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光ある楽園(1)

『聖剣と魔女の血によって、高貴なる者が魔女を打ち破る。後に冬は去り、再びこの世に楽園が戻る』

(カルマスの預言『ラーノ書』より) 


 天井の高い王の間に、高らかな女王の笑い声が響き渡る。

 グラディスの背後にいるロッシュは既に聖剣を抜いている。

 厳しい表情をする二人とは対照的に、女王は余裕の笑みを浮かべていた。


「仲間? 足手まといの間違いじゃなくて? そんな人間に、本当に私を倒せると思っているのかしら? 馬鹿な子。そんな人間さっさと切り捨てて戦った方が勝機があってよ」


 挑発と取れる発言にロッシュは歯を食いしばり前に出ようとする。

 だが、グラディスは冷静にそれを片腕で制した。


「貴方を倒すのは私ではない。貴方は彼に滅ぼされるのです」

「不可能よ。彼は私に傷の一つもつけられないわ。実証してみましょうか?」


 女王の指先がきらりと光る。グラディスもそれに備え身構えた。


『大気に溢れる水の気よ、幾万の槍となりて我敵を滅ぼさん ―― フリーズランサー』

『炎の守護よ、向かい来る全ての災いを打ち払わん。燃え上がれ! ―― フレアウォール』


 幾万の氷の槍は一直線にグラディスとロッシュに向かって飛んでゆく。

 それを遮るように燃え上がる炎の壁が立ちはだかり、消してゆく。

 力と力のぶつかり合いはロッシュの想像を超えてすさまじいものがある。


 魔法を放ってすぐに、女王はグラディスの背後を狙うべく動き出す。

 それを察知したのはロッシュだった。

 グラディスへと走りより、後ろを狙う女王の剣を受け止めたロッシュだったが、女王の実力は想像以上のものがあった。


 ギリギリと刃の擦れる音がする。

 女王の力はロッシュ以上だった。

 いい大人の男が、女性に力で敵わない。

 その事実に驚くのと同時に、ロッシュは先の戦いが見えなくなった。


 力ではどうにか勝てるだろう。

 国一番と言われたウェインに勝った時点で少々天狗になっていたのかもしれない。

 女王の力量はウェイン以上かもしれない。


「あら、坊やどうしたのかしら? 手が止まっていてよ」


 嘲笑の言葉。

 弾かれたロッシュは攻めるどころか防戦一方だ。

 受けるばかりで手がでない。

 出したとしても易々と受け止められてしまう。


『降り注ぐ雨は赤く燃え、全てを浄化する赤き大地を作らん。来たれ ―― フレアレイ』


 追い詰められるロッシュを庇うように、炎が二人の間に割って入る。

 飛びのいて炎と熱から逃れたロッシュとは対照的に、女王は堂々とその炎を迎え入れる。


『氷塊の楔、大気凍り包まれる銀世界に温もりある生命は閉ざされる。絶対零度の風よ、全てを閉じよ ―― フリージング』


 冷笑を含む声が呪文を唱え、大量に降り注ぐ巨大な炎の塊をどんどんと打ち消してゆく。

 炎に溶ける氷が一瞬にして蒸発し、辺りは濃霧に包まれたような状態になる。


 この機会を逃すわけにはゆかない。

 ロッシュは僅かに揺れる影めがけて一気に近づく。

 魔法を使うその間はいかな魔術師でも隙が多いとファウスが言っていた。

 それならば。


 一足飛びに濃霧を裂くロッシュは、確かにその先に女王を見た。

 天から注ぐ炎と、それを放つグラディスに集中していた女王は突如横合いから突出したロッシュなど見てもいなかったのだ。


「なに!」


 初めて見る狼狽の表情。

 ロッシュはその腹部を躊躇うことなく貫き通した。

 真っ赤に染まる聖剣。

 ロッシュは間髪いれず引き抜き、よろめく女王の胸を深々と貫いた。


 『聖剣と魔女の血によって、高貴なる者が魔女を打ち破る』

 ならば、一度では駄目だ。

 魔女の血で一度染めねばこの聖剣は真の聖剣とはならない。

 ロッシュはそれこそ、剣の柄までしっかりと女王を貫いた。


 だが、聖剣に貫かれた女王は笑っていた。

 艶やかな嘲笑が消えない。

 ロッシュはその表情を間近で見て、背筋が寒くなる思いだった。


『まだまだね、坊や』


 目の前で女王の体が氷像へと変わる。

 ロッシュはすぐに剣を引き抜き飛びのこうと体を捻ったのだが、女王の動きの方が早い。

 氷像の女王が一瞬、飛びのくロッシュの右足に触れる。

 その触れた部分が焼けるような痛みを発し動かなくなってしまう。

 叫びを上げ地面へと転がるロッシュの右足は一部紫色っぽく変色し、明らかな凍傷を負っていた。


「ロッシュ!」


 真っ白な世界から突如響いた叫び声に、グラディスは声をかけそちらへと向かおうとした。

 だがその背後に人の気配を感じ、同時に首筋に触れる冷たい感触に身動きが取れなくなった。


「私と貴方の力は五分。けれど、経験の差ってのはあるものね。そうじゃなくて、グラディス」


 耳元にかかる声。

 その声は体の芯まで凍らせるように思えた。

 首に触れた指先から、冷たいものが体に流れ明らかに震え始めた。


「綺麗なまま残してあげたかったけれど、やっぱり貴方は危険だわ。残念だけれど、粉々にしてしまわないと」


 体の芯から凍りつく。

 グラディスはロッシュを見つけようと目を凝らす。

 薄くなった霧が、少し離れた場所に転がるロッシュを見せてくれる。

 凍傷の部分を押さえたまま動けないロッシュを。

 だがその瞳はまだ、諦めてなんていなかった。

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