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旅人は風と共に(1)

『時を回す旅人達。その瞳に浮かぶ未来は、繁栄への希望か、将来への不安か』

(デトラント王後記より)


 ロッシュの行動はとても早いものだった。

 ウェインに命じてかつての家臣や貴族をとにかく集め、国がどのような状態にあるのかを把握していく。

 幸いな事に王国の宝物庫などは手付かずの状態で、それを資金に破壊された家の修繕や、親を亡くした子供の世話などを命じた。


 これまで政務を行った事のないロッシュを侮っていた家臣や貴族も、彼の迅速な行動や揺るがない意思に賛同する者が多く、できうる限りの力を尽くしてくれている。

 これはひとえに、幼い頃から教育を徹底して行っていたファウスのおかげであり、長い旅が彼に与えたものだろう。


 国の形がおぼろげながら定まり、家臣もある程度の役職が決まり、国民も長い冬の終りを感じ新たな生活を始める頃、家臣全員の意思でようやく戴冠の儀式が正式に行われる事となった。


 宝物庫にしまいこんでいた王のマントをつけたロッシュが、神の祝福を述べる大神官から王冠を授かると一際大きな祝福の声が上がる。

 そのまま王都を馬車に乗ってパレードをすると、その沿道には多くの国民が集まり、かごに摘んだ色とりどりの花びらを撒く。

 華やかな、心からの祝福を受けるロッシュの表情は何故か硬かった。


「陛下、戴冠の言葉を」


 城のテラスへと登ったロッシュに、側近となったウェインが告げる。

 テラスから見下ろす広場では多くの国民がその姿を一目見ようと待ちわびている。

 ロッシュは深呼吸を一つして、ゆっくりと国民の前に出た。


「愛すべきデトラント王国の民よ、長い冬の時代をよく乗り越えてくれた」


 朗々と響く声に、集まった人々からはすすり泣くような声が時折聞こえる。

 それは長く苦しい日々を思い出したからだろう。

 そしてそれを乗り越えたことへの安堵も窺えた。


「知っての通り、この国は一度滅びた。私も含め、全員が絶望した。多くの命が奪われ、多くの悲しみが生まれた。それは悲しき事実であり、消えない傷として残るだろう。だが、その悲しみに封をして、見ないことにはしないでもらいたい。命の限り戦った人々を忘れる事は絶対にできない」


 ロッシュの中にも思いが蘇る。

 一目しか見たことのない兄、顔も知らない両親、死んで初めて見た義姉の顔。

 そして命がけで守ってくれたファウス。

 国の為に戦って死に、死んだ後も苦しんだ兵士も数多くいた。

 そういう人々の思いを無視することはできない。

 そして加害者であり、被害者である女王も含め、人の罪を忘れる事もできない。


「私はここに宣言をする。生まれ変わったこの王国で、再び同じ過ち、同じ悲しみを繰り返す事はしない。事実を受け止め、隠さずに戦おう。神々の住む楽園はもうここになくとも、人の手で再び、今度は人間の為の楽園を築こう。その為に、貴方達全員の力を貸してもらいたい」


 堂々と宣言したロッシュの言葉に最初は静まり返った広場。

 だが、次には割れんばかりの声援が届けられる。

 これはロッシュ自身への誓いでもある。

 そして、賛同してくれる人々と叶える未来なのだ。


◇◆◇


 その夜、ささやかながら夜会が行われた。

 酒と食べ物が並び、歓談する人々。


 だがラクシュリはその中には入らずに、一人小さなテラスから外を見ていた。


「こんなとこにいたのか?」


 背後からかかった声に振り向くと、主賓がプラプラと旅をしていた時と変わらない格好で近づいてくる。

 僅かに右の足に違和感を感じる動きは凍傷の後遺症のようなものだそうだ。

 今でも十分に動けるし、何気なくは違和感なんて感じないのだが、見る人間が見ればやっぱり少し目に付いてしまう。


「いいのかよ、主役がこんなとこにいて」

「酒の肴が欲しかっただけだって。後は勝手にやってりゃいいんだよ」


 その物言いまでも以前と変わらない。

 王になって、その手腕を見せ始めたロッシュはラクシュリには少し遠く感じていたから、こうして接するとちょっと安心する。


 互いにグラスを持って乾杯をして、夜空を肴に酒を飲む。

 涼しい風が心地よく、酒で熱くなった体を冷やしてくれる。


「有難うな、ラクシュリ」

「なんだよ、突然」


 しばしの沈黙の後、突然と言われた感謝の言葉。

 驚いたみたいに問い返すラクシュリに、ロッシュは照れくさそうに、でも伝えなければと心に決めてしっかりと言おうと思っていた事を口にした。


「旅人のお前にしたら、祖国の事でもないのにこんな面倒な事に巻き込んで。正直、途中で投げ出したって良かったことだろ。それに、最後まで付き合ってもらってさ。そのおかげで助かった。有難う」


 ロッシュの言う言葉を自分の中で繰り返す。

 今思えば不思議な事だ。

 本当に最初は、助けられた事への恩返しだった。

 どこか放っておけない頼りないグラディスが、大好きだった兄に似ているのも気になる理由だったけれど。

 それがこんな大事になるなんて、あの頃は考えてもいなかった。


「まっ、目に見えない縁ってのが、あったんだろ。俺等じゃ逆らえないような、大いなる意思ってやつだ。それに、俺は巻き込まれたなんて思ってないっての。これは、俺が自分で好き好んで首突っ込んだことなんだしな。気にすんな」


 気取らず気負わず自然体のラクシュリにロッシュは頷く。

 そんな彼の姿勢にも助けられたのだとは、ちょっとくさくて言えないのだが。

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