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旅人は風と共に(3)

 グラディスの行きそうな場所など検討もつかない。

 だが足は真っ直ぐに、彼が捕らえられていたという西の塔へと向かっていた。

 肌寒い石造りの塔を登って最上階まで行くと、そこには探していた人物が一人で空を眺めていた。


「ここからの夜空は、綺麗なんですよ。天に近い気がしていました。今では、見える景色も違って見えますが」


 ロッシュの存在を背に感じたのか、グラディスは穏やかに声をかけてくる。

 ゆっくりと近づいたロッシュも隣に並び、一際高い空を見上げた。


「嫌な思い出ばかりじゃないのか?」

「否定はできません。でも、ここで過ごし考えた日々も今の私を作るものです。今となっては、これも定めだったのだと思います」


 定め。

 その言葉が重くのしかかるように思う。

 それは天意であり、ちっぽけな人間である彼らには逆らう事ができないものだ。


「でも、お前は逆らったんだ。なんせ生きてるからな」


 そう言うと、グラディスは困ったような顔をしてみせる。

 窓辺を離れ石の床に腰を下ろし、壁に背を預ける。

 そして、初めて重い溜息をついた。


「これから、どうするんだ?」

「どうしましょうね。あまり考えてはいないんです。あえて願うなら、たった一つなんですが」


 頭に思い浮かぶのは、暗く深い世界に閉じこもっていた自分に手を差し伸べ、引っ張り上げてくれた少年の姿。

 未来は自分の手で切り開くのだと教えてくれた人の姿。

 もしも叶うならば、今度は自分が彼の助けになりたい。


「……見張っとかないと、あいつなんか企んでるぞ。うかうかしてると置いてかれる」

「肝に銘じておきますよ」


 心を読まれたと、グラディスはクククッと笑ってみせる。

 最近の彼はそういう、見せたことのない表情を見せてくれるようになった。

 そして意外な腹黒さも見えてきた。


「有難うな、グラディス。俺はお前を絶対に許さない」

「言ってることが支離滅裂ですよ」


 少し離れて腰を下ろしたロッシュがグラディスに告げる言葉は、沢山の感情が詰まっている。

 グラディスだってそういうものを感じ取っているけれど、あえて察してはやらなかった。

 すると、ロッシュは恥ずかしそうに頭をかいてグラディスを睨みつける。

 グラディスは悪い笑みを浮かべて、早く言えと目で言った。


「お前の力がなければ、この未来はなかった。ファウスとも、お前のおかげで最後に言葉を交わす事ができた。そのおかげで、ウェインを殺さずにすんだ。感謝している」

「私は自分の望みを叶えるために動いていただけです。その気にさせたのは貴方でありファウスさんであり、ラクシュリや、ジュリアさんですよ」

「でも、俺に殺させたのは許さない。俺はお前の命まで背負うほど強くはないんだぞ。それを勝手に託しやがって。お前もあいつも、神って名のつくやつは本当に勝手に押し付けやがる」


 吐き捨てる言葉を聞いて、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 でもあの時はそれ以外の道を考えられなかった。

 身勝手なことだが、それがグラディスの本心だ。


 不意に、視界に影が差す。

 考え込んで俯いていた顔を上げると、ロッシュが厳しい顔をして見下ろしていた。


「誓え。二度と自分を諦めるな。限りなく無理に近くても、自分が犠牲になればなんて思うな。あいつにお前の命を背負わせるような事、絶対にするなよ」


 頭に浮かぶ少年の顔が悲しみに歪む姿は、想像だけでも胸が痛む。


「えぇ、誓いましょう」


 それにきっと、もうこんな選択をすることもないだろう。

 世界は回り、敷かれた運命は途絶えた。

 自由にのびのびと、楽しいことに笑い、悲しい事に涙する未来がこの先にはある。

 後ろを向くことももうない。

 前だけを見られるように強くなる。

 新たな命を貰った時、グラディスが誓った事だった。


 吹っ切れたような晴れ晴れとした表情を見れば、もう何の心配もない。

 ロッシュもまた安心した。


 もしかしたら余計なことをしてしまったのかと思っていた。

 この先路頭に迷うような事があったら、どうしようかと。

 勿論ここでの生活は約束できるし、王宮魔術師としての地位も与えられた。

 幸いな事にそのポストは必要ないようだが。


「じゃ、俺から餞別だ」


 そう言って手渡されたのは、赤い宝石のついた指輪だった。

 グラディスの手に指輪が渡ると指輪は形を変え、立派な赤い宝石のついたロッドになった。

 握りやすく軽い。

 だが、グラディスは困ったようにそれをロッシュへとつき返した。


「私はロッドは……」

「力の制御に使えるだろ。聞いたぞ、ちょっと火をつけようとするだけで火柱になるって」


 どうも力が強すぎるようで、ちゃんと制御ができていない。


「そいつは上物で、王家に伝わるものだ。代々王宮魔術師が受け継いでる」

「そんなものなら余計にいただけません」

「お前以外にそいつを扱える奴がいないんだから、使える奴が持ってればいいんだよ。それに、お前がそれを持つのはファウスの願いでもある」


 その名が出るとどうにも弱い。

 マジマジとロットを見るが、本当にいいものだ。これなら少しくらい強い力にだって負けないだろう。


「ファウスは魔術の時は鳴り物を使うからこれを使わなかったけどな。王宮魔術師となる人間が現れたらこれを渡すように、俺が預かってたんだ。その俺が、お前にって言ってるんだ。素直に受け取れ」

「……分かりました」


 受け取り、引き寄せるとロッドは指輪に変わりグラディスの指にはまる。

 使わない時は邪魔にならないようになっているのだろう。

 よく出来たアイテムだ。


「グラディス」

「はい、なんですか?」

「ここはお前の故郷で、帰る場所だ。変な気を使わずに、ちょくちょく帰ってこいよ。お前の居場所くらいは確保しておく」


 今でも、彼を含む仲間はかけがえのないものなのだと認識し、グラディスはやんわりと笑い、「はい」と答えた。


「さーて、俺も戻るかな。随分長居したからそろそろ探される。お前も付き合え、グラディス」

「えぇ、お供します」


 西の塔に背を向けたグラディスは、螺旋階段を下りる少し前にもう一度振り返る。

 そして、温かく懐かしげに笑みを浮かべた。


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