはるは思わず前に踏み出したが、再び千景に腕を掴まれる。

「待て! 動くな!」

千景の声が鋭く響き渡る中、影と灯火が混じり合い、一つの形を作り始めた。

「これが……正体なの?」

ちはるの呟きが、静寂の霧の中で震える。

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