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霧の中の静寂ー揺れる灯火が導く未知の未来ー
霧の中の静寂ー揺れる灯火が導く未知の未来ー
乾為天女
SF宇宙
2024年12月28日
公開日
4.9万字
完結済
人々の心に影響を与える不思議な霧が漂う世界。その霧の中で偶然出会った6人の仲間――自分の意見を貫き他人を導く千景、悲観的ながらも冷静な判断力を持つちはる、軽口の裏に深い優しさを秘める杉太、冷静かつ理想を追い求める綺羅羅、静かに成長を見据える聖光、そして誰とでも信頼を築ける有李香――彼らは「絆」と「試練」をテーマにした冒険を共にすることになる。

謎の声に導かれるまま、霧に包まれた試練の空間へと進む6人。それぞれが自身の影と向き合い、孤独や恐怖、疑念に打ち勝つことで「絆」の真価を試される。自分の弱さを直視し、それを乗り越える中で、彼らの間に少しずつ強い信頼が築かれていく。

試練の最後、彼らは再びバラバラに引き裂かれる。そして、各々が「仲間を信じること」と「自分を信じること」の間で葛藤しながら、真の強さを見つける。その答えを持ち寄り、再び結束した彼らは、ついに試練の最終段階を乗り越えた。

旅の終わりに、彼らは「絆」とは単なる感情ではなく、互いに補い合い、支え合うことで築かれるものだと実感する。そして、新たな未来に向けてそれぞれの役割を胸に、彼らは霧の世界を後にする――。

第1章: アワー・バザール

霧が薄く広がる大気の中、アワー・バザールは賑やかに始まりを告げていた。市場の喧騒は耳に馴染むものではなく、むしろ異質だった。軽やかな笛の音色に混じり、遠くで軋む鉄製の台車の音、互いに売り物を競り合う声が響き渡る。それは、復興を目指す者たちが集う、月に一度の命の交差点だった。

千景は眉をひそめながら市場の中を歩いていた。周囲の雑然とした風景が、彼の几帳面な性格に触れるたびに小さな苛立ちを呼び起こす。古びた布の下に並ぶ錆びついた機械部品、無造作に積まれた小さな宝石の欠片。それらが無秩序に放置されている様子が彼には許せなかった。

「こんなものが役に立つとは思えない」

彼は独りごちると、隣に立つちはるにちらりと目を向けた。

ちはるは特に気にする様子もなく、小さな箱の中に並んだ石を指で転がしている。その目は好奇心の光を帯びていたが、どこか遠くを見るような、悲しげな色が混じっている。

「興味があるなら、さっさと選べよ。無駄な時間をかけるな」

千景の言葉には、少しばかりの刺が含まれていた。

「無駄かどうかなんて、わからないじゃない」

ちはるは軽くため息をつきながら答えた。その声は静かだが、芯のある響きがあった。彼女は指先で石を撫でた後、一つのエメラルドの欠片を手に取った。

「これ、何だと思う?」

彼女が問いかけると、千景はその緑の光にちらりと目を向ける。

「ただの石だろ。売り物にしても、せいぜい飾りにしかならない」

彼の声は無愛想だったが、ちはるはそれを無視して石をポケットに滑り込ませた。

「たったこれだけの欠片でも、何かに繋がってるかもしれないでしょ。そういうのが面白いんじゃない?」

千景は答えず、そっぽを向いた。ちはるの好奇心旺盛な態度が、彼には理解できなかった。彼にとって重要なのは、目の前の状況を効率的に解決することだけだったのだ。

そんなやり取りをしている間にも、周囲はさらに賑わいを増していた。異国風の布を纏った放下師がゆっくりと歩きながら、奇妙な呪文めいた言葉を口にしている。その傍らで、綺羅羅が軽やかに足を運び、放下師に何か囁いていた。

「綺羅羅、何をしてるんだ?」

千景が声をかけると、綺羅羅は振り返りながら小さく笑った。

「ここにはね、秘密がいっぱい詰まってるのよ。君ももっと目を凝らしてみたら?」

彼女の声は落ち着いていながら、挑発的な響きを含んでいた。

ちはるは興味深げにその様子を眺めたが、千景は再び眉を寄せた。「意味のない駆け引きはやめろ。時間の無駄だ」

「何に意味があって、何に意味がないかなんて、決めるのは私たちじゃないでしょ」

綺羅羅の返事に、千景は口を閉ざした。

ちはるはふと周囲を見渡した。喧騒の中に紛れる霧の流れが、まるでこの市場全体を包み込んでいるようだった。遠くの灯が揺れ、空気の振動が微かに響く。その中で、彼女はぼんやりとした静寂を感じた。

「この霧の中で、私たち何を探してるんだろうね」

ちはるの呟きに、千景は振り返った。

「探してるのは、生き残るための手がかりだ。それ以上でも以下でもない」

冷たく響くその言葉に、ちはるは小さく頷いた。しかしその胸の中には、霧に包まれた何かが潜んでいるような感覚があった。それは言葉にならない不安と好奇心の入り混じったものだった。


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