「ところで、お前はこれからどうするんだ?」
「ん?」
口調が変わり真剣な声になったロッシュに、ラクシュリは視線を外す。
そして、改めて色々と考えを巡らせた。
考えていないわけじゃなかった。
あまり長くここにお世話になれないと。
居心地がよくて、人もいいけれど、それに甘えていれば彼らに迷惑がかかるのも知っている。
祖国から何度か刺客と思われる人間がきたことがあった。
狙いはきっと、兄から預かった賢者の鍵。
このペンダントを狙う誰かがいる。
だからこそ一所に長居せず、終わることのない旅をしてきた。
大事な人たちがいるからこそ、そう遠くないうちにここを離れなければいけないだろうと。
「もしも行くあてがないなら、ここにいたらどうだ? 目的が決まるまでの間でも」
「まっ、考えとくよ」
そんな優しい言葉をかけられると心が揺らぐ。
旅から旅への日々は正直に言えば辛いことも多い。疲れる事だって多い。
でも、歩みを止めれば決心が揺らぎ疲れ果てて前へは行けない。
そうなれば、誰を巻き添えにするか分からない。
言いよどむラクシュリの様子を見るロッシュは、内心溜息をつく。
そして、どうにも難儀な人間が多いものだと苦笑した。
「何を密談してるんだ?」
テラスの入口で明るい声がする。酒瓶を片手にしたジュリアだ。
見た感じかなりの量を飲んでいるようだが、歩みはまったく危なげない。
そのまま大またで歩いてくる彼女はロッシュの隣にドッカリと腰を据えると、持っている酒瓶を更に一口煽った。
「ジュリア、お前はこの後どうするつもりだ?」
「この後? まぁ、あんま考えてないけど。でも、アタシは傭兵だよ? 結局それ以外の生き方ってのも、できないものよ」
これまでそうして生きてきた。
何を失っても、結局その道以外ジュリアの前にはない。
今回は私怨で動いたまでで、本来なら金の出ない仕事なんてしない。
ここは居心地がいいのだが、このままいても何の役にも立てない。
なにより金も稼げない。
もう少しと思っていたが、ロッシュが戴冠したことで決心がついたところだった。
「あんたも戴冠したし、立派な王様になりそうだから、アタシは心置きなく傭兵家業に戻れるわ」
「騎士として、俺に力を貸してくれないか?」
飲みかけの酒を思わず噴出すジュリアは激しく咳き込みながら、驚いた顔でロッシュを見る。
冗談でも言っているのかと思った。
女の身で国に仕える騎士になるなんて、そんな前例聞いたことがない。
でも、ロッシュの目は真剣そのものだった。
「あんた、私をからかってるんじゃ」
「まさか。人に頼みごとしようってのにからかったりしないさ。俺は本気だ。ジュリア、お前を国の騎士に、後々には一団を任せる騎士長に迎えたい」
「女が騎士になるなんて、聞いたことないわ」
「だろうな。でも、女だ男だ、老人だ子供だなんて言ってられない状態だ。実際今だって人は足りない。特に兵士は足りない。このままじゃ治安の維持だけじゃなく、自衛の手段だって危ういんだ」
それはそうだ。何せ女王がほとんどの兵士を殺して自分の私兵にしてしまったのだから。
当時の兵士で生き残っているのは、それこそウェインくらいのもの。
人が足りないのも頷けるし、徴兵という手を使えるほどの人手がないのも分かる。
それでも、納得してもらえるのかがわからない。
もしもジュリアを騎士として、それが後々問題となるならばそれは転じてロッシュの地位を危ぶむ事になる。
「無理しなくたって、アタシは一人でも十分にやってけるわよ」
「じゃあ、俺がお前を雇う。国を守る為、力を貸してもらいたい」
「だから……」
「貴方は女王を倒した一人。しかも、軍神に愛された戦女神。軍の女神となることはあっても、邪魔になることはない」
突如違う場所から声がして、三人はそちらに顔を向ける。
見ればウェインがそこには立っていて、ゆっくりと三人のもとへと歩み寄る。
そして、ロッシュとジュリアに深く頭を下げた。
「女王の下で働いていた私が、こうして軍籍にいられるのだ。貴方は何の問題もない。見合う実力も、掲げる武功も十分にある。胸を張って、騎士としての力を貸してもらいたい」
ジュリアは困って、ロッシュとウェインを交互に見る。
ラクシュリにも助けを求めてみたが、我関せずとそっぽを向かれてしまった。
頭をかき、悩みながら、ジュリアは酒を一気に煽って男気たっぷりに答を出した。
「わかったわよ! でも、私はお育ちの悪い傭兵なんだ。礼儀だのなんだのって堅苦しい事は大嫌いだ。要求されたってできない。それでもいいんだね?」
「勿論」
「まったく、本当に変わった奴だよ、あんたは」
口ではそういうが、表情は満足そうに笑っている。
それに、ロッシュも嬉しそうに笑みを返した。
「ところで、グラディスはどこにいったんだ?」
辺りをキョロキョロしながらロッシュが問う。
そういえばとラクシュリやジュリアも見回したが、姿は一切見えない。
よくよく思えばパーティーが始まってからずっと見ていない気がした。
「俺はちょっとあいつにも用事があるから、これで。パーティー、気兼ねなく楽しんでくれ」
言い残して去っていったロッシュを見送った三人は、残りの時間を思い思いに過ごすべく解散していった。